宮城・宮城郡
宮城 ・ 宮城郡七ヶ浜町
引継ぎ実績あり
独自の
さくら株式会社
「人づくり」を重視し、建設会社ながら教育事業にも参入
経営理念
異体同心
代表者メッセージ
弊社では配管工事・機械器具設置工事・非破壊検査・ダイヤモンドコア削孔工事・防熱工事を主に営業しております。近年では配管のみならず各種ユニットの製作など、工場での加工品の受注も伸びております。
建設・製造の業界は高齢化が進み、若手の職人が増えない現状ですが、弊社は平均年齢30代と若い世代が頑張っており、女性の管理者や職人も大活躍しています。
経営理念として異体同心を掲げ、皆で同じ方向に向き、良い仕事をすることを心がけております。
弊社に携わった方々には、さくらに頼んで良かった。困ったときはさくらだな。さくらはいつも元気だな。
さくらはいつも明るいな。そんな風に言われる会社を社員全員で築いていきたいと思っております。
社会に必要とされる会社へ。社会に必要とされる人材の育成を。
社員一丸となって業務に従事していきますので宜しくお願い致します。
代表取締役 高橋 和義
私たちのこだわり
建築業界の体質改善と人を大切にする思い
弊社は、2012年に宮城県で創業した配管工事の会社です。創業者である私は、もともとはプラントの配管工事を手掛ける会社で配管工として働いていました。
当時の現場といえば、怒号が飛び交い、時には暴力的な指導もまかり通るような「怖い」「理不尽」が当たり前の世界でした。 汗水垂らして懸命に働いている若い職人が、理不尽な扱いに耐えなければならない…、どれだけ頑張っても、それが正当な給料として返ってこない…、そんな現状を目の当たりにするたび、「一生懸命働く若い人が、正当に評価される会社を作りたい」 「将来に不安を感じず、胸を張って高い給料をもらえる場所にしたい」という強い思いが起業の原動力になりなりました。
2010年にそれまで勤めていた会社を退職し、個人事業主として新たなスタートを切りました。
前職の同僚や現場仲間との関係は良好だったため、誰かを誘うこともできたとは思います。あえて一人親方として事業を開始したのは、私の理想とする「人を大切にする働き方」をゼロから証明したかったからです。また、公共事業削減を掲げる政治状況やリーマン・ショック後の不況など、当時の景気状況を踏まえた上での決断でした。全国的に仕事が減少していく厳しい業界環境でまず最初の立ち位置を確保するため、スモールスタートの形を選びました。
周辺工事にも対応可能な各種配管工事のプロフェッショナル
転機となったのは、2011年に発生した東日本大震災でした。「復興のために、個人の力ではなく組織として勝負しなければならない」と判断し、かつての親方であり、前職の社長だった千葉に「また一緒にやりませんか」と声をかけました。
当然、私が2番手として支えるつもりでした。しかし千葉は、「会社をやるなら、お前の方が向いてるよ。お前が社長をやれ」と、私をトップに推してくれたのです。
それならばと奮起して私が代表を務めることになり、千葉の会社にいた元同僚たちも全員受け入れて株式会社を設立しました。
しかし、創業当初の状況は非常に厳しいものでした。資本金はわずか10万円、社用車もなく、当時私が住んでいた2DKのアパートを本店所在地として登記するという環境からのスタートでした。
社員全員で朝も昼も関係なく働き、貯めたお金は全て工具代につぎ込み、溶接機などの設備を1つ1つ揃えていきながら事業を続けていました。
少しずつ人数が増えていきましたが、なかなか個人商店の雰囲気から抜けきれませんでした。組織というよりは「ファミリー」のような状態でみんなでがむしゃらに走っていた時期が続きました。組織として整ったといえるようになったのは、創業から約10年を経た2022年頃だったのではないかと思います。そしてその頃には業績もかなり安定したものになっていました。
その後、M&Aなどを通じて、現在ではグループ全体で約75名の組織へと成長しました。宮城県を拠点に北海道から沖縄まで全国で工事を受注しており、配管工事のみならず機械器具設置から保温工事、各種架台の製作、鳶工事まであらゆる現場に対応できる体制が整っています。
また仙台市内に新たに2つの工場を構えたことにより、近年では製作物の受注も増えてきています。さらに地域貢献・業界貢献を見据えた教育事業への進出や、海外展開に備えた新たな取り組みも進めています。
