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引継ぎ実績あり
大切なひと時を、
株式会社小野写真館
3回生まれ変わり到達した「感動体験創出事業」とは?
経営理念
ミッション
世界に「笑顔」「幸せ」「感動」を連鎖させる。
ビジョン
写真と、写真から派生するビジネスで、世界を変えていく。
コアバリュー
- 正直に、誠実に、オープンに!
- 情熱を持ち、挑戦しよう!
- 「何」をやるか!ではなく、「誰」とやるか!
- 行動!行動!行動!
- 変化を恐れず、時流に乗り、革新を続けよう!
- オリジナルを追求し「本物」を目指そう!
- 常に謙虚で!多様性を受け入れよう!
- 約束を守り、人として正しく生きよう!
- 常識にとらわれずに、既成概念をぶっ壊し、新たな新常識を創りだそう!
- 常に「クリエイティヴ」と「楽しさ」を追求しよう!
代表者メッセージ
コンプレックスだった家業の承継を決意
弊社は、先代である私の両親が1976年(昭和51年)に設立しました。もともと母方の祖父が写真に関わる仕事をしており、新たに小野写真館を設けて、フィルムの現像やプリント、結婚式や卒業アルバムの撮影等を手掛ける「街の写真屋さん」として歩み始めました。
創業当時、私は1歳で、スタジオと店舗が一体になった家に住んでいました。ネガフィルムを現像する暗室の独特の臭いが苦手で、周囲の人に写真屋の息子だと言われることもコンプレックスであり、長男という立場ではありましたが「写真屋は絶対に継がない」と決めて、カメラやフィルム類にも触れたことがないくらい写真から距離を置いていました。両親からも「家業を継いでほしい」という話は一切出なかったため、高校卒業後は東京の大学に進学するため地元を離れました。
就職活動を始める頃には、ベンチャー企業の先駆けのような会社が増え始めていました。ゆくゆくは自分も起業して社長になりたいと考えていたため、働きながらお金の勉強をしようと考えて就職活動先は金融関係に絞り、大学卒業後の1997年(平成9年)には外資系金融業に就職しました。
財務諸表などの経営に関わる知識や、入社して2、3年の若手でも経営のトップから様々な業界の話を聴けるなど得られた経験は大きく、自分の気質にも合っていたため天職だと思いました。5年勤めるうちに、金融でトップをとりたい、しかし起業もしたいという2つの選択肢に悩むうちに、何となく家のことが気になり、帰省した時に家業について先代に初めて詳しく聞くことにしました。
私は「私立の高校と大学にも出してくれたし、会社の社長なのだからお金はあるのだろう」と思っていましたが、実は億単位の借金があり、母は「もう会社を畳むしかない」と涙しました。初めて見る母の弱気な姿に、家業について理解しようともしなかった自分の後悔するとともに「小野写真館を引き継ぐことは運命なのかもしれない」と感じ、逡巡はありながらも家業を継ぐことを決心しました。
それまで写真とは距離を置いていたことから写真のことは全く分からない状態だったため、写真を基礎から学び家業を継ぐために、働きながらアメリカの写真学校に2年間通いました。その間、アメリカではカメラのデジタル化だけでなくインターネットの普及等も急速に進んでおり、家業を承継した後に役立つものとしてその動向やメリットの理解に努めました。
その後30歳の時に会社を退職し、家業を継ぐため茨城県の実家に戻ってきました。
承継を決意し実家に戻ってくるまでの間、先代である両親は踏ん張りながら待っていてくれました。その頃の売上は2億円、借金は倍の約4億円となっており、二期連続の債務超過で倒産寸前にまで追い詰められていましたが、「やるしかない」と奮起しました。今考えると、若かったからこそ踏み出せたのかもしれません。
私たちのこだわり
先代が築いた信用と金融の経験が事業継続の窮地を救う
私は2代目として入社しました。会社は、幼少期を過ごした頃と変わらず街中にある一軒の写真屋さんといった雰囲気であり、社長は父、専務は母が務め、入社当時は従業員が10余人ほどいましたが、会社組織という感じはありませんでした。
債務超過でキャッシュフローが回っていなかったため、毎月の給与、銀行、業者への支払いをする資金がない時には、経営者である両親が自分の給料から捻出していました。私が入社してからも苦しい状況は3、4年続きましたが、大変な中でも従業員の給与や業者への支払いを先延ばしにしたことは一度もなかったため、先代は周囲の人たちから厚い信用を寄せられているようでした。
その有難さを実感したのは、2006年(平成18年)に戻ってすぐ、デジタルカメラへの移行と新規事業の立ち上げに踏み切ろうとしていた時のことでした。多額の借入が必要となりましたが、地銀との取引もできないほどの状態であり困っていたところ、先代が長く付き合いを続けてきた地元の水戸信用金庫が唯一融資に応えてくれました。長年にわたり築き上げられた信用が無ければ、今この会社はなかったかもしれません。先代と水戸信金には本当に感謝しています。
新規事業の出店先は競売物件であり、建築業者の選定から従業員の給料用口座に至るまで、信金にメリットが出せるよう配慮したほか融資の審査部長にそのまま提出できる事業計画書を作成して担当者の負担を最小限にするなど、金融出身の経験を活かせたこともプラスに働きました。
事業改革を進め、写真館の枠を超えブライダルマーケットに進出
2006年(平成18年)は、国内でもカメラがフィルムからデジタルに移行し始めた時期であり、実家に戻ってから数日後には、デジタルへの投資を決めてすぐに入れ替えを行いました。デジタルカメラの入れ替えを即決したのは、原価10%を占めていたフィルムの現像代がゼロになるからという理由からでした。デジタル化への投資が必要ではありましたが、思い切って投資をしたことで二期連続赤字だったところが黒字になって本業の写真業が持ち直し、撮影時のオペレーションも楽になりました。
