茨城・つくば市
つくば市の街づくりを
北条工業株式会社
地元に愛され続ける建設会社が志向する「無理をしない会社づくり」
経営理念
すべてはお客さまの立場で誠意のあるサービス向上と真心のある営業を
地域に密着した営業
「奉仕・貢献・感謝」
北条工業は新技術の開発だけではなく、新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的にも環境的にも新しい考え方を取り入れている総合建設会社です。
また一人ひとりのお客様に、ものづくりを通じて、安心・安全、快適な社会づくりのために日々努力をいたしております。
代表者メッセージ
人との繋がりを重要視しすべての「こうじ」を通してお客様によろこんでもらう
弊社は、1931年の創業以来、建設事業を通じて快適な地域社会づくりに貢献してまいりました。今後も「すべてはお客さまの立場で誠意のあるサービス向上と真心のある営業を」とする経営の理念を一貫して守り、感謝の気持ちを忘れずに、地域社会の皆さまから信頼される一業者であり続けたいと考えております。「工事」は「好事」に繋がると解釈し、事業を通じてお客様によろこびをお届けします。
代表取締役 島崎崇
私たちのこだわり
つくば市の街づくりに貢献してきた創業約70年の建設会社
弊社は、地域のインフラ整備工事をはじめ、公共施設建築、一般家庭の外構工事や駐車場の舗装など、多種多様な工事を設計から施工・メンテナンスまでワンストップで請け負う総合建設会社です。
私の祖父である初代が1931年に創業した「石川組」をルーツとしています。その後、1954年に2代目である父が会社を引き継ぎ、拠点を茨城県つくば市北条に移転し、有限会社化して社名を「北条工業」に変更します。社名の「北条」は、移転先の地名である茨城県つくば市北条が由来です。
初代の頃は、民間工事のみを請け負う建設会社でしたが、2代目になってからは公共工事も手掛けるようになり、社業は順調に成長していきます。しかし、2代目である父が48歳で早世する予期せぬ事態が起き、祖父の弟が一旦、経営を引き継ぐことで会社を存続できました。その後、2000年に私が引き継ぐタイミングで株式会社化し、2015年には資本金を5,500万円に増資するなど、総合建設会社として今後も成長していくための基盤を築いているところです。
父に憧れ当たり前だと考えていた「家業を継ぐこと」
私の幼少期は、建設業界の景気が良く、とても活気のある時代でした。その状況は弊社も例外ではなく、非常に多くのお仕事をいただいていました。今でも記憶に残っているのは、父と車で出かけた際には、「ここはうちの会社が手がけたんだよ」といった話をよく聞かされたことです。自分が暮らす街のあらゆるところで父の仕事が見られるので、子どもながらにうれしく、家業が誇らしかったと記憶しています。そうした経験も手伝い、誰に言われるでもなく将来自分が会社を引継ぐことを当たり前ととらえていました。
私にとって「会社を継ぐ」ことを真剣に考えはじめたのが、父が亡くなった18歳の時になります。この時、すぐに弊社に入社するよりも、外の世界を見ていろいろな経験を積むべきだと考え、高校卒業後は、父の知り合いの建設会社で修行と社会経験を積ませていただきました。
後継者として家業を引き継いだのはそれから5年後、私が23歳の時でした。当時の弊社は、創業者である祖父の存在感がまだ大きく、社員は祖父に雇われているような空気感がありました。そのおかげで私自身は大きなプレッシャーを感じることはありませんでした。私と祖父はよく意見がぶつかっていましたが、今振り返れば、創業者であり先輩経営者として後継者である私に本気で向き合ってくれていたのだと感じます。
積み上げてきた実績と信頼が最大の強み
現在の弊社は、公共事業や法人のお客様からご依頼いただく土木・建築事業と、個人のお客様からご依頼いただく一般工事事業の二軸で事業展開しており、公共工事と民間工事の割合は6対4です。
公共事業の入札参加資格の格付けは、茨城県でAランクをいただいています。公共事業の入札では、過去の実績が必要な案件があるため、入札要件を満たせるように、日頃から実績の維持は意識しています。