子どもの誕生が生きるモチベーションに
私の出身は神奈川県ですが、両親の離婚を機に5歳秋田県へ移り、そこで幼少期を過ごしました。そして中学2年生の秋に仙台市へ引っ越しました。
この転居は私の人生における最初の大きな転機でした。都会的な仙台市は秋田の田舎町とは何もかもが違い、大きなカルチャーショックを受けました。
高校卒業後はこれといった夢もなく、ただ漠然と「普通になりたい」と思っていました。「普通に就職して、普通に結婚して、子どもが2人くらい生まれれば嬉しい」と考えていました。フリーターとしてアルバイトを転々とし、今振り返ると社会の厳しさに打ちのめされる日々だったと思います。
そんな私の人生に再び転機が訪れました。20歳の時に子どもができたのです。
もともと普通の家庭への憧れが強かったこともあり、「真面目に働こう」と強く思うようになりました。家族を養わなければならないという責任感が芽生えるとともに、家族の存在が私にとって生きるモチベーションとなりました。
そうして最初に就職したのがコンクリート解体の会社でした。しかし、日給月給制で仕事がない日は収入がりませんでした。仕事がある時とない時の差が激しく、収入が安定しませんでした。
仕事がないときは土日に日雇いのアルバイトをしたり、ときには夜にまでアルバイトを入れたりしながら、なんとかやりくりする日々でした。それでも初めて給料をもらったときの満足感は忘れられません。
収入の安定を求めて配管業へ
「もっと家族を安心させたい」と、より安定した仕事を求めてプラントの配管工事会社に転職しました。そこで出会ったのが、現在の弊社の専務である千葉です。5歳年上の千葉は、私から見てとても頼れる人生の先輩でした。自分の保身に走る大人が多い中、千葉は何かあれば迷わず私をかばってくれました。「この人についていこう」と思えるような、頼りになる存在でした。
当時の建設現場やプラント業界は、今よりも非常に荒っぽい人たちが多い職場でした。失敗したときの怒られ方も尋常ではなく、多くの人が萎縮し、責任あるポジションを避けるような環境でした。しかし私はそういったことが苦にならず、「何かあれば僕のせいにしてもらっていいですよ」と率先して仕事を引き受けていました。すると親方連中から「じゃあそうさせてもらうぞ」「高橋に任せておけばいいか」と次第に色々な仕事を任されるようになっていきました。
当初は「一生やる仕事ではない」と腰掛けのつもりで入った業界でしたが、働くうちに「社会を支えるインフラ」として重要な役割を担う仕事であると気が付きました。またこの業界で働く人たちは、癖が強い人も多いけれど人間味があました。そんな人たちと働くこの業界が、私は次第に好きになっていきました。
現場の要となる配管工事と機械器具設置工事にワンストップで対応
弊社の強みは、配管工事だけではなく機械器具設置工事まで自社で完結できることです。配管工事と機械器具設置工事、この2つの工程は現場を進める上で非常に重要です。通常は別々の業者が行うことが多いのですが、現場をスムーズに進めるためには、実は非常に密接に関わる工程です。これを私たちがワンストップで引き受けることで、業者間の調整ロスをなくし、現場を止めることなくスムーズに進めることができます。
さらに、震災後の仕事を通じて蓄積した、冷凍冷蔵設備工事や防熱工事のノウハウもあります。電気工事以外の機械設備に関することなら、私たちだけでほぼ全て請け負える。この対応力の広さが、お客様からの「困ったときはさくらに頼めばなんとかなる」という信頼に繋がっています。
また、自社工場を持っていることも大きな強みです。現場を請け負った分の製作物だけでなく、製作物単体の受注も徐々に増えてきています。さらに設備機器の心臓部である機械室の「ユニット化」にも力を入れています。重工系のプラントから簡易的なビル設備まで併用できるようなユニット作成に取り組んでいます。これからの建設業は、現場作業をいかに減らすかが鍵になるので、これをサブコン(一次下請け)の皆さまに向けて積極的にに展開していきたいと考えています。
また事業規模が大きくなるにつれて新たなお客様から仕事を受注することも増えてきました。しかし、スーツを着てどこかの会社に行くような営業活動はほとんど行っていません。この業界はそういった営業力はそれほど重要ではないと思っています。それよりも現場の仕事の出来を見て声をかけられて、新たな仕事を受注するというケースが大半です。「さくらに頼んでよかった」といわれるような仕事を続け、お客様との信頼関係を作り、会社の未来に繋がると信じています。