フィルム撮影に長く携わり、高い技術を持っていた方ほどデジタル化に抵抗があったようでしたが、私の場合は写真業の経験が浅く既成概念ができあがる前段階であったため、デジタル化への移行もスムーズにできました。今思い返せば、投資判断をするタイミングも運も良かったのだと思います。
また、カメラをデジタルに切り替えるのと同時に、七五三や成人式、ウエディング、結婚式の写真の下請けなど、自社で企画設定できないビジネスを思い切ってやめることにました。下請け型の仕事はBtoC(対顧客)ではなくBtoB(企業間取引)になってしまい、ビジネスの醍醐味である企画ができなければやりがいも面白味もなくなってしまうからです。ここでも前職での見識を活かすことができました。
さらに、同年には既存のウエディングフォトの枠組みを広げ、ブライダルマーケットに進出するため、総合ブライダル施設「アンシャンテ」を立ち上げ、私は事業責任者として運営にあたりました。「アンシャンテ」設立のきっかけは「お客様の満足度を高めたい」との想いです。
以前は写真館という一つの箱の中に、小さなお子様から年配の方まで幅広い年齢の方が訪れ撮影していましたが、場所を切り分けることでお客様も撮影者も撮影に集中できるようになり、それぞれのブランドイメージも定着することができました。
事業継続には、この「アンシャンテ」を軌道に乗せることが絶対要件ではありましたが、デジタルカメラ移行の効果もあって、思うより早く利益が出るようになりました。社長に就任したのは、この「アンシャンテ」立ち上げから4年後の2010年(平成22年)です。家業に携わるようになった当初から、資金調達から戦略の決定も自由にさせてもらっていたので、社長になった実感はさほどありませんでした。
2012年(平成24年)には、ブライダル事業と同様に、成人式の衣装レンタルから撮影までをトータルでできる二十歳専門の「アズ」というブランドを新設しました。この「アズ」は、既存の小野写真館からスピンオフ(既成の組織を出た独立組織)したブランドで、現在は14店舗にまで拡大しています。
東日本大震災、はれのひ事件、コロナ禍の大打撃でM&Aを決意
2006年(平成18年)以降は、1年間に3店舗のペースで出店を続け、事業利益を新規事業に再投資し続することで、12年にわたり複利成長20%を達成しながら右肩上がりの成長を続け徐々に収支が安定していきました。
ところが、新事業を始めようとしていた矢先の2011年(平成23年)に東日本大震災が起こって立て直しに追われ、その後2018年(平成30年)には、振袖レンタルを行う事業者が成人式当日に事業を停止し、新成人に晴れ着が届かないという騒動があり、業界全体の信用に大きな影響を与えました。
さらに翌2019年(平成31年)には、新型コロナウイルスの感染拡大により対面接触を伴う事業が大打撃を受け、弊社も厳しい状況に追い込まれました。特にブライダル事業のうち披露宴関係のキャンセル分が大きな損失となり、2019年(平成31年)4月・5月は、昨年比85%減にまで落ち込み倒産寸前にまで追い込まれました。
利益を出せる新事業を生み出さねば廃業を待つのみであり、前職の金融業で様々な会社を見てきた中で、中小企業は攻め続けなければ維持も難しいという実感も得ていたため、コロナ拡大以降は「攻めこそ最強の守り」だと奮い立ち、収益減から翌々月の7月には温泉旅館のM&Aに踏み切りました。
この意思決定を機に、M&Aは事業維持や拡大の重要な手段としていつでも決断ができるように、また安全性を高めるためにも年商の60%以上を現預金の状態で保持するようにしています。
旅館を買い受けたことではじまる非接触型の「感動体験創出事業」
2020年(令和2年)には、伊豆半島の河津町にある温泉旅館「桐のかほり咲楽」をM&Aで買い受け、旅館のほか、弊社事業の特性を活かし結婚式や成人式、七五三、還暦や喜寿、誕生日お祝いのプロデュースを行えるようにしました。
また2021年には、伊豆の美しい景色を活かしたロケーションフォト専門の「アンシャンテ伊豆」をオープンし、旅館に併設することで少人数貸切の結婚式もできようになりました。予想外だったのは、宿泊付きロケーションフォト等の25~30万円の商品をオンラインで購入してもらえるようになったことです。首都圏から写真を撮りに訪れる方が多く、周りには競合もいないため、この事業だけでも年間3千万円ほどの売上が上がるようになりました。
また昨年2021年(令和3年)には、写真とコメントをデジタルフォトブックとして残していけるアプリ「BABY365」「UCHINOKO Diary」「プレ花ダイアリー」の事業を譲り受けたことで、本業の写真業が対面型からオンライン非接触型のサービス提供が可能となりました。
非接触でありながら、弊社の「写真から感動体験を生み出す」というビジョンにも合致し、アプリを通じて全国に私たちの想いも届けることもできる素晴らしいシステムであり、新たなビジネスモデルにもなるだろうと考えています。写真を通じた課題解決「フォトソリューション」にまで発展させられるように、今後も工夫をしながら続けていきます。
クチコミを通じて「感動体験」の見える化を図る
コロナ禍を経て、弊社は「感動体験創出事業」へと生まれ変わると決め、社員にもお客様を想うサービスを徹底してもらっています。感動が生まれなければお客様は続かないと思っているからです。しかし感動は目に見えず、サービスを通じて感動したお客様自身が伝えようとしなければ、縁は広がっていきません。そこで、弊社をご利用いただいたお客様には、Googleのクチコミへの書き込みをお願いしています。
