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製造から
株式会社クロスリンク
絆と情熱で「日本一の作業屋」を目指す
経営理念
流通加工の力で喜びと幸せを量産する。
代表者メッセージ
私たちは「流通加工の力で喜びと幸せを量産する」という経営理念を掲げています。
流通加工とは、製品や販促物の梱包・検品・セットアップのことです。弊社では雑貨・アクセサリー・衣料品・紙器などを中心に、人の手が必要な加工を幅広く請け負っています。
国内生産拠点におけるプラスチック成型品のOEM受託も可能で、商品の生産から納品まで一貫して請け負うことができます。
流通加工は「人とモノを流通でリンクさせる」仕事だと私たちは考えています。単にモノを右から左へ流すだけの仕事ではありません。その先には商品を手にして喜ぶファンやお客様がいるからです。
社会に不可欠なインフラでありながら、流通加工業界の現状は決して恵まれているとはいえません。私はお客様と弊社の社員だけではなく、業界に関わる全ての人を幸せにしたいと思っています。その目標を実現するため、今後も変化を恐れず様々なチャレンジに取り組んでまいります。
代表取締役 斎藤 亮介
私たちのこだわり
「日本一の作業屋」を目指す内職・流通加工のエキスパート
株式会社クロスリンクは、2012年に埼玉県川口市で創業しました。創業時は内職斡旋の会社としてスタートし、そこから徐々に流通加工業、物流業、OEM製品の受託製造販売業などへと事業領域を拡大してきました。創業メンバーは私と現在の副社長の2人で、知人のビルトインガレージを間借りして事務所にしていました。当時の設備は折りたたみ式の会議机1台と椅子2脚のみで、入り口にはビニールカーテンを自分たちで取り付けました。トイレは徒歩3分のコンビニで借りていたこともあります。
しかし今では社員とパートを合わせると150人以上、内職登録者数も120人以上という規模になり、売上高は10億円を超えるまでになりました。今後は新たな事業の柱としてOEM事業を育てつつ、さらなる成長を遂げて「日本一の作業屋」を目指していきます。
トラック運転手から内職斡旋会社へ転職
弊社を設立したのは30代半ばの頃です。実はそれまで起業をしようと考えたことは全くありませんでした。高校を中退し、長い間トラックの運転手として会社組織に属することなく働いていました。20代から30代前半にかけては経済的に困窮する生活が続き、借金を抱えて月の半分は携帯電話が止まっているような暮らしを続けていました。
特に辛かったのは昼食代にするお金すらままならなかったことです。タッパーに詰めたご飯を自宅から持っていき、配送先の牧場から野菜をもらい、井戸水で洗って丸かじりするという、まさに今日を生きることに必死な日々を過ごしていました。
そんな生活を送っていたとき、ある内職斡旋会社の社長と出会いました。その社長が少し変わった方でした。マフィア映画好きの社長は、体格が良く、独特の風貌をしていた私を「ボディーガードとしてうちの会社に来ないか」と誘ってくれたのです。業界の知識や経験も無かったため、最初は話を受けるかどうか迷いました。しかし「昼食代は出してやる」という言葉が決め手となり、その会社への転職を決断しました。それが前職の会社でした。
経営の悪化と人生の転機となる出会い
残念ながら入社した会社は経営状態があまりよくありませんでした。入社して3か月後には給料の支払いが遅れ始め、半年後にはとうとう給料が出なくなってしまいました。さすがにこれでは暮らしていけないと退職を考えていたときに、私の人生を大きく変える運命的な出会いがありました。それが、当時その会社で経理・財務を担当していた、現在の弊社の副社長です。副社長に、「次は何の仕事をするのか」と尋ねたところ、「コンビニでバイトでもしようかな」という言葉が返ってきました。
副社長は数字に強く銀行との交渉もでき、私にはない能力を持つ非常に優秀な人財でした。その能力を活かせないのはもったいないと感じました。