新卒採用と若手育成を重視し、建設業では異例の若い会社に
弊社の大きな特徴として、社員の若さが挙げられます。さくら単体では平均年齢35歳、M&Aで参入した会社を含むグループ全体でも約40歳です。これは平均年齢が50歳近いといわれる建設業界の中ではかなり若い部類です。中小の建設各社が新卒採用に苦しむ中、弊社は大卒・高卒合わせて2025年に6名の新卒社員が入社、2026年には7名の新卒社員が入社予定です。
新卒採用が成功している要因はいくつかあると思いますが、先輩社員の雰囲気も理由の1つかもしれません。弊社は建設業界特有の荒っぽさが少なく、柔らかい雰囲気の社員が多数在籍しています。そのおかげか女性社員の比率も上がってきて、女性の職人も増えてきました。
私は常日頃から社員に向けて「自分1人だけが優秀な人より、10人の後輩を育てられる人の方が価値がある」とよくいっています。職人の世界ではどうしても新人を厳しい目で見がちです。「あいつはまだ半人前だ」と切り捨てるのは簡単ですが、10年、15年やっているベテランと新人を比べること自体が間違っています。 見るべきは、「1年生としてどうなのか」「2年生として成長しているか」。その段階に合わせた評価を徹底するように伝えています。
また、精神論だけでは人は育ちません。私は、人を育てるための「仕組み」づくりに、全力を注いでいます。まず、感覚的になりがちな職人の人事考課について社内で徹底的に話し合い、定量的で納得感のある評価シートを作成しました。さらに「さくらアカデミー」という社内組織を立ち上げました。機械器具設置、配管工、鍛冶工、施工管理、溶接の5分野において、動画教材などでレベル別に学べるカリキュラムを整えました。
「さくらChat GPT」という、独自の社内ツールを使えば、配管の加工代や積算などの必要な情報を誰でもすぐに引き出せます。来期からは、先輩と新人がペアを組む「バディ制度」を導入します。
最新のツールと、人の温かさの両輪で、社員一人ひとりの成長を全力でサポートしていきます。
M&Aは人的資本を重視し、丁寧に取り組んでいく
弊社では、事業拡大と組織強化のため、同業の2社をM&Aでグループに迎えました。私が考えているM&Aは、単に会社の規模を大きくするための「買収」ではありません。あくまで「人」と「技術」を守り、共に成長するための選択です。
1社目の株式会社三和興産はもともと協力会社として取引があった会社でした。非常に勤勉で腕がいい人が多く、私の目から見ても、そして現場の社員たちから見ても「一緒に働きたい」と思える素晴らしい職人たちでした。 だからこそ、彼らが経営難で事業継続が困難になった時、私は迷わず手を挙げました。「彼らを守りたい」という一心で、受け入れました。
2社目の「株式会社ユニー」は金融機関から紹介された会社でした。
三和興産と違い面識がなかったため、まずはお互いを知るために1年半ほどかけて現場で交流を重ねていきました。
迎え入れる上で丁寧に段階を踏んでいったため、どちらのM&Aも非常にスムーズに進めることができました。今後もご縁があればM&Aは積極的に取り組んでいくつもりですが、同業なら誰でもいいというわけではありません。この2社の例のように、しっかりとコミュニケーションを取って相互理解を深めた上で、新たな仲間を受け入れていきたいと思っています。
「非認知能力」向上とリーダー育成を目指し教育事業へ参入
また同業種だけではなく、2024年には全くの異業種である学習塾株式会社ハイパーラーニングもM&Aで迎え入れました。「建設会社がなぜ学習塾を?」と思われるかもしれませんが、これには明確な理由があります。それはこれからの時代を生き抜くために不可欠な「非認知能力」を育てたい、という強い想いです。
他社の社長と話していてよく話題に上るのが「リーダー不在」です。私自身も痛感してますが、多くの中小企業において後継者不足が課題になっているのも、本質的には同根の問題だと認識しています。あまりにもリーダー人財が少ないということは、現在の日本の社会的課題だと思っています。
「リーダーがいないなら、育てるしかない」 その決意の表れが、この学習塾です。