業界サイトの口コミはお金を支払っていると悪くならないようになっているところもありますが、それはお客様の立場からするとアンフェアであり、企業側が操作できないクチコミにこそ価値があります。全ての人が平等に見て書き込めるクチコミは社外からの「見える化」にもなり、今後お客様になるかもしれない方が弊社を選んでいただけるきっかけにもなります。
弊社は店舗数も多く、経営者である私もお客様の喜んでいる顔や声が直接見られないため、毎日全店舗のクチコミをチェックしサービス向上の参考にしています。数十店舗ある店舗は全て非常に高い評価をいただいており、見えないところでもお客様に社員のの表れでもあり、お客様を担当した従業員のモチベーションにも繋がっています。お客様にご満足いただけるサービスを追求し続ける社員の熱い想いが、弊社の最大の強みだと思っています。
社員の力を借り、経営者としてレバレッジをかけられる分野に注力
弊社はひたちなか市で創業し、今年(2022年)で45年になりました。従業員数も、家業に携わるようになった当時の10数人という規模から、現在はパートを含めた全社員数は160から170人と大所帯になっています。写真業は技術者やクリエイターの側面が強く、私自身もバックオフィス業務は苦手な方だったので、組織化には大変苦労しました。会社が成長するにつれ、優秀で経験豊富なメンバーが加わるようになり、本当に助かりました。
経営者は得意分野で力を発揮することが大事であり、苦手な分野で誤った方向に動いてしまうくらいなら経験者に任せ、新規事業開拓や採用などの前衛に注力する方が会社に最もレバレッジ(小さな力で大きなものを動かす仕組み)をかけられるというのが自論です。フロントに立つ経営者の気持ちにブレーキがかかってしまえば、会社の成長も止まってしまいます。
トップとして組織をまとめる役割ももちろん大事ですが、中小企業の経営者が社員を幸せにしていくためには、事業を強化し収益に繋げることが先決です。経営者があえて全部手をつけないことで、社員の成長を促すという目的もあります。2代目だからこそ自分の長所短所を知り、会社や事業が効率よく展開していけるように強みに100%の力を注ぐようにしています。
会社がさらに大きくなり、経営者として別の視野や感覚が必要になると感じた場合には、自分が引いてそういった運営が得意な後進に譲りたいという考えもあります。
人財を重視し、理念共感型の採用活動に取り組む
現在はコロナもあり、オンラインで年4回、全社員が集まる機会を設けています。年1回の経営計画発表会では、2時間ほど会社の将来的な構想や計画についてプレゼンしています。経営者として有言実行できるようになろうと決めてからは、社員の協力もあってほとんどの計画を結果に残すことができます。経営計画でだいぶ先の計画を語ったとしても、社員がそれを信じ、ついてきてくれるからこそ達成できていると実感しています。本当に感謝しています。
人財マネジメントの要である「採用」も重視しており、新規事業への採用は、新卒・中途問わず全て私が説明し二次面接から入るようにして、エントリーマネジメントにも取り組んでいます。既存事業の採用は、社員の経験のために全て任せており、育てながら自分も成長してもらえるようにしています。
入社前の段階から弊社の考えやビジョンを共有するのが目的であり、最終面接は1時間から2時間かけて行うことで理解し合う時間としています。弊社のミッション、ビジョン、バリューに共感してくれる方が集い、仕事として実践してもらうことでその努力に見合った成果が出るようになり、その結果として情熱を持ち挑み続ける社風が築かれてきているのを感じます。
現場とオンラインをかけ合わせ、社員の成長を促進する環境を整備
写真業は技術職であるため、新入社員はまずヘアメイクなどの美容部門かフォトグラファーとしての専門性を深めていきます。コロナ前は、ヘアメイクなどの実技は所属する店舗の実地研修で覚えてもらい、定期的に対面でのテストを行ってデビューの可不可を決めていましたが、コロナ後は非接触化を進め、隙間時間にもオンラインで学べるように社内で動画コンテンツを作り、知見を集積させながら社内の技術の体系化を図るようにしています。
それに加え、挑戦する「場」は人が成長するのに必要なものだと実感しており、特に若い社員は、実地での経験を通じて本人が思っている以上に飛躍的に成長することもあります。弊社には高卒で入社し4年目に店長になった社員もおり、学歴・社歴に関わらず平等に社員が挑み成長し続けられるように、ポジション作りや賞与体系を整備していくのも教育の一環になると考えています。
また、弊社の男女比は女性85%、男性15%であり、女性の力があるからこそ事業が成り立っています。独身時代に思い切り働いて、結婚出産後には働き方を変えて長く働けるように環境づくりを進めているところです。コロナ感染防止のテレワークも引き続き実施しており、今後は現場とオンライン両方をかけ合わせて、より効果的な学習方法を構築しながら、各社員の気合・根性と、組織としてのシステムづくりのバランスを探っていきたいと思っています。
M&Aを活用し、写真業を核とした新しい価値観や可能性を生み出す
M&Aは現在(2022年)までで3件実施しており、徐々に多くの案件が寄せられるようになりました。M&Aにより他社が築き上げた事業や人財を譲り受け、自社のノウハウをかけ合わせることで、新たな可能性や価値観を生み出すことができます。その過程で独自性が生まれれば、参入障壁の高い事業へと成長していけると考えています。
