岐阜・高山市
岐阜 ・ 高山市
設備工事から
株式会社アクアテック
社員の自発性を信じ未来を拓く2代目の堅実な第一歩
経営理念
飛騨で一番お客様から喜ばれる会社になる
代表者メッセージ
私にとっての経営の原点は「人」です。
社員が「ここで働けてよかった」と思える会社をつくること。それが、創業者である父からアクアテックを託された私の使命です。
先代が築き上げた信頼やブランドを守り、変化が必要なときには全員で話し合い最善の方策を探る。それが私の大切にしている「守破離」の姿勢です。
会社は私ひとりで動かすものではありません。
社員全員が主体的に考え、挑戦できる場でありたいと思います。
そんな風通しの良さが、これからの強みになると信じています。
飛騨で培ってきた地盤をさらに確かなものにし、新たな展開や新しいご縁を通じて未来を切り拓いていきます。
2代目としての歩みを、社員と共に進めていきます。
次の時代のアクアテックに、ぜひご期待ください。
専務取締役 森下 俊樹
私たちのこだわり
病を抱えながらもトップセールスの実力を発揮した創業期の父
株式会社アクアテックは、1997年に父が創業し29年目を迎える、給排水・空調設備工事の会社です。創業のきっかけは、父が40代半ばの頃に重い病気で入院し、家計が不安定になったことからでした。創業以前の父は、会社員として働く傍ら、実家の農業も兼業し6人家族を1人で養っていました。
しかし入院で収入が減り、何十年も頑張って働いてきた会社にも迷惑をかけ「このままでは家族を守れない」という思いから仲間2人と共に立ち上げたのが弊社です。病を抱えながらも踏み出した、不安の中での創業でした。
父の家系は、公的な職に就いている親族が多くいましたが、父は自分の道は実力で切り拓くと決めていたそうです。父は前職ではトップセールスとして1人で年間4~5億を売り上げていた実績があったので、独立しても生活していけると考えており、その予想通り初年度から2億円以上の売上を達成することができ、その後も順調に業績を伸ばしていきました。
東京五輪の建設プロジェクトを成し遂げ決意したUターン
現在、専務を務めている私は、家業に入る以前は東京の大手同業に勤めていました。年収も高く、チャンスも数多く与えてもらえる恵まれた環境で、28歳のときには、2020年東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場となった国立競技場の現場責任者に選ばれるという、大変貴重なチャンスを掴むことができました。日本中が知る大規模プロジェクトに携わることが、私のかねてからの夢であり、竣工のときには人生最高の喜びと達成感を味わいました。しかし夢がかなってからは、次に何を目指すべきかわからなくなってしまいました。その頃には大手商社などからも声がかかるようになっていたので、転職すべきか父に相談したところ「男ならフラフラするな。一度決めたらそこに行け」と初めて強い口調で叱られ、他者から与えられるチャンスや意見に寄りかかりすぎていたことに気づかされました。
そして自分がすべきことを見つめ直そうと考え始めたときに頭に浮かんだのは、いつかは父も体調を崩し支えが必要になるときが来るだろうということでした。私は長男なので、家族に何かあったら自分の意志で必ず地元に戻る選択をするだろうと直感し、戻るのなら新たな目標が必要な今、計画性をもって地元に帰ろうと決意しました。
コロナ禍の最中に気づかされた互いを思い合う社風
そして30歳になる2021年にアクアテックに入社しました。私も家業を盛り上げていこうと意気込んでいましたが、いざ入社してみると社内は社員同士の会話もほとんどなく、それぞれが自分の仕事を黙々とこなしていて、消極的な雰囲気だと感じました。そんな印象が一変したのが、1人の社員がコロナウイルスに感染したときのことでした。入社時はコロナ禍の最中で、感染が発覚すれば意図しない噂が広まりかねないような緊迫した雰囲気が日本中に満ちており、まだ感染者の少なかった高山でも気を抜けない状況が続いていまいました。
私は、もしかすると社内でも否定的な意見が出るかもしれないと心配していましたが、社内のグループLINEには「大丈夫か」「買い物に行こうか」と当人を気遣うメッセージが飛び交い、実際に日用品などを届けに行った社員もいたのです。私は、仲間を心配し守ろうとする社員の姿勢に感激し、その場にいた父に「本当に素晴らしい会社を残してくれてありがとう」と感謝を伝えました。