もちろんベースは子どもたちのための学習塾ですが、私たちはそこに「非認知能力」を伸ばすためのカリキュラムを加えています。将来的にはこの塾で学んだ地元の子どもたちが地域を支えるリーダーへと育っていき、さらに世界で活躍できるような人財になってくれたら嬉しいと思っています。この取り組みは弊社を支えてくれた地元へ何か還元できればという思いもあり、今後さらに拡大していければと思っています。
夢は海外で命を支えるインフラとしての配管業に従事すること
私は今40歳です。今後の目標として掲げているのが「50歳までに3期連続で年商30億達成」です。その目標を達成するために、今は組織の様々な面における「仕組み化」と人財育成に注力しています。この目標を達成できたとき、私は次のステージとして日本を飛び出し、東南アジアやアフリカなど海外で配管業をやりたいと考えています。
弊社は日本で食品工場や化学プラント等、とても専門性の高い配管業に従事しています。これはこれでとてもやりがいがあるのですが、最後はアフリカで「家で蛇口をひねったら水が出る」という当たり前のインフラを作りたいという思いがあるからです。
同時に日本のものづくりのすばらしさをもっと伝えていきたいという思いもあります。以前に仕事でブラジルを訪れた際、現地のトップメーカーの現場を視察しました。そこで、日本のものづくりはそれこそサッカーにおけるブラジルのように、世界でもトップクラスだと確信しました。
日本のものづくりの緻密さや丁寧さ、そして創意工夫の素晴らしさを国内外で伝えていき、日本のものづくりをこの先も守っていきたいと思っています。
そのために、今は社内で進めている「さくらアカデミー」を例えば宮城県内の他社の新卒社員の研修に使えるような仕組みにしたいという構想も持っています。
また、インドネシアで溶接学校を運営している仲間と連携し私も現地へ行って配管技術をを教えにいく予定です。将来的には配管の学校そのものを創設し、育てた現地の職人たちと一緒に、これから成長著しい東南アジアのプラント事業に参入していく…、そんな未来図を描いています。
こうした夢を実現するため、今は弊社で様々な仕組みづくりや人財育成に邁進しているところです。
建築業界の体質改善と人を大切にする思い
弊社は、2012年に宮城県で創業した配管工事の会社です。創業者である私は、もともとはプラントの配管工事を手掛ける会社で配管工として働いていました。
当時の現場といえば、怒号が飛び交い、時には暴力的な指導もまかり通るような「怖い」「理不尽」が当たり前の世界でした。 汗水垂らして懸命に働いている若い職人が、理不尽な扱いに耐えなければならない…、どれだけ頑張っても、それが正当な給料として返ってこない…、そんな現状を目の当たりにするたび、「一生懸命働く若い人が、正当に評価される会社を作りたい」 「将来に不安を感じず、胸を張って高い給料をもらえる場所にしたい」という強い思いが起業の原動力になりなりました。
2010年にそれまで勤めていた会社を退職し、個人事業主として新たなスタートを切りました。
前職の同僚や現場仲間との関係は良好だったため、誰かを誘うこともできたとは思います。あえて一人親方として事業を開始したのは、私の理想とする「人を大切にする働き方」をゼロから証明したかったからです。また、公共事業削減を掲げる政治状況やリーマン・ショック後の不況など、当時の景気状況を踏まえた上での決断でした。全国的に仕事が減少していく厳しい業界環境でまず最初の立ち位置を確保するため、スモールスタートの形を選びました。
周辺工事にも対応可能な各種配管工事のプロフェッショナル
転機となったのは、2011年に発生した東日本大震災でした。「復興のために、個人の力ではなく組織として勝負しなければならない」と判断し、かつての親方であり、前職の社長だった千葉に「また一緒にやりませんか」と声をかけました。
当然、私が2番手として支えるつもりでした。しかし千葉は、「会社をやるなら、お前の方が向いてるよ。お前が社長をやれ」と、私をトップに推してくれたのです。
それならばと奮起して私が代表を務めることになり、千葉の会社にいた元同僚たちも全員受け入れて株式会社を設立しました。
しかし、創業当初の状況は非常に厳しいものでした。資本金はわずか10万円、社用車もなく、当時私が住んでいた2DKのアパートを本店所在地として登記するという環境からのスタートでした。