請け負える仕事の幅を広げるため、2015年には資本金をそれまでの2,200万円から5,500万円に大幅に増資し、「特定建設業」の許可を取得しました。「特定建設業」の要件に資本金2,000万円以上かつ、自己資本が4,000万円以上という項目があり、それを満たすための大幅な増資になります。そもそも公共工事か、民間工事かを問わず、建設工事を請け負うには、必ず建設業許可を受ける必要があります。「一般建設業」と「特定建設業」に区分されており、「特定建設業」の許可であれば、下請けに出す際の金額の上限がなく、より大きな仕事を請け負えます。
公共事業は安定しているイメージがあるかと思いますが、日本社会の世相や景気、さらには時の政権の方針により大きな影響を受けるため、「公共事業だけに集中していれば安泰」というわけではありません。実際に民主党政権の頃は、「コンクリートから人へ」のスローガンのもと、公共工事が激減し苦労しました。結果的に民間のお客様を新規開拓することで乗り切れましたが、常日頃から公共事業、民間企業、個人のお客様、それぞれを大切することの重要性を再確認できる経験でした。その頃に新規開拓したお客様とは、現在でもお付き合いが続いており、結果としてピンチがチャンスにできたのかもしれません。
仕事をしていく中で「北条工業さんだから」と弊社を信頼してご指名いただくケースは数多くあります。また、こちらの営業に対して「あの北条工業さんですね」と認知していただけていることも少なくありません。弊社は特別なことは何1つしておりませんが、つくば市で約70年に渡り積み上げてきた実績と信頼が、弊社にとっての大きな強みになっているのだと実感しています。
理念と社員を大切にする経営に邁進中
経営理念については、「すべてはお客様の立場で誠意のあるサービス向上と真心のある営業を」を掲げています。この経営理念は私が考えたもので、社内に浸透させるために、毎日全社員が立ち止まる、会社の入口に貼り出しています。また、月に1、2度実施している、「定例会」という全社員で集まり、現場の流れや売上などを共有する会でも、経営理念について話すようにしています。理念を根付かせるためには地道に継続していくしかないと考えているからです。それくらい経営理念は大切で、社員に浸透させる必要があると考えているからです。
経営者として心がけているのは、「無理をしない会社作り」ということになります。金額の大小にかかわらず、利益が確実に得られる仕事や、納期にある程度の余裕をもって取り組める仕事でなければお断りすることもあります。体が資本になる建設業界の労働環境を踏まえると、経営者がしっかりケアしていかないと現場が疲弊し、事業が立ちゆかなくなると考えているからです。無理に仕事を詰め込み過ぎなくても、利益が出る会社作りをしていくことが私の果たすべき責任だと認識しています。
年齢差、言葉の壁を越えた交流と次なる一歩
弊社の社員数は現在12名となり、平均年齢は、45歳以上50歳未満となります。一番年長の社員が65歳で、最年少は22歳という構成です。この22歳の社員はベトナムから来た技能実習生になります。技能実習生は時期により人数の変動はありますが常時5名ほど雇用しています。社員の特徴としては、日本人の社員は面倒見の良さを感じることが多く、ベトナム人の社員からは、日本人とはまた違った主体性のある真面目さを感じています。
技能実習生を受け入れ始めた当初は、言葉の壁やベテラン社員との年齢差から、うまくコミュニケーションを取れるか懸念していましたが、杞憂に終わりました。気が付けば弊社のベテラン社員が積極的に交流し、関係を深めてくれていたからです。実習生は会社の敷地内にある宿舎に住んでいますが、弊社のベテラン社員が遊びに行っている姿をよく見かけます。なお、私から社員に交流を促したことは一度もなく、自然発生的に食事に出かけたり、一緒に遊びに行き、国籍や言葉の壁を変えた交流がスタートし、弊社に新たな風を運んできてくれました。
人手不足を解消するために「人材マッチングアプリ」を開発
「無理をしない会社作り」を心がけた経営をしていることは、既にご説明しましたが、その実現のためにこれまでにないチャレンジも進めています。それが補助金の採択を受けて開発した茨城県の建設業に特化させた人材マッチングアプリです。弊社にとっても、建設業界にとっても人手不足は深刻で、一般的な求人サービスを利用してもなかなか応募が集まりません。そこで業種とエリアを絞ることで、企業と求職者がより繋がりやすくなるのではないかと具現化したのが本アプリです。まだまだスタートしたばかりの取り組みですが、この人材マッチングアプリから、良縁が生まれてくれればと期待しています。