弊社では今後も「感動体験」を最も大事にしたいと考え、人と人が出会い感動体験を生み出すという目標を掲げながら、対面だけではなくオンライン型の新しい事業を生み出していきたいと思っています。弊社の場合は、主事業である「写真」との親和性が高い、観光地の旅館・別荘・カフェ等を買い受けて、弊社の理念をかけ合わせながら、フォトウエディング事業を成長させていきつつ、IT・オンライン領域にも挑戦していきたいと考えています。
相手に誠実でありたいからこそ、どんな時も正直さと誠実さを貫く
弊社は生き残るために3回生まれ変わっています。両親が経営していた30年間を「小野写真館1.0」、事業承継からコロナ前までの15年間を「2.0」、新規事業の多店舗展開を始め会社をゼロから構築し直し、M&Aで感動体験創出事業に生まれ変わる現時点を「3.0」というフェーズで表しています。
コロナ禍では、今まで打ち出してきたやり方が全て通じないことを世の中に突き付けられ、最大の危機に追い込まれたからこそ、ゼロから会社を作り直す決断ができました。今思えば、コロナ禍も自分にとっては大きな転機となり、M&Aも一つの戦略だと捉えることができるようになりました。
弊社では、HPにM&Aに関する考え方を掲載しています。個人的にも経営者としても、普段から自分を開示して嘘が無い状態にすることで、互いに誠実な対応ができると思うからです。
これは経営者としての哲学でもあります。嫌な事や隠したい事は誰でも必ずあり、経営者の場合は会社の在り方にも表れてきます。自社の考え方や課題をオープンにしておけば、協力してくれる人が出てくるかもしれないし、「違う」と思ってもらうのも双方にとって全てプラスに働きます。この考え方は、銀行であっても社内であっても変わりません。
特にM&Aは大変な思いをしながら経営を続けているトップ同士の話し合いであり、小手先の言い訳が通用するものではないと思っています。オーナー同士の相性も大事であり、M&Aの交渉時にも忖度なく意見を出すことが売手側のためにもなると考えています。今まで良いオーナーとしか会った事がありませんが、良いことも悪いこともかけ値無く話してくれる人が好きです。
人と写真の可能性を追求する「新世界」へのチャレンジ
ひたちなか市の一軒の写真屋から始まった弊社は、世界を目指し、人と写真の可能性を追求しながら、感動を創造する企業へと成長してきました。たった一枚で人生を変えられる「写真」と、常に高い目標に向かって進む「人」の可能性を信じることが、弊社の存在意義だと考えています。
将来的には、女性執行役員となる人財を育て、今後ホールディングス会社を作る際の社長になってもらうなど、人の意欲を伸ばせる会社へと成長していきたいと思ってます。弊社にはノーリスクでチャレンジしながら、可能性を広げていける環境があります。どんなことにもまず挑戦してもらうことが企業としての成長にも繋がります。
個人としては思い描いていることの10%程度しか実現できていないことを歯がゆく思うこともありますが、協業したいと思ってくれる企業と共に価値創造を図ることで、実現へと進めていきたいと考えています。
先代が築いた信用と金融の経験が事業継続の窮地を救う
私は2代目として入社しました。会社は、幼少期を過ごした頃と変わらず街中にある一軒の写真屋さんといった雰囲気であり、社長は父、専務は母が務め、入社当時は従業員が10余人ほどいましたが、会社組織という感じはありませんでした。
債務超過でキャッシュフローが回っていなかったため、毎月の給与、銀行、業者への支払いをする資金がない時には、経営者である両親が自分の給料から捻出していました。私が入社してからも苦しい状況は3、4年続きましたが、大変な中でも従業員の給与や業者への支払いを先延ばしにしたことは一度もなかったため、先代は周囲の人たちから厚い信用を寄せられているようでした。
その有難さを実感したのは、2006年(平成18年)に戻ってすぐ、デジタルカメラへの移行と新規事業の立ち上げに踏み切ろうとしていた時のことでした。多額の借入が必要となりましたが、地銀との取引もできないほどの状態であり困っていたところ、先代が長く付き合いを続けてきた地元の水戸信用金庫が唯一融資に応えてくれました。長年にわたり築き上げられた信用が無ければ、今この会社はなかったかもしれません。先代と水戸信金には本当に感謝しています。
新規事業の出店先は競売物件であり、建築業者の選定から従業員の給料用口座に至るまで、信金にメリットが出せるよう配慮したほか融資の審査部長にそのまま提出できる事業計画書を作成して担当者の負担を最小限にするなど、金融出身の経験を活かせたこともプラスに働きました。
事業改革を進め、写真館の枠を超えブライダルマーケットに進出
2006年(平成18年)は、国内でもカメラがフィルムからデジタルに移行し始めた時期であり、実家に戻ってから数日後には、デジタルへの投資を決めてすぐに入れ替えを行いました。デジタルカメラの入れ替えを即決したのは、原価10%を占めていたフィルムの現像代がゼロになるからという理由からでした。デジタル化への投資が必要ではありましたが、思い切って投資をしたことで二期連続赤字だったところが黒字になって本業の写真業が持ち直し、撮影時のオペレーションも楽になりました。
フィルム撮影に長く携わり、高い技術を持っていた方ほどデジタル化に抵抗があったようでしたが、私の場合は写真業の経験が浅く既成概念ができあがる前段階であったため、デジタル化への移行もスムーズにできました。今思い返せば、投資判断をするタイミングも運も良かったのだと思います。
また、カメラをデジタルに切り替えるのと同時に、七五三や成人式、ウエディング、結婚式の写真の下請けなど、自社で企画設定できないビジネスを思い切ってやめることにました。下請け型の仕事はBtoC(対顧客)ではなくBtoB(企業間取引)になってしまい、ビジネスの醍醐味である企画ができなければやりがいも面白味もなくなってしまうからです。ここでも前職での見識を活かすことができました。