社員全員で朝も昼も関係なく働き、貯めたお金は全て工具代につぎ込み、溶接機などの設備を1つ1つ揃えていきながら事業を続けていました。
少しずつ人数が増えていきましたが、なかなか個人商店の雰囲気から抜けきれませんでした。組織というよりは「ファミリー」のような状態でみんなでがむしゃらに走っていた時期が続きました。組織として整ったといえるようになったのは、創業から約10年を経た2022年頃だったのではないかと思います。そしてその頃には業績もかなり安定したものになっていました。
その後、M&Aなどを通じて、現在ではグループ全体で約75名の組織へと成長しました。宮城県を拠点に北海道から沖縄まで全国で工事を受注しており、配管工事のみならず機械器具設置から保温工事、各種架台の製作、鳶工事まであらゆる現場に対応できる体制が整っています。
また仙台市内に新たに2つの工場を構えたことにより、近年では製作物の受注も増えてきています。さらに地域貢献・業界貢献を見据えた教育事業への進出や、海外展開に備えた新たな取り組みも進めています。
子どもの誕生が生きるモチベーションに
私の出身は神奈川県ですが、両親の離婚を機に5歳秋田県へ移り、そこで幼少期を過ごしました。そして中学2年生の秋に仙台市へ引っ越しました。
この転居は私の人生における最初の大きな転機でした。都会的な仙台市は秋田の田舎町とは何もかもが違い、大きなカルチャーショックを受けました。
高校卒業後はこれといった夢もなく、ただ漠然と「普通になりたい」と思っていました。「普通に就職して、普通に結婚して、子どもが2人くらい生まれれば嬉しい」と考えていました。フリーターとしてアルバイトを転々とし、今振り返ると社会の厳しさに打ちのめされる日々だったと思います。
そんな私の人生に再び転機が訪れました。20歳の時に子どもができたのです。
もともと普通の家庭への憧れが強かったこともあり、「真面目に働こう」と強く思うようになりました。家族を養わなければならないという責任感が芽生えるとともに、家族の存在が私にとって生きるモチベーションとなりました。
そうして最初に就職したのがコンクリート解体の会社でした。しかし、日給月給制で仕事がない日は収入がりませんでした。仕事がある時とない時の差が激しく、収入が安定しませんでした。
仕事がないときは土日に日雇いのアルバイトをしたり、ときには夜にまでアルバイトを入れたりしながら、なんとかやりくりする日々でした。それでも初めて給料をもらったときの満足感は忘れられません。
収入の安定を求めて配管業へ
「もっと家族を安心させたい」と、より安定した仕事を求めてプラントの配管工事会社に転職しました。そこで出会ったのが、現在の弊社の専務である千葉です。5歳年上の千葉は、私から見てとても頼れる人生の先輩でした。自分の保身に走る大人が多い中、千葉は何かあれば迷わず私をかばってくれました。「この人についていこう」と思えるような、頼りになる存在でした。
当時の建設現場やプラント業界は、今よりも非常に荒っぽい人たちが多い職場でした。失敗したときの怒られ方も尋常ではなく、多くの人が萎縮し、責任あるポジションを避けるような環境でした。しかし私はそういったことが苦にならず、「何かあれば僕のせいにしてもらっていいですよ」と率先して仕事を引き受けていました。すると親方連中から「じゃあそうさせてもらうぞ」「高橋に任せておけばいいか」と次第に色々な仕事を任されるようになっていきました。
当初は「一生やる仕事ではない」と腰掛けのつもりで入った業界でしたが、働くうちに「社会を支えるインフラ」として重要な役割を担う仕事であると気が付きました。またこの業界で働く人たちは、癖が強い人も多いけれど人間味があました。そんな人たちと働くこの業界が、私は次第に好きになっていきました。
現場の要となる配管工事と機械器具設置工事にワンストップで対応
弊社の強みは、配管工事だけではなく機械器具設置工事まで自社で完結できることです。配管工事と機械器具設置工事、この2つの工程は現場を進める上で非常に重要です。通常は別々の業者が行うことが多いのですが、現場をスムーズに進めるためには、実は非常に密接に関わる工程です。これを私たちがワンストップで引き受けることで、業者間の調整ロスをなくし、現場を止めることなくスムーズに進めることができます。