この会社が潰れれば、既存のお客様も、仕事を頼りにしている内職さんたちも路頭に迷ってしまいます。
当時の社長から「自分が退任した後はお前が現場を回して、副社長が経理をやれば会社が回る」といわれたこともきっかけとなり「だったら、新しい内職屋を作ればいい。そうすればみんな助かる」そう確信した私は、「一緒にやろう」と副社長に声をかけて、二人で独立する道を選びました。
起業の経験も、綿密な準備もありませんでしたが、お互いの得意分野が異なるからこそ「この人とならやれる」という直感だけがありました。副社長との出会いが私の人生の転機となりました。
知人宅のガレージに間借りした拠点で事業をスタート
最初の営業先は前職の付き合いがあった鉛筆のダース箱詰めの会社に行きました。しかし、「個人事業主とは取引できない」といわれてしまいました。あわてて法人化の手続きを進め、信頼を得るため3回、4回と足しげく通いました。そしてなんとか仕事をもらえるようになりました。
もちろんそれだけでは足りないので他にも相当数の営業を行いました。タウンページの「あ行」から順番に電話をかけていくという昔ながらの手法もやっていました。
そうやってどうにか見つけた仕事は、私が車で内職作業者のもとに配達し、持ち帰ってきたものを副社長が検品して梱包するという二人三脚の日々が続きました。すると今度は「ビルトインガレージのような環境では仕事を任せられない」と指摘を受けるようになりました。そこで私は足立区の鹿浜に30坪程度の倉庫を借り、さらにそこへ本社を移転しました。
この移転により、ようやく本格的に「会社」としてスタートしたといえるかもしれません。
業界を知らなかったが故の失敗と成功
当時はとにかく「何でもやります」というスタンスを貫いていました。来る仕事は全て引き受け、一心不乱にただ目の前の仕事を完遂していくことに注力していました。そうやって少しずつ仕事は増えていきましたが、当然ながら全てが順風満帆だったわけではなく、いくつか苦い失敗も経験しました。あるとき、未経験だったアパレルの仕事が入ってきました。これは量販店の何十万点ものブラウスを検品するという仕事だったのですが、「30坪の倉庫では足りない、10倍ぐらいのスペースが必要だ」といわれたので思い切って広い倉庫を借りました。ところが、最終的に取引先からお金を払ってもらえないという事態が発生しました。当初の予定では倉庫の家賃もその仕事でペイするつもりだったため頭を抱えたものの、その倉庫が活かせるような別の仕事をどうにか見つけてきて対応しました。
他にも、1,000万円の案件なのに、人件費が1,200万円かかってしまったということもありました。
こうした失敗の根本には、業界の特性や適正な価格設定、取引先のリサーチといった基礎知識が欠けていたことがありました。元をたどれば流通加工業界そのものに対する知識不足と経験不足が大元の原因だったと思います。さらに、前職でしっかり学び切れないまま独立せざるを得なかったことも影響していました。
一方で、業界を知らないことがプラスに働いた面もありました。相場感や業界の常識を全く知らなかったからこそ、同業他社が考えもしなかった業界の会社や大手企業に対しても、私はどんどん飛び込んで営業をかけていました。その結果、大手スポーツメーカーや全国展開するスーパーマーケットなど、本来なら参入障壁が高いとされる企業からも仕事をもらえるようになり、事業の領域は飛躍的に広がりました。
同業者からはよく「業界を知らなくて良かったな」といわれます。何も知らない素人同然のスタートだったからこそ、常識に縛られず、様々な会社から仕事を勝ち取ることができたのです。こうした経験の一つひとつが、弊社にとって非常に大きな価値となりました。
様々な依頼を完遂する処理能力と対応力に加え、OEM生産も可能
弊社の強みは、長年の経験に裏打ちされた圧倒的な「処理能力」とあらゆるニーズに応える「対応力」です。
弊社は創業以来、「何でもやります」というスタンスを貫き、困難な案件にも挑戦し続けてきました。その姿勢が、現在の弊社の地位を築く原動力となっています。
