貴方の暮らしの安心、安全、そして快適を守るために日夜研鑽

株式会社太陽HD

警備部門と防災部門の豊富な経験を活かして地域を守ります

経営理念

世の中変わった、人を動かすのは会社ではない。
人が働きやすい環境を作る、それが会社だ。
私達は人を、企業を、組織を、これからも創っていきたい。
「貴方の暮らしの安心、安全、そして快適で有るために」
太陽HDは日夜研鑽してまいります。

安心・安全を裏付ける確かな実績

(株)太陽HDとは・(株)太陽警備保障と、総和防災(株)を傘下に持ち、
警備部門と防災部門の豊富な経験を活かして、皆様の安心で安全な生活をサポートいたします。
また、ご家庭で便利にお使いいただける新商品を考案し、
皆様の生活がより快適で楽しく過ごせるよう、お手伝いいたします。

「過去を知り、現在を見つめ、先を予測する」

時代を読むプロセスです。このプロセスを確実にクリアしていけば、これから先の予測ができます。その時々に、何が大切なのかを見極めるためにも、私は常に時代を読む努力を欠かしません。
一定の場所に安住してしまうのは嫌いです。常に何かにチャレンジしたい。根っからの野心家、と自分は思っています。

結局のところ、自分自身にどれだけ厳しく生きられるか、が大切だと私は思います。

社長メッセージ

「優しくされて泣くよりも、厳しくされて強くなれ」

私の好きな言葉であり、当社の社訓でもあります。甘やかされて育つと、結局は弱い人間になってしまう。しかし、厳しくしつけられれば、将来、強い人間になり幸せな生活が送れる。こうした意味が込められています。社員研修の場や仕事の現場において、この考えは終始貫かれています。

若かりし頃、私は人のためより、自分の生活や将来のことの方が大切だと考えていました。しかし、自分自身を見つめ、問い直していくうちに、ある時、自分のためではなく、人のために働けるような自分に少しずつ変わってきました。
これが太陽警備保障を設立しようと決意した理由です。
それも、とても大切な大きな理由です。

「お客様が私たちを頼りにしてくださっている限り、これには応えなくてはいけない。」
当社のモットーであり、経営の基本でもあります。私は常にお客さま本位で仕事をしており、お金儲けのためにやっているのではない。と、強い信念を持っています。
社員の間にも、この考えが浸透していくよう願ってやみません。

当社を設立した頃は、社員も少数だったせいもあり、家族的雰囲気の中で仕事をしていました。しかし、ある一定の規模まで会社が大きくなると、それは通用しません。そこで社則を作り、ルールにのっとった仕事をしていこうと決めたのです。その結果、いまはルールの範囲内で主体性を持って仕事に取り組んでいこうと、社員各々が思うようになってきたのです。これは、当社にとっても大きな財産だと思っています。

当社の将来のことも大切ですが、わたしはもっとグローバルな目ですべての警備会社のこと、警備会社のあるべき姿などを常に考えています。

創業しようと思ったタイミング

1977年(昭和52年)の今から43年前に人生灰色という当時の流行り言葉に流されたくないと思い脱サラしたことがきっかけです。会社を辞めて一度頭の中をクリアにしていた時に知人の紹介で出会ったのが警備アルバイトでした。資格の必要もなく許可条件など警察に調べたところ経営のノウハウで勝負ができると創業を決意しました。警備の依頼は簡単に見つからず、人の心を動かすくらい真剣に説明をした先で人づてに紹介してもらって案件が獲得できました。その時は独身の身でお金も無かったことから仲間内からは馬鹿にされていました。創業から5~10年はずっとギリギリの経営でした。そんな中でも金儲けや仕事をもらうためなら何でもするようなことはしないというポリシーを秘めて精神誠意で仕事はこなしていました。「真実さ」と「正直さ」が自分の強みでもあり、今もつながっている人脈は私の誇れる人たちでもあります。