さらに、震災後の仕事を通じて蓄積した、冷凍冷蔵設備工事や防熱工事のノウハウもあります。電気工事以外の機械設備に関することなら、私たちだけでほぼ全て請け負える。この対応力の広さが、お客様からの「困ったときはさくらに頼めばなんとかなる」という信頼に繋がっています。
また、自社工場を持っていることも大きな強みです。現場を請け負った分の製作物だけでなく、製作物単体の受注も徐々に増えてきています。さらに設備機器の心臓部である機械室の「ユニット化」にも力を入れています。重工系のプラントから簡易的なビル設備まで併用できるようなユニット作成に取り組んでいます。これからの建設業は、現場作業をいかに減らすかが鍵になるので、これをサブコン(一次下請け)の皆さまに向けて積極的にに展開していきたいと考えています。
また事業規模が大きくなるにつれて新たなお客様から仕事を受注することも増えてきました。しかし、スーツを着てどこかの会社に行くような営業活動はほとんど行っていません。この業界はそういった営業力はそれほど重要ではないと思っています。それよりも現場の仕事の出来を見て声をかけられて、新たな仕事を受注するというケースが大半です。「さくらに頼んでよかった」といわれるような仕事を続け、お客様との信頼関係を作り、会社の未来に繋がると信じています。
新卒採用と若手育成を重視し、建設業では異例の若い会社に
弊社の大きな特徴として、社員の若さが挙げられます。さくら単体では平均年齢35歳、M&Aで参入した会社を含むグループ全体でも約40歳です。これは平均年齢が50歳近いといわれる建設業界の中ではかなり若い部類です。中小の建設各社が新卒採用に苦しむ中、弊社は大卒・高卒合わせて2025年に6名の新卒社員が入社、2026年には7名の新卒社員が入社予定です。
新卒採用が成功している要因はいくつかあると思いますが、先輩社員の雰囲気も理由の1つかもしれません。弊社は建設業界特有の荒っぽさが少なく、柔らかい雰囲気の社員が多数在籍しています。そのおかげか女性社員の比率も上がってきて、女性の職人も増えてきました。
私は常日頃から社員に向けて「自分1人だけが優秀な人より、10人の後輩を育てられる人の方が価値がある」とよくいっています。職人の世界ではどうしても新人を厳しい目で見がちです。「あいつはまだ半人前だ」と切り捨てるのは簡単ですが、10年、15年やっているベテランと新人を比べること自体が間違っています。 見るべきは、「1年生としてどうなのか」「2年生として成長しているか」。その段階に合わせた評価を徹底するように伝えています。
また、精神論だけでは人は育ちません。私は、人を育てるための「仕組み」づくりに、全力を注いでいます。まず、感覚的になりがちな職人の人事考課について社内で徹底的に話し合い、定量的で納得感のある評価シートを作成しました。さらに「さくらアカデミー」という社内組織を立ち上げました。機械器具設置、配管工、鍛冶工、施工管理、溶接の5分野において、動画教材などでレベル別に学べるカリキュラムを整えました。
「さくらChat GPT」という、独自の社内ツールを使えば、配管の加工代や積算などの必要な情報を誰でもすぐに引き出せます。来期からは、先輩と新人がペアを組む「バディ制度」を導入します。
最新のツールと、人の温かさの両輪で、社員一人ひとりの成長を全力でサポートしていきます。
M&Aは人的資本を重視し、丁寧に取り組んでいく
弊社では、事業拡大と組織強化のため、同業の2社をM&Aでグループに迎えました。私が考えているM&Aは、単に会社の規模を大きくするための「買収」ではありません。あくまで「人」と「技術」を守り、共に成長するための選択です。
1社目の株式会社三和興産はもともと協力会社として取引があった会社でした。非常に勤勉で腕がいい人が多く、私の目から見ても、そして現場の社員たちから見ても「一緒に働きたい」と思える素晴らしい職人たちでした。 だからこそ、彼らが経営難で事業継続が困難になった時、私は迷わず手を挙げました。「彼らを守りたい」という一心で、受け入れました。
2社目の「株式会社ユニー」は金融機関から紹介された会社でした。
三和興産と違い面識がなかったため、まずはお互いを知るために1年半ほどかけて現場で交流を重ねていきました。
迎え入れる上で丁寧に段階を踏んでいったため、どちらのM&Aも非常にスムーズに進めることができました。今後もご縁があればM&Aは積極的に取り組んでいくつもりですが、同業なら誰でもいいというわけではありません。この2社の例のように、しっかりとコミュニケーションを取って相互理解を深めた上で、新たな仲間を受け入れていきたいと思っています。