さらに、同年には既存のウエディングフォトの枠組みを広げ、ブライダルマーケットに進出するため、総合ブライダル施設「アンシャンテ」を立ち上げ、私は事業責任者として運営にあたりました。「アンシャンテ」設立のきっかけは「お客様の満足度を高めたい」との想いです。
以前は写真館という一つの箱の中に、小さなお子様から年配の方まで幅広い年齢の方が訪れ撮影していましたが、場所を切り分けることでお客様も撮影者も撮影に集中できるようになり、それぞれのブランドイメージも定着することができました。
事業継続には、この「アンシャンテ」を軌道に乗せることが絶対要件ではありましたが、デジタルカメラ移行の効果もあって、思うより早く利益が出るようになりました。社長に就任したのは、この「アンシャンテ」立ち上げから4年後の2010年(平成22年)です。家業に携わるようになった当初から、資金調達から戦略の決定も自由にさせてもらっていたので、社長になった実感はさほどありませんでした。
2012年(平成24年)には、ブライダル事業と同様に、成人式の衣装レンタルから撮影までをトータルでできる二十歳専門の「アズ」というブランドを新設しました。この「アズ」は、既存の小野写真館からスピンオフ(既成の組織を出た独立組織)したブランドで、現在は14店舗にまで拡大しています。
東日本大震災、はれのひ事件、コロナ禍の大打撃でM&Aを決意
2006年(平成18年)以降は、1年間に3店舗のペースで出店を続け、事業利益を新規事業に再投資し続することで、12年にわたり複利成長20%を達成しながら右肩上がりの成長を続け徐々に収支が安定していきました。
ところが、新事業を始めようとしていた矢先の2011年(平成23年)に東日本大震災が起こって立て直しに追われ、その後2018年(平成30年)には、振袖レンタルを行う事業者が成人式当日に事業を停止し、新成人に晴れ着が届かないという騒動があり、業界全体の信用に大きな影響を与えました。
さらに翌2019年(平成31年)には、新型コロナウイルスの感染拡大により対面接触を伴う事業が大打撃を受け、弊社も厳しい状況に追い込まれました。特にブライダル事業のうち披露宴関係のキャンセル分が大きな損失となり、2019年(平成31年)4月・5月は、昨年比85%減にまで落ち込み倒産寸前にまで追い込まれました。
利益を出せる新事業を生み出さねば廃業を待つのみであり、前職の金融業で様々な会社を見てきた中で、中小企業は攻め続けなければ維持も難しいという実感も得ていたため、コロナ拡大以降は「攻めこそ最強の守り」だと奮い立ち、収益減から翌々月の7月には温泉旅館のM&Aに踏み切りました。
この意思決定を機に、M&Aは事業維持や拡大の重要な手段としていつでも決断ができるように、また安全性を高めるためにも年商の60%以上を現預金の状態で保持するようにしています。
旅館を買い受けたことではじまる非接触型の「感動体験創出事業」
2020年(令和2年)には、伊豆半島の河津町にある温泉旅館「桐のかほり咲楽」をM&Aで買い受け、旅館のほか、弊社事業の特性を活かし結婚式や成人式、七五三、還暦や喜寿、誕生日お祝いのプロデュースを行えるようにしました。
また2021年には、伊豆の美しい景色を活かしたロケーションフォト専門の「アンシャンテ伊豆」をオープンし、旅館に併設することで少人数貸切の結婚式もできようになりました。予想外だったのは、宿泊付きロケーションフォト等の25~30万円の商品をオンラインで購入してもらえるようになったことです。首都圏から写真を撮りに訪れる方が多く、周りには競合もいないため、この事業だけでも年間3千万円ほどの売上が上がるようになりました。
また昨年2021年(令和3年)には、写真とコメントをデジタルフォトブックとして残していけるアプリ「BABY365」「UCHINOKO Diary」「プレ花ダイアリー」の事業を譲り受けたことで、本業の写真業が対面型からオンライン非接触型のサービス提供が可能となりました。
非接触でありながら、弊社の「写真から感動体験を生み出す」というビジョンにも合致し、アプリを通じて全国に私たちの想いも届けることもできる素晴らしいシステムであり、新たなビジネスモデルにもなるだろうと考えています。写真を通じた課題解決「フォトソリューション」にまで発展させられるように、今後も工夫をしながら続けていきます。
クチコミを通じて「感動体験」の見える化を図る
コロナ禍を経て、弊社は「感動体験創出事業」へと生まれ変わると決め、社員にもお客様を想うサービスを徹底してもらっています。感動が生まれなければお客様は続かないと思っているからです。しかし感動は目に見えず、サービスを通じて感動したお客様自身が伝えようとしなければ、縁は広がっていきません。そこで、弊社をご利用いただいたお客様には、Googleのクチコミへの書き込みをお願いしています。
業界サイトの口コミはお金を支払っていると悪くならないようになっているところもありますが、それはお客様の立場からするとアンフェアであり、企業側が操作できないクチコミにこそ価値があります。全ての人が平等に見て書き込めるクチコミは社外からの「見える化」にもなり、今後お客様になるかもしれない方が弊社を選んでいただけるきっかけにもなります。
弊社は店舗数も多く、経営者である私もお客様の喜んでいる顔や声が直接見られないため、毎日全店舗のクチコミをチェックしサービス向上の参考にしています。数十店舗ある店舗は全て非常に高い評価をいただいており、見えないところでもお客様に社員のの表れでもあり、お客様を担当した従業員のモチベーションにも繋がっています。お客様にご満足いただけるサービスを追求し続ける社員の熱い想いが、弊社の最大の強みだと思っています。