そのときから、自分の夢や野望を追うよりも、まず社員が「ここで働けてよかった」と思える会社をつくることが、使命だと心の底から思えるようになりました。
衝突により学び得た2代目としての「守」の心構え
しかし会社への思いが強すぎたのか、私が家業に戻り1年ほど経った頃には、経営方針をめぐり父と初めて大きな衝突をしました。お世話になっているMMPCの松井会長が仲裁に入ってくれたことで、その場の混乱は収まりました。ただ、経営や承継の難しさをよく知る松井会長は状況を重く受けとめたようで、私に「あなたはまだ何もわかっていない、考え方を変えなさい」との言葉とともに1冊の本を私に手渡しました。
その本には、日本の芸能や武道の「守破離」の考え方になぞらえて、後継者の心構えについて書かれていました。松井会長からは「先代が守ってきた会社を“守る”のが2代目の役割であり、2代目は創業者よりも大変だ」「ただ、守る前に本質を変えようとしてしまったら今までついてきてくれたお客様を裏切ることになってしまう」と諫められました。2代目としての役割を全うすることが、創業者の父が築いたブランドやお客様との信頼関係につながると信じて、会社を支えていきたいと考えるようになりました。
自発性と主体性を育む風通しのよい組織
私が入社してからは4年ほどが経ち、現在の社員数は全体で24名となりました。父と社員がつくり上げた社風は、今後も私が一番大切にしていきたいと思っているかけがえのない宝であり、私としては社員の意欲を引き出すことで、会社全体を活気づけていきたいと考えています。
入社時から社員に積極的に声をかけ、できるだけ親身に話を聞くようにしていたからか、最近は社員から話しかけられることも増え「あの社員が最近元気なさそう」「休日の設定の仕方がおかしいのでは?」などの社内のことから人生相談まで、さまざまな意見や悩みを気兼ねなく相談してくれるようになりました。私が直接解決してあげられないような相談もときどきありますが、誰かに聞いてもらうことで心が軽くなり、気持ちよく仕事に臨めることもあると思うので、引き続き社員との対話に努めたいと思っています。
一貫対応の強みと堅実な成長戦略
事業としては、創業時から飛騨高山の地域に根差し、建物の衛生・空調・設備設計をはじめとした、町の水道供給システムから水質管理、設備機器のメンテナンスまで設備事業を一貫して担っています。法人向けには、商業施設や医療施設などの設計・施工・保守までワンストップで提供し、個人向けには新規設備機器の設置や交換、修理サポートまで幅広く対応しています。年間約1,000件の修理依頼に即応できる体制を整えており、「安心・迅速・品質」の自社対応にこだわることで、お客様に寄り添い続けています。
受注比率としては、弊社の営業力の強みを活かせる民間事業が7~8割ほどを占めており、現在の売上は創業時の売上の6倍を超える13億2,000万円ほどにまで成長することができています。創業者である父も「この短期間にここまで規模が大きくなるとは思っていなかった」と喜んでくれています。
創業者の正義感と心遣いによりつながれた2代目へのバトン
社長交代は、経営者としての経験を積んだ36歳以降がいいだろうと父と話しており、私は数年先の承継に向けて少しずつ業務をこなせるようにしていきました。会計などのあらかたの業務を任せてもらえるようになってからは、父が会社に顔を出す頻度は月に1度ほどとなっており、私としては承継まで2年以上の余裕があると安心しきっていました。
ところが、2025年の株主総会の前日に突然父から「大事な話がある」と呼び出されました。父からは「社長という職は、最前線で一番頑張っている人が就くべきであり、それはお前だ」「だから株主総会で決議をとって来年社長を交代する」と告げられました。正義感が強く、社長となってからも常に働き続けてきた父にとっては、肩書きだけで安穏と過ごせる状況が許せなかったらしく、私も父の思いや辛さは理解できたので、社長交代を了承しました。
予定よりも2年早い交代ではありましたが、その翌日の株主総会でも合意を得られたので、現在は来年2026年の社長交代に向けて、本格的に引継ぎを進めているところです。