100%のサービスではなく101%を追求する

警備員は制服を着ると変わる。誘導灯を持った立ち振舞い、警備員としてのマナーなど警備服を見かけるとその一挙手一投足に視線が注がれます。気が緩むと大きな事故を引き起こしかねなく、従業員の教育や指導に関しては見られる立場を強く意識させています。
そんな姿は通りすがる人にも伝わり、寒い日に警備をしていると見ず知らずの人から暖かい缶コーヒーを戴いたという話も聞きました。工事現場でご迷惑が掛かっている近隣住民への配慮や、交通整備によって渋滞し遅れてしまった皆様に安全に誘導するため従業員には常日頃から100%のサービスではなく101%を追求するように伝えています。

そのプラス1%って何なのかと思われますが、誘導がなくても事故にならないかもしれない、点滅信号があるのだから止まるだろうとそういう瞬間に、気づいたり察知したら対応する、カラーコーンが倒れている曲がっているだけでも事故に繋がる可能性が増えるので真っすぐに直すなど注意察知に近い部分になります。過去に工事現場で電気の配線が道路にはみ出していて通り掛かった自転車の方が乗り上げ工事現場の作業場に落ちたことがありました。創業して7~8年目で社員も40人くらいになった時でしたが、事故原因を被害者に聞いて分かったことでこれではダメだと101%を追求するようにしています。

お客様の生産性を上げることが警備員の仕事

乗用車が旋回できる場所に大型車は一回で回れないような場所でも、工夫をすれば一回で旋回できます。これも誘導の仕方と事前準備としてしっかりとシミュレーションをしておくことです。その気配りと判断力は警備員の資質でもあり、そのことがまた太陽さんに警備をお願いしようと繋がります。
片側通行の先の信号機が赤になった時に何台通せば工事規制範囲内へ侵入しないかなどは、全体状況を把握し察知すること、あとは信号の変わるタイミングと渋滞状況など工事の場所は熟知しておく必要があります。

昔はガードマンと言われず、旗振りと言われていました。当時は冗談抜きに警備員の誘導次第で工事の進捗が変わっていました。ある会社では10mしか工事が進まなかったのに、太陽警備を使うと15~20mと工事の進捗が良かったと評判になりました。これにはコツがあり、工事員の癖を見つけたり、効率よく業務が捗るためにどのタイミングで道を止めるのか、誘導者と工事現場の働く人たちで阿吽の呼吸で工事の邪魔をしないようにしていました。お客様の生産性を上げることが警備員の仕事であり、工事現場の人は仕事のパートナーと思って仕事の依頼を受けておりました。

私たちのこだわり

今後の警備業界についてと太陽HDの存在証明

警備の最大手は、日本警備保障(セコム)、綜合警備保障(ALSOK)があり、バブル期でも1兆円規模の売上がありましたが、今では10倍以上にもなっていてまだまだ需要はあがると思っています。ロボット化できる部分は限られ、人の介在が必要な部分は多くあります。
経営革新を図っていく中でノウハウの共有や関連事業への支援と合わせ経営資源は自社で引き継ぎしていくことを考えています。40年以上の経営経験をうまく提供していきたいと思っております。先行投資の判断や事業拡大するときの力点の掛け方、事業を推進する中で自分をどこまで信じられるかという点など後進育成や支援には興味があります。

収益があっても見栄を張ってはいけません。景気が良くなって散財していると周りからも穿った目でみられますし、社員へ還元してやった方が全然マシです。自分に優しい人は周りからは心配されたり、ちやほやされたりします。逆で自分に厳しい人は尊敬される人が多いという傾向があります。
私は社員ことを一番に考え、尊敬されるような人になりたいと思っています。最終的には太陽HDで働く社員が周りから尊敬されるようになりたいと思っています。

太陽HDでは経営資源引継ぎを推進しています

鉄工所では必要なスキルを身につけた職人が必要です。全くちがう業種の経営資源の引継ぎをおこなったり、時には経営統合でもあるM&Aを実施することもあります。

人間は感情の動物でもあり、会社の中では信頼関係の中で成り立っています。経営資源を引継いたあとは社長が変わるだけで、信頼関係を構築するのにたくさんの労力と時間も必要となり一概の難しさはあります。どれだけの対価を還元できるかを先手必勝に提案したり、今までの考え方を否定せずに改善点を丁寧に説明するだけでも新たな信頼が生まれるまではじっくりと対話をおこないます。