社員の力を借り、経営者としてレバレッジをかけられる分野に注力
弊社はひたちなか市で創業し、今年(2022年)で45年になりました。従業員数も、家業に携わるようになった当時の10数人という規模から、現在はパートを含めた全社員数は160から170人と大所帯になっています。写真業は技術者やクリエイターの側面が強く、私自身もバックオフィス業務は苦手な方だったので、組織化には大変苦労しました。会社が成長するにつれ、優秀で経験豊富なメンバーが加わるようになり、本当に助かりました。
経営者は得意分野で力を発揮することが大事であり、苦手な分野で誤った方向に動いてしまうくらいなら経験者に任せ、新規事業開拓や採用などの前衛に注力する方が会社に最もレバレッジ(小さな力で大きなものを動かす仕組み)をかけられるというのが自論です。フロントに立つ経営者の気持ちにブレーキがかかってしまえば、会社の成長も止まってしまいます。
トップとして組織をまとめる役割ももちろん大事ですが、中小企業の経営者が社員を幸せにしていくためには、事業を強化し収益に繋げることが先決です。経営者があえて全部手をつけないことで、社員の成長を促すという目的もあります。2代目だからこそ自分の長所短所を知り、会社や事業が効率よく展開していけるように強みに100%の力を注ぐようにしています。
会社がさらに大きくなり、経営者として別の視野や感覚が必要になると感じた場合には、自分が引いてそういった運営が得意な後進に譲りたいという考えもあります。
人財を重視し、理念共感型の採用活動に取り組む
現在はコロナもあり、オンラインで年4回、全社員が集まる機会を設けています。年1回の経営計画発表会では、2時間ほど会社の将来的な構想や計画についてプレゼンしています。経営者として有言実行できるようになろうと決めてからは、社員の協力もあってほとんどの計画を結果に残すことができます。経営計画でだいぶ先の計画を語ったとしても、社員がそれを信じ、ついてきてくれるからこそ達成できていると実感しています。本当に感謝しています。
人財マネジメントの要である「採用」も重視しており、新規事業への採用は、新卒・中途問わず全て私が説明し二次面接から入るようにして、エントリーマネジメントにも取り組んでいます。既存事業の採用は、社員の経験のために全て任せており、育てながら自分も成長してもらえるようにしています。
入社前の段階から弊社の考えやビジョンを共有するのが目的であり、最終面接は1時間から2時間かけて行うことで理解し合う時間としています。弊社のミッション、ビジョン、バリューに共感してくれる方が集い、仕事として実践してもらうことでその努力に見合った成果が出るようになり、その結果として情熱を持ち挑み続ける社風が築かれてきているのを感じます。
現場とオンラインをかけ合わせ、社員の成長を促進する環境を整備
写真業は技術職であるため、新入社員はまずヘアメイクなどの美容部門かフォトグラファーとしての専門性を深めていきます。コロナ前は、ヘアメイクなどの実技は所属する店舗の実地研修で覚えてもらい、定期的に対面でのテストを行ってデビューの可不可を決めていましたが、コロナ後は非接触化を進め、隙間時間にもオンラインで学べるように社内で動画コンテンツを作り、知見を集積させながら社内の技術の体系化を図るようにしています。
それに加え、挑戦する「場」は人が成長するのに必要なものだと実感しており、特に若い社員は、実地での経験を通じて本人が思っている以上に飛躍的に成長することもあります。弊社には高卒で入社し4年目に店長になった社員もおり、学歴・社歴に関わらず平等に社員が挑み成長し続けられるように、ポジション作りや賞与体系を整備していくのも教育の一環になると考えています。
また、弊社の男女比は女性85%、男性15%であり、女性の力があるからこそ事業が成り立っています。独身時代に思い切り働いて、結婚出産後には働き方を変えて長く働けるように環境づくりを進めているところです。コロナ感染防止のテレワークも引き続き実施しており、今後は現場とオンライン両方をかけ合わせて、より効果的な学習方法を構築しながら、各社員の気合・根性と、組織としてのシステムづくりのバランスを探っていきたいと思っています。
M&Aを活用し、写真業を核とした新しい価値観や可能性を生み出す
M&Aは現在(2022年)までで3件実施しており、徐々に多くの案件が寄せられるようになりました。M&Aにより他社が築き上げた事業や人財を譲り受け、自社のノウハウをかけ合わせることで、新たな可能性や価値観を生み出すことができます。その過程で独自性が生まれれば、参入障壁の高い事業へと成長していけると考えています。
弊社では今後も「感動体験」を最も大事にしたいと考え、人と人が出会い感動体験を生み出すという目標を掲げながら、対面だけではなくオンライン型の新しい事業を生み出していきたいと思っています。弊社の場合は、主事業である「写真」との親和性が高い、観光地の旅館・別荘・カフェ等を買い受けて、弊社の理念をかけ合わせながら、フォトウエディング事業を成長させていきつつ、IT・オンライン領域にも挑戦していきたいと考えています。
相手に誠実でありたいからこそ、どんな時も正直さと誠実さを貫く
弊社は生き残るために3回生まれ変わっています。両親が経営していた30年間を「小野写真館1.0」、事業承継からコロナ前までの15年間を「2.0」、新規事業の多店舗展開を始め会社をゼロから構築し直し、M&Aで感動体験創出事業に生まれ変わる現時点を「3.0」というフェーズで表しています。
コロナ禍では、今まで打ち出してきたやり方が全て通じないことを世の中に突き付けられ、最大の危機に追い込まれたからこそ、ゼロから会社を作り直す決断ができました。今思えば、コロナ禍も自分にとっては大きな転機となり、M&Aも一つの戦略だと捉えることができるようになりました。