社長交代の合意を得られてからは、父は心残りがなくなったようで、あちこちに「あと1年で息子に引継ぎをして交代する」と言い回っているようです。そのため噂を聞いた関係先の社長から「応援してるからな」という電話がよくかかって来るようになり、先輩経営者としての父の気配りとともに、周りからすでに2代目として受け入れてもらえているという安心感に勇気づけられています。
親族承継では「親から無理に会社を継がされた」というケースが多く、特に交代のときに揉めるケースが非常に多いと聞きます。私も、家族関係を壊してまで会社を継ぐくらいなら高山に戻りたくないと思っていた時期もありましたが、父は私の自主性を重んじ、私がどうしても譲れない局面では折れ「最後は失敗しても俺が守ってやる」とまで言ってくれました。父の器の大きさや安心感には及ばないかもしれませんが、私も父が残してくれた会社と社員のために頑張っていきたいと思っています。
社内協議型への転換が満足度の高い環境に結びつく
現在は、来年の2026年度の代替わりに向けてトップダウン型から社内協議型へと移行しているところです。私は父のようにリーダーシップをもって社員を牽引していくタイプではないので、話し合いによってルールをつくり、社員が楽しく働ける弊社独自の職場環境をつくり上げていきたいと考えています。現在は、就業規則を社員とともに見直しているところです。社員からは「ここに寄付したい」「このイベントに協賛したい」との活発な意見が出ており、社員も自分事として楽しそうに取り組んでくれているのを感じています。
弊社の社風は社員を通じて地域にも伝わっているようで、今では20歳前後の若い社員が続々と入社してくれています。私の入社後からは約10人増え、今まさに面接を控えている方もいます。
面接で応募の理由を聞くと「生き生きと働くことができると聞いたから」と答える人が多く、ある応募者は、美容院で「アクアテックは最高に楽しい会社だ」と弊社の社員が話しているのを耳にし、興味を持ってホームページを探して応募したとのことでした。社員の満足度が高いからこそ意欲が高い社員が集まり、採用につながっているのだと思います。
自発性や考える力を大切にする社員教育
一方で、教育制度にはまだ課題があると感じています。技術研修や勉強会はありますが、現場でのスキルや立ち居振る舞いは現場でしか学べません。そこで、新入社員にはまず3~4か月かけて各部署を回ってもらい、自分がどこで働きたいかをじっくり考えてもらうことにしています。上から細かく指示をするだけでは、社員の考える力や意欲が失われてしまうからです。
私は、社員たちには自分の人生は自分自身で決めてほしいと考えているので、頑張りたいなら全力でフォローし、「自分がどこで、何をして、どうなりたいか」を社員自身が考える機会を与えることで、希望を叶えられるようにする方が本人の意欲につながると思っています。これからの時代は、社員の自発性がなければ会社は成り立ちません。社員一人ひとりの意思を尊重し、その力を引き出す仕組みを大切にしています。
堅実なエリア拡大とご縁により双方にプラスとなるM&Aを検討
私自身は、創業時からの設備分野を堅実に伸ばしていけば、大きなリスクを取らずとも会社は成長していけると考えています。
一方で、お客様や社員からは「岐阜市や各務原市に支店を出してほしい」と言われ続けています。意欲あるトップセールスの社員も「私に岐阜支店長を任せてください」と手を挙げてくれました。私としては、社員の積極的な姿勢が本当に嬉しく、父に相談すると「やってみろ」と背中を押してくれました。お客様も「応援する」と申し出てくれています。
そのため、岐阜支店の立ち上げを進めようと準備を始めたところです。支店の立ち上げは初めてなので、総務をはじめとした基盤を置き、来年の2026年には社長就任とともに支店立ち上げができたらと思っています。支店立ち上げのノウハウが確立できれば、東京や大阪といった市場の大きな都市にも展開できると考えています。
他地域展開を目的とした事業承継は以前から検討しています。M&Aで最も難しいのは人間関係です。相手側の社員が新しい体制を受け入れられなければ、人が離れていってしまうリスクがあります。自社のやり方を押し付けるのではなく、相手の会社の良い部分を学び、取り入れながら、双方にとってプラスとなる組織や体制づくりが大切だと考えています。社員を大切にできる会社ともし巡り合えたなら、ぜひお引き受けしたいと思っています。