CSR活動を通じて地域と地球環境に恩返し
地域の発展と共に約70年歩んできた弊社にとっては、地元・つくば市や茨城県、そして住民や企業の皆さまには多大なご恩があります。そうした感謝の思いを形にするべく、弊社ではCSR活動(Corporate Social Responsibility/企業の社会的責任)に注力しています。
まず環境面では、CO2排出量の抑制を重要な経営課題としてとらえ、徹底した省エネルギー化や自然エネルギーの活用、消費電力効率に優れた製品の使用、ペーパーレス化の推進を行っていることが挙げられます。社会貢献という面では、地域のゴミ拾いなどの美化活動を行ったり、市民団体、業界団体と連携した古紙回収の推進や啓発活動にも参加しています。
地元・つくば市の発展と住み良い街づくりに少しでも貢献したいという一心で取り組んでおります。
100年企業を目指した体制作り
弊社は祖父である初代が創業し、父、私へと親族を中心に引き継がれてきました。これからも地域に愛され、頼りにしてもらえる建設会社として存続していくには、親族承継だけにはこだわりません。やる気や熱意がある社員には一生懸命仕事を覚えてもらって、「社長になるまで面倒みるよ」と常日頃から声かけしています。
今はまだ具体的な後継者が決まっているわけではありませんが、100年企業を目指せるような体制にしてから引き継ぎたいと考えています。そのために理念経営を推進し、「人材マッチングアプリ」を軌道にのせることに今、注力しているところです。
つくば市の街づくりに貢献してきた創業約70年の建設会社
弊社は、地域のインフラ整備工事をはじめ、公共施設建築、一般家庭の外構工事や駐車場の舗装など、多種多様な工事を設計から施工・メンテナンスまでワンストップで請け負う総合建設会社です。
私の祖父である初代が1931年に創業した「石川組」をルーツとしています。その後、1954年に2代目である父が会社を引き継ぎ、拠点を茨城県つくば市北条に移転し、有限会社化して社名を「北条工業」に変更します。社名の「北条」は、移転先の地名である茨城県つくば市北条が由来です。
初代の頃は、民間工事のみを請け負う建設会社でしたが、2代目になってからは公共工事も手掛けるようになり、社業は順調に成長していきます。しかし、2代目である父が48歳で早世する予期せぬ事態が起き、祖父の弟が一旦、経営を引き継ぐことで会社を存続できました。その後、2000年に私が引き継ぐタイミングで株式会社化し、2015年には資本金を5,500万円に増資するなど、総合建設会社として今後も成長していくための基盤を築いているところです。
父に憧れ当たり前だと考えていた「家業を継ぐこと」
私の幼少期は、建設業界の景気が良く、とても活気のある時代でした。その状況は弊社も例外ではなく、非常に多くのお仕事をいただいていました。今でも記憶に残っているのは、父と車で出かけた際には、「ここはうちの会社が手がけたんだよ」といった話をよく聞かされたことです。自分が暮らす街のあらゆるところで父の仕事が見られるので、子どもながらにうれしく、家業が誇らしかったと記憶しています。そうした経験も手伝い、誰に言われるでもなく将来自分が会社を引継ぐことを当たり前ととらえていました。
私にとって「会社を継ぐ」ことを真剣に考えはじめたのが、父が亡くなった18歳の時になります。この時、すぐに弊社に入社するよりも、外の世界を見ていろいろな経験を積むべきだと考え、高校卒業後は、父の知り合いの建設会社で修行と社会経験を積ませていただきました。
後継者として家業を引き継いだのはそれから5年後、私が23歳の時でした。当時の弊社は、創業者である祖父の存在感がまだ大きく、社員は祖父に雇われているような空気感がありました。そのおかげで私自身は大きなプレッシャーを感じることはありませんでした。私と祖父はよく意見がぶつかっていましたが、今振り返れば、創業者であり先輩経営者として後継者である私に本気で向き合ってくれていたのだと感じます。
積み上げてきた実績と信頼が最大の強み
現在の弊社は、公共事業や法人のお客様からご依頼いただく土木・建築事業と、個人のお客様からご依頼いただく一般工事事業の二軸で事業展開しており、公共工事と民間工事の割合は6対4です。