また、弊社のパート勤務の方や内職者だけでなく、派遣会社、デイワーカー、さらには協力会社や運送会社、倉庫会社から、協力を仰いで物量に対応する体制が構築できています。そのため、同業他社が人員不足で受け切れないような大規模・短納期案件であっても、柔軟に対応し、完遂することが可能です。
そして検品作業などの立ち合いで当社の現場の処理量やマンパワーを目の当たりにしたクライアントから、「クロスリンクなら安心だ」と評価いただき、新たな継続案件に繋がるケースが数多くあります。また、「断らない」姿勢で多様な仕事を請けてきたことで、扱うことができる商材の幅広さも業界屈指だと自負しています。
アクセサリーなどの繊細な小物から、アニメ・映画・テーマパーク・アーティストのコンサートグッズ、さらには衣類等のアパレル製品まで、多種多様なコンテンツに対応しています。
そうして多岐に渡るジャンルを幅広く扱うことでトレンドもいち早く把握しやすくなっているため、時流に合わせた最適な提案をクライアントへ提案することが可能です。この積み重ねがクライアントから根強い信頼を獲得し続けています。
さらに、近年では加工にとどまらずOEMで製品そのものも国内生産できる仕組みが整ってきています。
このOEM事業はここ数年弊社が特に力を入れている分野で、これによりプラスチック成形品やアクリルグッズなどの「製造」から、検品・セットアップなどの「加工」、さらには「保管・配送」までを自社管理の下、一気通貫で行える仕組みを整えました。また、国内生産による高品質な背景を強みとし、クライアントの管理工数を大幅に削減できる「ハイブリッドな生産体制」を実現しています。これもまた弊社の大きな強みの1つとなっています。
「季節波動」対策としてノベルティグッズへの参入を目指す
弊社がさらなる成長を目指す上で、解決すべき課題は、「季節波動」への対応です。
これは業界全体に当てはまる問題ですが、弊社の仕事で1番のシェアを占めているのはエンタメ業界です。そうなると、どうしてもコンサートやイベントの有無によって仕事量が大きく変動します。対策として現在取り組んでいるのは、「グッズ=エンタメ」という業界の常識に縛られず、さらに領域を広げていくことです。
例えば航空会社や鉄道会社、通信会社といった、顧客や社員を何千、何万と抱える大手企業のノベルティグッズに参入することです。従来の定番だったボールペンやクリアファイルに代わりアクリルキーホルダーなどトレンドを汲んだノベルティを提案し、企業ブランディングの差別化を支援しています。
エンタメ業界とは季節波動が異なるジャンルに積極的に関わることで、経営の安定化を図るとともに、流通加工業界全体にも好影響を与えることができると思っています。
もう一つは、OEM事業を通じた国内生産の拡充です。
これには、グローバルな物流リスクを回避する狙いがあります。例えば、海外生産品は、旧正月などの時期に物流が停止するといった、自社ではコントロールできない外的要因に左右されがちです。そうした場合でも、国内での製造機能を自社で持つことにより、スケジュールの安定化と迅速な対応を可能にしています。
このように既存の親和性が高いエンタメ業界以外の分野とも「親和性を作っていく」必要があると私は思っています。
自社課題は社内の人財育成と組織作り
弊社は、近年急成長を遂げてきました。その成長速度に人財育成や組織構築が追い付いていない部分があります。これまで弊社は、私と副社長がそれぞれ営業とバックオフィスを担当するという役割分担こそ明確だったものの、それ以外の部分は割と自由に、柔軟に対応してきました。創業期はその柔軟さがスピード感を生んでいた面もありますが、社員数が増えた現在の規模では、どうしてもそのやり方では行き届かない部分が出てくるのは避けられません。