弊社では、HPにM&Aに関する考え方を掲載しています。個人的にも経営者としても、普段から自分を開示して嘘が無い状態にすることで、互いに誠実な対応ができると思うからです。
これは経営者としての哲学でもあります。嫌な事や隠したい事は誰でも必ずあり、経営者の場合は会社の在り方にも表れてきます。自社の考え方や課題をオープンにしておけば、協力してくれる人が出てくるかもしれないし、「違う」と思ってもらうのも双方にとって全てプラスに働きます。この考え方は、銀行であっても社内であっても変わりません。
特にM&Aは大変な思いをしながら経営を続けているトップ同士の話し合いであり、小手先の言い訳が通用するものではないと思っています。オーナー同士の相性も大事であり、M&Aの交渉時にも忖度なく意見を出すことが売手側のためにもなると考えています。今まで良いオーナーとしか会った事がありませんが、良いことも悪いこともかけ値無く話してくれる人が好きです。
人と写真の可能性を追求する「新世界」へのチャレンジ
ひたちなか市の一軒の写真屋から始まった弊社は、世界を目指し、人と写真の可能性を追求しながら、感動を創造する企業へと成長してきました。たった一枚で人生を変えられる「写真」と、常に高い目標に向かって進む「人」の可能性を信じることが、弊社の存在意義だと考えています。
将来的には、女性執行役員となる人財を育て、今後ホールディングス会社を作る際の社長になってもらうなど、人の意欲を伸ばせる会社へと成長していきたいと思ってます。弊社にはノーリスクでチャレンジしながら、可能性を広げていける環境があります。どんなことにもまず挑戦してもらうことが企業としての成長にも繋がります。
個人としては思い描いていることの10%程度しか実現できていないことを歯がゆく思うこともありますが、協業したいと思ってくれる企業と共に価値創造を図ることで、実現へと進めていきたいと考えています。
会社概要
社名 | 株式会社小野写真館 |
創立年 | 1988年 |
代表者名 | 代表取締役 小野 哲人 |
資本金 | 1,300万円 |
URL |
https://ono-group.jp/
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本社住所 |
〒312-0042 |
事業内容 | (sheAco事業) ■和装レンタル事業 振袖・卒業袴の衣装販売・レンタル業、振袖・卒業袴の記念撮影フォトスタジオ運営、二十歳図鑑などの作成・発刊 ■フォトスタジオ事業 七五三や家族写真向けのスタジオ運営、サブスク撮影会員制度の提供、茨城キッズ図鑑などの作成・発刊 ■アプリ事業 フォトダイアリーアプリの運営 ■EC事業 ゲストドレスレンタルサイトの運営 (ブライダル事業本部) ■ブライダル事業 ブライダルフォトスタジオ運営・ドレスショップ・式場運営 ■宿泊事業 宿泊施設運営 |
事業エリア |
アンシャンテ 〒312-0042 |
アンシャンテ横浜 〒231-0839 |
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アンシャンテ東京 〒158-0094 |
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ウェディングレストラン「アレーズ」 〒312-0042 |
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アンシャンテ ナチュレ、ドレスショップ「MURE」 〒305-0025 |
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アルシェ 〒301-0853 |
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チャペル&ウェディングレストラン「バウム」 〒305-0051 |
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ウェディングセレクトショップ水戸、アンシャンテ水戸、二十歳振袖館Az 水戸店、スタジオCocoa 水戸店 〒310-0913 |
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桐のかほり 咲楽 〒413-0503 |
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アンシャンテ伊豆 〒413-0503 |
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二十歳振袖館Azひたちなか本店 〒312-0042 |
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二十歳振袖館Az 日立店 〒319-1416 |
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二十歳振袖館Az つくば本店 〒305-000 |
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二十歳振袖館Az 龍ケ崎店 〒301-0853 |
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二十歳振袖館Az 横浜港北本店 〒224-0037 |