病を抱えながらもトップセールスの実力を発揮した創業期の父
株式会社アクアテックは、1997年に父が創業し29年目を迎える、給排水・空調設備工事の会社です。創業のきっかけは、父が40代半ばの頃に重い病気で入院し、家計が不安定になったことからでした。創業以前の父は、会社員として働く傍ら、実家の農業も兼業し6人家族を1人で養っていました。
しかし入院で収入が減り、何十年も頑張って働いてきた会社にも迷惑をかけ「このままでは家族を守れない」という思いから仲間2人と共に立ち上げたのが弊社です。病を抱えながらも踏み出した、不安の中での創業でした。
父の家系は、公的な職に就いている親族が多くいましたが、父は自分の道は実力で切り拓くと決めていたそうです。父は前職ではトップセールスとして1人で年間4~5億を売り上げていた実績があったので、独立しても生活していけると考えており、その予想通り初年度から2億円以上の売上を達成することができ、その後も順調に業績を伸ばしていきました。
東京五輪の建設プロジェクトを成し遂げ決意したUターン
現在、専務を務めている私は、家業に入る以前は東京の大手同業に勤めていました。年収も高く、チャンスも数多く与えてもらえる恵まれた環境で、28歳のときには、2020年東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場となった国立競技場の現場責任者に選ばれるという、大変貴重なチャンスを掴むことができました。日本中が知る大規模プロジェクトに携わることが、私のかねてからの夢であり、竣工のときには人生最高の喜びと達成感を味わいました。しかし夢がかなってからは、次に何を目指すべきかわからなくなってしまいました。その頃には大手商社などからも声がかかるようになっていたので、転職すべきか父に相談したところ「男ならフラフラするな。一度決めたらそこに行け」と初めて強い口調で叱られ、他者から与えられるチャンスや意見に寄りかかりすぎていたことに気づかされました。
そして自分がすべきことを見つめ直そうと考え始めたときに頭に浮かんだのは、いつかは父も体調を崩し支えが必要になるときが来るだろうということでした。私は長男なので、家族に何かあったら自分の意志で必ず地元に戻る選択をするだろうと直感し、戻るのなら新たな目標が必要な今、計画性をもって地元に帰ろうと決意しました。
コロナ禍の最中に気づかされた互いを思い合う社風
そして30歳になる2021年にアクアテックに入社しました。私も家業を盛り上げていこうと意気込んでいましたが、いざ入社してみると社内は社員同士の会話もほとんどなく、それぞれが自分の仕事を黙々とこなしていて、消極的な雰囲気だと感じました。そんな印象が一変したのが、1人の社員がコロナウイルスに感染したときのことでした。入社時はコロナ禍の最中で、感染が発覚すれば意図しない噂が広まりかねないような緊迫した雰囲気が日本中に満ちており、まだ感染者の少なかった高山でも気を抜けない状況が続いていまいました。
私は、もしかすると社内でも否定的な意見が出るかもしれないと心配していましたが、社内のグループLINEには「大丈夫か」「買い物に行こうか」と当人を気遣うメッセージが飛び交い、実際に日用品などを届けに行った社員もいたのです。私は、仲間を心配し守ろうとする社員の姿勢に感激し、その場にいた父に「本当に素晴らしい会社を残してくれてありがとう」と感謝を伝えました。
そのときから、自分の夢や野望を追うよりも、まず社員が「ここで働けてよかった」と思える会社をつくることが、使命だと心の底から思えるようになりました。
衝突により学び得た2代目としての「守」の心構え
しかし会社への思いが強すぎたのか、私が家業に戻り1年ほど経った頃には、経営方針をめぐり父と初めて大きな衝突をしました。お世話になっているMMPCの松井会長が仲裁に入ってくれたことで、その場の混乱は収まりました。ただ、経営や承継の難しさをよく知る松井会長は状況を重く受けとめたようで、私に「あなたはまだ何もわかっていない、考え方を変えなさい」との言葉とともに1冊の本を私に手渡しました。