太陽HDでは経営資源を引継ぐ際には、業種業態はあまり問いません。新しい業種業態を統合する際は、元の経営基盤を大切にすることと、資金の調達、人脈ネットワークや経験を活かせる環境があるかは分けています。異業種を統合した場合は、経営には口を出しますが事業内容や管理にはあまり首を突っ込まないようにしています。利益の分配と再分配も偏らずに均等分配できるようにしています。今の事務所も社長室の個室はおかずにフロアで見える場所、お客様に近いところにいなければ気持ちはなかなか伝わらないと思っています。

出生地の愛知県から栃木県に来るきっかけは

愛知県にあった会社が群馬県に協力工場を新設し、独身でもあったため身軽に移動できると群馬県へ転勤になりました。その群馬県で会社も創業しますが創業の地だったところは、警備会社を持たない土地柄でもありました。そのため日銭稼ぎのような人たちもいたり、時には前払い要求してきたり群馬県の経済環境で警備ビジネスを続けても、企業継続が難しいと感じました。たまたま栃木県の山本建設で仕事をもらった縁から交通誘導をもう少し上手にやろうと試行錯誤し、栃木県には存在しなかった警備モデルと警備員の経ち振舞いを追求し続けたことが、成功のきっかけにもなりました。

当時は他県からのよそ者には冷たく、地元の行事やイベントに積極的に参加したり、地区ボランティア活動もおこないました。地域に根付くことと溶け込むことが重要で、特に小学生の交通指導には積極的に参加しました。警備という仕事の交通整備で、少しでも地域で発生する事故が無くなることを私自身が強く願うところでもあります。

自治会長などの役職も、街作りに繋がり本当にやってよかったと思いました。何か目で見える成果は残せてはいなかったのですが、近隣の方々と交流をとったり、心で繋がった先もあり本当にヒトとヒトの繋がりは重要と感じました。会社の考えや創業の精神に行きつくところも人なんだと思います。
社員を雇って失敗することよりも、何で雇用しているかの覚悟をもって預かる意識が重要です。地域貢献をしてやろうというよりも雇用創出と言われていることが結果的に地域貢献となっていれば良いと思っています。

今後の警備業界についてと太陽HDの存在証明

警備の最大手は、日本警備保障(セコム)、綜合警備保障(ALSOK)があり、バブル期でも1兆円規模の売上がありましたが、今では10倍以上にもなっていてまだまだ需要はあがると思っています。ロボット化できる部分は限られ、人の介在が必要な部分は多くあります。
経営革新を図っていく中でノウハウの共有や関連事業への支援と合わせ経営資源は自社で引き継ぎしていくことを考えています。40年以上の経営経験をうまく提供していきたいと思っております。先行投資の判断や事業拡大するときの力点の掛け方、事業を推進する中で自分をどこまで信じられるかという点など後進育成や支援には興味があります。

収益があっても見栄を張ってはいけません。景気が良くなって散財していると周りからも穿った目でみられますし、社員へ還元してやった方が全然マシです。自分に優しい人は周りからは心配されたり、ちやほやされたりします。逆で自分に厳しい人は尊敬される人が多いという傾向があります。
私は社員ことを一番に考え、尊敬されるような人になりたいと思っています。最終的には太陽HDで働く社員が周りから尊敬されるようになりたいと思っています。

太陽HDでは経営資源引継ぎを推進しています

鉄工所では必要なスキルを身につけた職人が必要です。全くちがう業種の経営資源の引継ぎをおこなったり、時には経営統合でもあるM&Aを実施することもあります。

人間は感情の動物でもあり、会社の中では信頼関係の中で成り立っています。経営資源を引継いたあとは社長が変わるだけで、信頼関係を構築するのにたくさんの労力と時間も必要となり一概の難しさはあります。どれだけの対価を還元できるかを先手必勝に提案したり、今までの考え方を否定せずに改善点を丁寧に説明するだけでも新たな信頼が生まれるまではじっくりと対話をおこないます。

太陽HDでは経営資源を引継ぐ際には、業種業態はあまり問いません。新しい業種業態を統合する際は、元の経営基盤を大切にすることと、資金の調達、人脈ネットワークや経験を活かせる環境があるかは分けています。異業種を統合した場合は、経営には口を出しますが事業内容や管理にはあまり首を突っ込まないようにしています。利益の分配と再分配も偏らずに均等分配できるようにしています。今の事務所も社長室の個室はおかずにフロアで見える場所、お客様に近いところにいなければ気持ちはなかなか伝わらないと思っています。