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二十歳振袖館Az 川崎登戸店 〒214-0014 |
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二十歳振袖館Az 横浜港南店 〒234-0054 |
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二十歳振袖館Az 柏マルイ店 〒277-0005 |
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二十歳振袖館Az 新横浜店 〒222-0033 |
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二十歳振袖館Az 横浜戸塚店 〒244-0003 |
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二十歳振袖館Az 印西店 〒270-1327 |
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二十歳振袖館Az 新川崎店 〒212-0027 |
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二十歳振袖館Az 足立店 〒121-0061 |
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スタジオCocoa 日立店 〒319-1416 |
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スタジオCocoa つくば店 〒305-0005 |
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スタジオCocoa 柏マルイ店 〒277-0005 |
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スタジオCocoa 二子玉川店 〒158-0094 |
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スタジオCocoa 横浜山手店 〒231-0839 |
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スタジオCocoa 横浜港北店 〒224-0037 |
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スタジオCocoa 新横浜店 〒222-0033 |
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スタジオCocoa 横浜港南店 〒234-0054 |
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スタジオCocoa 印西店 〒270-1327 |
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スタジオCocoa 川崎登戸店 〒214-0014 |
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スタジオCocoa 横浜戸塚店 〒244-0003 |
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スタジオCocoa 新川崎店 〒212-0027 |
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スタジオCocoa 足立店 〒121-0061 |
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studio AdAmAs 〒310-0911 |
会社沿革
1976年 | 小野写真館 創業 |
1988年 | (株)オノ設立 |
1997年 | 本店新築 OPEN (株)小野写真館と商号変更 成人式衣装レンタル業参入 美容着付け本格参入 |
2006年 | ブライダル事業スタート アンシャンテ OPEN |
2013年 | 邸宅型ウェディング「アルシェ」をM&Aにて取得し運営スタート |
2020年 | 桐のかほり 咲楽をM&Aで取得しオープン |
2021年 | アンシャンテ伊豆 1月OPEN アプリ事業へ参入 フォトダイアリーアプリ『BABY365』や『UCHINOKO Diary』、『プレ花 ダイアリー』の 運営開始 アンシャンテ水戸 7月OPEN カジュアルフォトスタジオCocoa 川崎登戸店 9月OPEN |
2022年 | 二十歳振袖館Az 新川崎店 1月OPEN カジュアルフォトスタジオCocoa 新川崎店 1月OPEN ゲストドレスレンタルのECサイト「dressy」の運営開始 二十歳振袖館Az 足立店 7月OPEN カジュアルフォトスタジオCocoa 足立店 7月OPEN |
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- 募集業種
- 金融・保険業 / 保険代理業 / サービス業 / 旅館・宿泊業 / 専門サービス業 / その他サービス業 / 情報サービス業
公開日:2022/10/24 (2023/01/25修正)
※本記事の内容および所属名称は2023年1月現在のものです。現在の情報とは異なる場合があります。
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