特に中間管理職の育成は急務です。これまでは私と副社長が中心となり、仕事の受注から現場の指示、納品までを自ら取り仕切ってきました。しかし今後は、自分たちがいなくても円滑に業務が回る体制を築く必要があります。理想は、中間層の社員が自ら学び、組織やルールの改善を自発的に提案できるようになることです。組織改革の第一歩として、弊社のビジネスの核である内職・流通加工の領域におけるルール作りを進めています。誰が担当しても同じ品質と効率を維持できるよう、長年の経験値を「仕組み」として言語化・マニュアル化しています。現在は外部のコンサルタントを招いて社員とともに学びながら、組織の土台づくりを急ピッチで進めているところです。
製造業や異業種のM&Aを積極的に推進し100億企業を目指す
創業14年目を迎えた現在、大きな転換期にあります。創業から11年目ぐらいまでは、とにかくがむしゃらに働き、ただ目の前の壁に挑み続けるような日々を過ごしていました。ようやく少し余裕ができ、会社の将来について落ち着いて考えられるようになったのはここ数年のことです。改めて副社長と話し合い、弊社は「10年以内に売上100億円」という目標を掲げることにしました。今後は成長戦略の柱として、積極的なM&Aを進めていく方針です。
目指すのは、本業との親和性が高い事業を取り込む「垂直統合」がメインになると思っています。
まず、現在推し進めているOEM事業をさらに強化するため、例えば射出成形工場やメッキ工場など、国内の小さな製造業を集めてOEMの領域を広げていくことを考えています。
また倉庫や運送の部分もさらに強化したいと思っています。自社倉庫の取得を推し進め、これまでの借りる側から貸す側に回ることも視野に入れたいと思っていますし、運送についてもただ自社で活用するだけではなく、運送業の一端を担うことで社会インフラに貢献できればとも思っています。また、全国から人を集めるのであれば寮が必要になるかもしれません。そうなると今度は社宅が必要になります。寮や社宅の確保を目的とした不動産事業、さらには働くパート社員のための保育所・託児所の運営も視野に入れています。本業とのシナジーが期待できる業態であれば、業種を限定せず積極的にM&Aを推進していくつもりです。
単なる企業の集まりではなく、一つの大きなグループとして、100億円企業を目指していきます。
「日本一の作業屋」を目指す
「100億企業」という目標に加え、もう1つ私たちが掲げている目標は「日本一の作業屋」になることです。
この2つの目標を実現するためには単なる規模の拡大だけでなく、業界そのもののあり方を変え、魅力的な人財が集まる土壌を築かなければなりません。私は長らく続いてきた「下請け構造の中で利益が出にくい」という業界の体質を改善したいと考えています。そのためにまず単なる作業代行にとどまらず、製造から配送まで一貫したワンストップサービスを提供することで、独自の価値を創出していくことが大切だと思っています。
また、他社との差別化を図ることで、適切な価格設定を実現し、それをお客様に納得していただける「高い付加価値」を提供していきたいと思っています。そうすることにより、利益を適切に確保することが可能となり、社員やパート社員、内職作業の方など、弊社を支えるすべての働く人たちの待遇向上を図ることができます。更に、人財不足が深刻化するなかで、弊社が「選ばれる会社」になるための独自のプロモーションを展開しています。ラジオ番組のスポンサーを務めたり、私自身がトーク番組に出演したりすることで、弊社の活気ある社風を広く発信しています。「こんな面白い会社があるんだ」「こんな楽しい社長がいるんだ」と思ってもらえれば、巡り巡ってそれが人財の確保や業界全体のイメージアップに繋がると思っています。
将来的には自分たちでイベントを開催し、そこで自社制作のグッズを販売するという構想を描いてます。そうすれば若い人たちにもこの業界の楽しさを知ってもらうと同時に、お祭りのような活動を通じで地域活性化の一翼を担うことができれば、これほど楽しいことはないと思っています。
この「楽しさ」が全ステークホルダーに伝わり、働く喜びが連鎖していくことで、弊社は真の「日本一の作業屋」へと近づいていけると信じています。
「日本一の作業屋」を目指す内職・流通加工のエキスパート