出生地の愛知県から栃木県に来るきっかけは

愛知県にあった会社が群馬県に協力工場を新設し、独身でもあったため身軽に移動できると群馬県へ転勤になりました。その群馬県で会社も創業しますが創業の地だったところは、警備会社を持たない土地柄でもありました。そのため日銭稼ぎのような人たちもいたり、時には前払い要求してきたり群馬県の経済環境で警備ビジネスを続けても、企業継続が難しいと感じました。たまたま栃木県の山本建設で仕事をもらった縁から交通誘導をもう少し上手にやろうと試行錯誤し、栃木県には存在しなかった警備モデルと警備員の経ち振舞いを追求し続けたことが、成功のきっかけにもなりました。

当時は他県からのよそ者には冷たく、地元の行事やイベントに積極的に参加したり、地区ボランティア活動もおこないました。地域に根付くことと溶け込むことが重要で、特に小学生の交通指導には積極的に参加しました。警備という仕事の交通整備で、少しでも地域で発生する事故が無くなることを私自身が強く願うところでもあります。

自治会長などの役職も、街作りに繋がり本当にやってよかったと思いました。何か目で見える成果は残せてはいなかったのですが、近隣の方々と交流をとったり、心で繋がった先もあり本当にヒトとヒトの繋がりは重要と感じました。会社の考えや創業の精神に行きつくところも人なんだと思います。
社員を雇って失敗することよりも、何で雇用しているかの覚悟をもって預かる意識が重要です。地域貢献をしてやろうというよりも雇用創出と言われていることが結果的に地域貢献となっていれば良いと思っています。

サービスの特徴 |

-サービスの特徴-

ツグナラコンサルタント

ツグナラコンサルタントによる紹介

ツグナラコンサルタント

高山社長は創業から40年以上、あっと驚く情熱を持ってひたすらに会社の経営を良くしてきた、「種まきの人生」を実行してきたお方です。地域経営資源引継ぎを通してさらに地域を良くしていきたいとの気概をもち、いつお会いしてもその熱量から学ばせていただけることが多くあります。

インタビュアーのコメント

脱サラ社長というと個人商店のようなイメージもありますが、43年も前の話であることそしてここまで事業を拡大し地域経済を牽引する企業を作った実行力と行動力、そして今なおパッションを持ち続けて進化の歩みを止めない社長様に感服しました。

会社概要

社名 株式会社太陽HD
創立年 2016年
代表者名 代表取締役 髙山 實
資本金 888万円
従業員数 523名
事業エリア 栃木県
茨城県
愛知県
本社住所 320-0851
栃木県宇都宮市鶴田町1961
事業内容 警備業、防災業、商品開発
URL
http://www.taiyo-hd.jp/

会社沿革

太陽警備保障
1977年 群馬県館林市赤生田に太陽警備保障設立
1979年 宇都宮市鶴田町1961番地に営業所設立
1980年 宇都宮市鶴田町1961番地に本部を移転
1981年 株式会社太陽警備保障を設立
1989年 愛知県岡崎市に岡崎営業所設置
1993年 愛知県大府市に大府営業所を設置
1994年 栃木県那須塩原市に那須塩原営業所設置
愛知県豊田市に豊田営業所設置
1996年 愛知県刈谷市に刈谷営業所設置
栃木県日光市に日光営業所設置
総和防災株式会社
1965年 茨城県猿島郡総和町下大野にて塚田防災として創業
1974年 茨城県猿島郡総和町釈迦1053番地に本社営業所を移転
1976年 事業拡大にともない塚田防災より総和防災株式会社に社名変更
1980年 新社屋完成
1982年 総和町水海に倉庫新築
1985年 総和町水海に倉庫新築
総和町水海3310に事務所用地を確保
1987年 資本金800万円に増資
1992年 総和町水海3310に新社屋完成
1993年 資本金1,000万円に増資
2005年 市町村合併により、所在地住所が古河市に変更

公開日:2021/07/10 (2021/07/19修正)

※本記事の内容および所属名称は2021年6月取材当時のものです。現在の情報とは異なる場合があります。