「非認知能力」向上とリーダー育成を目指し教育事業へ参入
また同業種だけではなく、2024年には全くの異業種である学習塾株式会社ハイパーラーニングもM&Aで迎え入れました。「建設会社がなぜ学習塾を?」と思われるかもしれませんが、これには明確な理由があります。それはこれからの時代を生き抜くために不可欠な「非認知能力」を育てたい、という強い想いです。
他社の社長と話していてよく話題に上るのが「リーダー不在」です。私自身も痛感してますが、多くの中小企業において後継者不足が課題になっているのも、本質的には同根の問題だと認識しています。あまりにもリーダー人財が少ないということは、現在の日本の社会的課題だと思っています。
「リーダーがいないなら、育てるしかない」 その決意の表れが、この学習塾です。
もちろんベースは子どもたちのための学習塾ですが、私たちはそこに「非認知能力」を伸ばすためのカリキュラムを加えています。将来的にはこの塾で学んだ地元の子どもたちが地域を支えるリーダーへと育っていき、さらに世界で活躍できるような人財になってくれたら嬉しいと思っています。この取り組みは弊社を支えてくれた地元へ何か還元できればという思いもあり、今後さらに拡大していければと思っています。
夢は海外で命を支えるインフラとしての配管業に従事すること
私は今40歳です。今後の目標として掲げているのが「50歳までに3期連続で年商30億達成」です。その目標を達成するために、今は組織の様々な面における「仕組み化」と人財育成に注力しています。この目標を達成できたとき、私は次のステージとして日本を飛び出し、東南アジアやアフリカなど海外で配管業をやりたいと考えています。
弊社は日本で食品工場や化学プラント等、とても専門性の高い配管業に従事しています。これはこれでとてもやりがいがあるのですが、最後はアフリカで「家で蛇口をひねったら水が出る」という当たり前のインフラを作りたいという思いがあるからです。
同時に日本のものづくりのすばらしさをもっと伝えていきたいという思いもあります。以前に仕事でブラジルを訪れた際、現地のトップメーカーの現場を視察しました。そこで、日本のものづくりはそれこそサッカーにおけるブラジルのように、世界でもトップクラスだと確信しました。
日本のものづくりの緻密さや丁寧さ、そして創意工夫の素晴らしさを国内外で伝えていき、日本のものづくりをこの先も守っていきたいと思っています。
そのために、今は社内で進めている「さくらアカデミー」を例えば宮城県内の他社の新卒社員の研修に使えるような仕組みにしたいという構想も持っています。
また、インドネシアで溶接学校を運営している仲間と連携し私も現地へ行って配管技術をを教えにいく予定です。将来的には配管の学校そのものを創設し、育てた現地の職人たちと一緒に、これから成長著しい東南アジアのプラント事業に参入していく…、そんな未来図を描いています。
こうした夢を実現するため、今は弊社で様々な仕組みづくりや人財育成に邁進しているところです。
会社概要
| 社名 | さくら株式会社 |
| 創立年 | 2012年 |
| 代表者名 | 代表取締役 高橋 和義 |
| 資本金 | 1,000万円 |
| URL |
https://www.sakura2012.co.jp/
|
| 本社住所 |
〒985-0823 |
| 事業内容 | 鉄骨、溶接、機械据え付け、重量物、工事 |
| 事業エリア |
本社 〒985-0823 |
|
仙台第一工場 〒983-0002 |
|
|
仙台第二工場 〒983-0002 |
|
| 関連会社 |
会社沿革
| 2010年 | 個人事業主として独立 |
| 2012年 | さくら株式会社設立 |
| 2024年 | 株式会社ハイパーラーニングを子会社に |
| 2025年 | 仙台市宮城野区蒲生に新工場開設 |
さくら株式会社の経営資源引継ぎ募集情報
人的資本引継ぎ
宮城県
平均年齢35歳。「世界に誇れる技術」を手にしませんか?
公開日:2026/02/24
※本記事の内容および所属名称は2026年2月現在のものです。現在の情報とは異なる場合があります。
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