その本には、日本の芸能や武道の「守破離」の考え方になぞらえて、後継者の心構えについて書かれていました。松井会長からは「先代が守ってきた会社を“守る”のが2代目の役割であり、2代目は創業者よりも大変だ」「ただ、守る前に本質を変えようとしてしまったら今までついてきてくれたお客様を裏切ることになってしまう」と諫められました。2代目としての役割を全うすることが、創業者の父が築いたブランドやお客様との信頼関係につながると信じて、会社を支えていきたいと考えるようになりました。
自発性と主体性を育む風通しのよい組織
私が入社してからは4年ほどが経ち、現在の社員数は全体で24名となりました。父と社員がつくり上げた社風は、今後も私が一番大切にしていきたいと思っているかけがえのない宝であり、私としては社員の意欲を引き出すことで、会社全体を活気づけていきたいと考えています。
入社時から社員に積極的に声をかけ、できるだけ親身に話を聞くようにしていたからか、最近は社員から話しかけられることも増え「あの社員が最近元気なさそう」「休日の設定の仕方がおかしいのでは?」などの社内のことから人生相談まで、さまざまな意見や悩みを気兼ねなく相談してくれるようになりました。私が直接解決してあげられないような相談もときどきありますが、誰かに聞いてもらうことで心が軽くなり、気持ちよく仕事に臨めることもあると思うので、引き続き社員との対話に努めたいと思っています。
一貫対応の強みと堅実な成長戦略
事業としては、創業時から飛騨高山の地域に根差し、建物の衛生・空調・設備設計をはじめとした、町の水道供給システムから水質管理、設備機器のメンテナンスまで設備事業を一貫して担っています。法人向けには、商業施設や医療施設などの設計・施工・保守までワンストップで提供し、個人向けには新規設備機器の設置や交換、修理サポートまで幅広く対応しています。年間約1,000件の修理依頼に即応できる体制を整えており、「安心・迅速・品質」の自社対応にこだわることで、お客様に寄り添い続けています。
受注比率としては、弊社の営業力の強みを活かせる民間事業が7~8割ほどを占めており、現在の売上は創業時の売上の6倍を超える13億2,000万円ほどにまで成長することができています。創業者である父も「この短期間にここまで規模が大きくなるとは思っていなかった」と喜んでくれています。
創業者の正義感と心遣いによりつながれた2代目へのバトン
社長交代は、経営者としての経験を積んだ36歳以降がいいだろうと父と話しており、私は数年先の承継に向けて少しずつ業務をこなせるようにしていきました。会計などのあらかたの業務を任せてもらえるようになってからは、父が会社に顔を出す頻度は月に1度ほどとなっており、私としては承継まで2年以上の余裕があると安心しきっていました。
ところが、2025年の株主総会の前日に突然父から「大事な話がある」と呼び出されました。父からは「社長という職は、最前線で一番頑張っている人が就くべきであり、それはお前だ」「だから株主総会で決議をとって来年社長を交代する」と告げられました。正義感が強く、社長となってからも常に働き続けてきた父にとっては、肩書きだけで安穏と過ごせる状況が許せなかったらしく、私も父の思いや辛さは理解できたので、社長交代を了承しました。
予定よりも2年早い交代ではありましたが、その翌日の株主総会でも合意を得られたので、現在は来年2026年の社長交代に向けて、本格的に引継ぎを進めているところです。
社長交代の合意を得られてからは、父は心残りがなくなったようで、あちこちに「あと1年で息子に引継ぎをして交代する」と言い回っているようです。そのため噂を聞いた関係先の社長から「応援してるからな」という電話がよくかかって来るようになり、先輩経営者としての父の気配りとともに、周りからすでに2代目として受け入れてもらえているという安心感に勇気づけられています。
親族承継では「親から無理に会社を継がされた」というケースが多く、特に交代のときに揉めるケースが非常に多いと聞きます。私も、家族関係を壊してまで会社を継ぐくらいなら高山に戻りたくないと思っていた時期もありましたが、父は私の自主性を重んじ、私がどうしても譲れない局面では折れ「最後は失敗しても俺が守ってやる」とまで言ってくれました。父の器の大きさや安心感には及ばないかもしれませんが、私も父が残してくれた会社と社員のために頑張っていきたいと思っています。
社内協議型への転換が満足度の高い環境に結びつく