公共事業の入札参加資格の格付けは、茨城県でAランクをいただいています。公共事業の入札では、過去の実績が必要な案件があるため、入札要件を満たせるように、日頃から実績の維持は意識しています。
請け負える仕事の幅を広げるため、2015年には資本金をそれまでの2,200万円から5,500万円に大幅に増資し、「特定建設業」の許可を取得しました。「特定建設業」の要件に資本金2,000万円以上かつ、自己資本が4,000万円以上という項目があり、それを満たすための大幅な増資になります。そもそも公共工事か、民間工事かを問わず、建設工事を請け負うには、必ず建設業許可を受ける必要があります。「一般建設業」と「特定建設業」に区分されており、「特定建設業」の許可であれば、下請けに出す際の金額の上限がなく、より大きな仕事を請け負えます。
公共事業は安定しているイメージがあるかと思いますが、日本社会の世相や景気、さらには時の政権の方針により大きな影響を受けるため、「公共事業だけに集中していれば安泰」というわけではありません。実際に民主党政権の頃は、「コンクリートから人へ」のスローガンのもと、公共工事が激減し苦労しました。結果的に民間のお客様を新規開拓することで乗り切れましたが、常日頃から公共事業、民間企業、個人のお客様、それぞれを大切することの重要性を再確認できる経験でした。その頃に新規開拓したお客様とは、現在でもお付き合いが続いており、結果としてピンチがチャンスにできたのかもしれません。
仕事をしていく中で「北条工業さんだから」と弊社を信頼してご指名いただくケースは数多くあります。また、こちらの営業に対して「あの北条工業さんですね」と認知していただけていることも少なくありません。弊社は特別なことは何1つしておりませんが、つくば市で約70年に渡り積み上げてきた実績と信頼が、弊社にとっての大きな強みになっているのだと実感しています。
理念と社員を大切にする経営に邁進中
経営理念については、「すべてはお客様の立場で誠意のあるサービス向上と真心のある営業を」を掲げています。この経営理念は私が考えたもので、社内に浸透させるために、毎日全社員が立ち止まる、会社の入口に貼り出しています。また、月に1、2度実施している、「定例会」という全社員で集まり、現場の流れや売上などを共有する会でも、経営理念について話すようにしています。理念を根付かせるためには地道に継続していくしかないと考えているからです。それくらい経営理念は大切で、社員に浸透させる必要があると考えているからです。
経営者として心がけているのは、「無理をしない会社作り」ということになります。金額の大小にかかわらず、利益が確実に得られる仕事や、納期にある程度の余裕をもって取り組める仕事でなければお断りすることもあります。体が資本になる建設業界の労働環境を踏まえると、経営者がしっかりケアしていかないと現場が疲弊し、事業が立ちゆかなくなると考えているからです。無理に仕事を詰め込み過ぎなくても、利益が出る会社作りをしていくことが私の果たすべき責任だと認識しています。
年齢差、言葉の壁を越えた交流と次なる一歩
弊社の社員数は現在12名となり、平均年齢は、45歳以上50歳未満となります。一番年長の社員が65歳で、最年少は22歳という構成です。この22歳の社員はベトナムから来た技能実習生になります。技能実習生は時期により人数の変動はありますが常時5名ほど雇用しています。社員の特徴としては、日本人の社員は面倒見の良さを感じることが多く、ベトナム人の社員からは、日本人とはまた違った主体性のある真面目さを感じています。
技能実習生を受け入れ始めた当初は、言葉の壁やベテラン社員との年齢差から、うまくコミュニケーションを取れるか懸念していましたが、杞憂に終わりました。気が付けば弊社のベテラン社員が積極的に交流し、関係を深めてくれていたからです。実習生は会社の敷地内にある宿舎に住んでいますが、弊社のベテラン社員が遊びに行っている姿をよく見かけます。なお、私から社員に交流を促したことは一度もなく、自然発生的に食事に出かけたり、一緒に遊びに行き、国籍や言葉の壁を変えた交流がスタートし、弊社に新たな風を運んできてくれました。
人手不足を解消するために「人材マッチングアプリ」を開発