現在は、来年の2026年度の代替わりに向けてトップダウン型から社内協議型へと移行しているところです。私は父のようにリーダーシップをもって社員を牽引していくタイプではないので、話し合いによってルールをつくり、社員が楽しく働ける弊社独自の職場環境をつくり上げていきたいと考えています。現在は、就業規則を社員とともに見直しているところです。社員からは「ここに寄付したい」「このイベントに協賛したい」との活発な意見が出ており、社員も自分事として楽しそうに取り組んでくれているのを感じています。
弊社の社風は社員を通じて地域にも伝わっているようで、今では20歳前後の若い社員が続々と入社してくれています。私の入社後からは約10人増え、今まさに面接を控えている方もいます。
面接で応募の理由を聞くと「生き生きと働くことができると聞いたから」と答える人が多く、ある応募者は、美容院で「アクアテックは最高に楽しい会社だ」と弊社の社員が話しているのを耳にし、興味を持ってホームページを探して応募したとのことでした。社員の満足度が高いからこそ意欲が高い社員が集まり、採用につながっているのだと思います。
自発性や考える力を大切にする社員教育
一方で、教育制度にはまだ課題があると感じています。技術研修や勉強会はありますが、現場でのスキルや立ち居振る舞いは現場でしか学べません。そこで、新入社員にはまず3~4か月かけて各部署を回ってもらい、自分がどこで働きたいかをじっくり考えてもらうことにしています。上から細かく指示をするだけでは、社員の考える力や意欲が失われてしまうからです。
私は、社員たちには自分の人生は自分自身で決めてほしいと考えているので、頑張りたいなら全力でフォローし、「自分がどこで、何をして、どうなりたいか」を社員自身が考える機会を与えることで、希望を叶えられるようにする方が本人の意欲につながると思っています。これからの時代は、社員の自発性がなければ会社は成り立ちません。社員一人ひとりの意思を尊重し、その力を引き出す仕組みを大切にしています。
堅実なエリア拡大とご縁により双方にプラスとなるM&Aを検討
私自身は、創業時からの設備分野を堅実に伸ばしていけば、大きなリスクを取らずとも会社は成長していけると考えています。
一方で、お客様や社員からは「岐阜市や各務原市に支店を出してほしい」と言われ続けています。意欲あるトップセールスの社員も「私に岐阜支店長を任せてください」と手を挙げてくれました。私としては、社員の積極的な姿勢が本当に嬉しく、父に相談すると「やってみろ」と背中を押してくれました。お客様も「応援する」と申し出てくれています。
そのため、岐阜支店の立ち上げを進めようと準備を始めたところです。支店の立ち上げは初めてなので、総務をはじめとした基盤を置き、来年の2026年には社長就任とともに支店立ち上げができたらと思っています。支店立ち上げのノウハウが確立できれば、東京や大阪といった市場の大きな都市にも展開できると考えています。
他地域展開を目的とした事業承継は以前から検討しています。M&Aで最も難しいのは人間関係です。相手側の社員が新しい体制を受け入れられなければ、人が離れていってしまうリスクがあります。自社のやり方を押し付けるのではなく、相手の会社の良い部分を学び、取り入れながら、双方にとってプラスとなる組織や体制づくりが大切だと考えています。社員を大切にできる会社ともし巡り合えたなら、ぜひお引き受けしたいと思っています。
会社概要
| 社名 | 株式会社アクアテック |
| 創立年 | 1997年 |
| 代表者名 | 代表取締役社長 森下 正樹 |
| 資本金 | 3,200万円 |
| URL |
https://www.aquatec-takayama.com/
|
| 本社住所 |
〒506-0818 |
| 事業内容 | ・給排水設備工事、空調設備工事、融雪工事 ・上水道・水道施設管理 ・設備機器メンテナンス、設備設計 |
会社沿革
| 1997年 | 資本金1,600万円 会社設立 |
| 2000年 | 1,600万円の増資 |
| 2002 年 | 本社を高山市江名子町に移転 |
株式会社アクアテックの経営資源引継ぎ募集情報
公開日:2026/01/13
※本記事の内容および所属名称は2026年1月現在のものです。現在の情報とは異なる場合があります。
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