「無理をしない会社作り」を心がけた経営をしていることは、既にご説明しましたが、その実現のためにこれまでにないチャレンジも進めています。それが補助金の採択を受けて開発した茨城県の建設業に特化させた人材マッチングアプリです。弊社にとっても、建設業界にとっても人手不足は深刻で、一般的な求人サービスを利用してもなかなか応募が集まりません。そこで業種とエリアを絞ることで、企業と求職者がより繋がりやすくなるのではないかと具現化したのが本アプリです。まだまだスタートしたばかりの取り組みですが、この人材マッチングアプリから、良縁が生まれてくれればと期待しています。
CSR活動を通じて地域と地球環境に恩返し
地域の発展と共に約70年歩んできた弊社にとっては、地元・つくば市や茨城県、そして住民や企業の皆さまには多大なご恩があります。そうした感謝の思いを形にするべく、弊社ではCSR活動(Corporate Social Responsibility/企業の社会的責任)に注力しています。
まず環境面では、CO2排出量の抑制を重要な経営課題としてとらえ、徹底した省エネルギー化や自然エネルギーの活用、消費電力効率に優れた製品の使用、ペーパーレス化の推進を行っていることが挙げられます。社会貢献という面では、地域のゴミ拾いなどの美化活動を行ったり、市民団体、業界団体と連携した古紙回収の推進や啓発活動にも参加しています。
地元・つくば市の発展と住み良い街づくりに少しでも貢献したいという一心で取り組んでおります。
100年企業を目指した体制作り
弊社は祖父である初代が創業し、父、私へと親族を中心に引き継がれてきました。これからも地域に愛され、頼りにしてもらえる建設会社として存続していくには、親族承継だけにはこだわりません。やる気や熱意がある社員には一生懸命仕事を覚えてもらって、「社長になるまで面倒みるよ」と常日頃から声かけしています。
今はまだ具体的な後継者が決まっているわけではありませんが、100年企業を目指せるような体制にしてから引き継ぎたいと考えています。そのために理念経営を推進し、「人材マッチングアプリ」を軌道にのせることに今、注力しているところです。
会社概要
社名 | 北条工業株式会社 |
創立年 | 1954年 |
代表者名 | 代表取締役 島崎 崇 |
資本金 | 5,500万円 |
URL |
http://hojo-industry.co.jp/
|
本社住所 |
〒300-4351 029-866-1251 |
事業内容 | 公共・一般土木建築業 |
会社沿革
1954年 | 茨城県筑波郡筑波町北条212にて開業 |
1955年 | 茨城県下館市稲荷町135に移転 |
1957年 | 茨城県筑波郡筑波町沼田に移転 |
1972年 | 茨城県筑波郡筑波町上大島1037番地に移転 |
1977年 | 資本金を800万円に増資 |
1978年 | 特定建設業許可(特-53第738号)取得 |
1983年 | 建築・とび土工・石店・舗装・しゅんせつ・水道施設工事業許可(般-58第738号) |
1986年 | 資本金を1,200万円に増資 |
1989年 | 特定建設業許可 土木店・とび土工・石・しゅうせつ・水道施設工事業・舗装(特-1第738号) 資本金を1,700万円に増資 |
1995年 | 特定建設業許可 建築工業(特7-第738号) 資本金を2,200万円に増資 |
1998年 | 特定建設業許可追加 大工・屋根・タイル・れんが・ブロック・鋼構造物・内装工事業(特9-第738号) |
2000年 | 石川崇 代表取締役就任 株式会社に組織変更 |
2001年 | 茨城県つくば市上大島31番地2に住所変更 |
2004年 | 造園工事業廃業(般-12第738号 |
2013年 | 大工・屋根・タイル・れんが・ブロック・鋼構造物工事業廃業(特-22第738号) 建築工事業(般-24第738号)般・特新規 |
2015年 | 資本金を5,500万円に増資 |
北条工業株式会社の経営資源引継ぎ募集情報
人的資本引継ぎ
茨城県
「これから」のつくばの街づくりを支える土木・建築人財募集
公開日:2023/03/28 (2023/03/29修正)
※本記事の内容および所属名称は2023年3月現在のものです。現在の情報とは異なる場合があります。
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