株式会社クロスリンクは、2012年に埼玉県川口市で創業しました。創業時は内職斡旋の会社としてスタートし、そこから徐々に流通加工業、物流業、OEM製品の受託製造販売業などへと事業領域を拡大してきました。創業メンバーは私と現在の副社長の2人で、知人のビルトインガレージを間借りして事務所にしていました。当時の設備は折りたたみ式の会議机1台と椅子2脚のみで、入り口にはビニールカーテンを自分たちで取り付けました。トイレは徒歩3分のコンビニで借りていたこともあります。
しかし今では社員とパートを合わせると150人以上、内職登録者数も120人以上という規模になり、売上高は10億円を超えるまでになりました。今後は新たな事業の柱としてOEM事業を育てつつ、さらなる成長を遂げて「日本一の作業屋」を目指していきます。
トラック運転手から内職斡旋会社へ転職
弊社を設立したのは30代半ばの頃です。実はそれまで起業をしようと考えたことは全くありませんでした。高校を中退し、長い間トラックの運転手として会社組織に属することなく働いていました。20代から30代前半にかけては経済的に困窮する生活が続き、借金を抱えて月の半分は携帯電話が止まっているような暮らしを続けていました。
特に辛かったのは昼食代にするお金すらままならなかったことです。タッパーに詰めたご飯を自宅から持っていき、配送先の牧場から野菜をもらい、井戸水で洗って丸かじりするという、まさに今日を生きることに必死な日々を過ごしていました。
そんな生活を送っていたとき、ある内職斡旋会社の社長と出会いました。その社長が少し変わった方でした。マフィア映画好きの社長は、体格が良く、独特の風貌をしていた私を「ボディーガードとしてうちの会社に来ないか」と誘ってくれたのです。業界の知識や経験も無かったため、最初は話を受けるかどうか迷いました。しかし「昼食代は出してやる」という言葉が決め手となり、その会社への転職を決断しました。それが前職の会社でした。
経営の悪化と人生の転機となる出会い
残念ながら入社した会社は経営状態があまりよくありませんでした。入社して3か月後には給料の支払いが遅れ始め、半年後にはとうとう給料が出なくなってしまいました。さすがにこれでは暮らしていけないと退職を考えていたときに、私の人生を大きく変える運命的な出会いがありました。それが、当時その会社で経理・財務を担当していた、現在の弊社の副社長です。副社長に、「次は何の仕事をするのか」と尋ねたところ、「コンビニでバイトでもしようかな」という言葉が返ってきました。
副社長は数字に強く銀行との交渉もでき、私にはない能力を持つ非常に優秀な人財でした。その能力を活かせないのはもったいないと感じました。
この会社が潰れれば、既存のお客様も、仕事を頼りにしている内職さんたちも路頭に迷ってしまいます。
当時の社長から「自分が退任した後はお前が現場を回して、副社長が経理をやれば会社が回る」といわれたこともきっかけとなり「だったら、新しい内職屋を作ればいい。そうすればみんな助かる」そう確信した私は、「一緒にやろう」と副社長に声をかけて、二人で独立する道を選びました。
起業の経験も、綿密な準備もありませんでしたが、お互いの得意分野が異なるからこそ「この人とならやれる」という直感だけがありました。副社長との出会いが私の人生の転機となりました。
知人宅のガレージに間借りした拠点で事業をスタート
最初の営業先は前職の付き合いがあった鉛筆のダース箱詰めの会社に行きました。しかし、「個人事業主とは取引できない」といわれてしまいました。あわてて法人化の手続きを進め、信頼を得るため3回、4回と足しげく通いました。そしてなんとか仕事をもらえるようになりました。
もちろんそれだけでは足りないので他にも相当数の営業を行いました。タウンページの「あ行」から順番に電話をかけていくという昔ながらの手法もやっていました。
そうやってどうにか見つけた仕事は、私が車で内職作業者のもとに配達し、持ち帰ってきたものを副社長が検品して梱包するという二人三脚の日々が続きました。すると今度は「ビルトインガレージのような環境では仕事を任せられない」と指摘を受けるようになりました。そこで私は足立区の鹿浜に30坪程度の倉庫を借り、さらにそこへ本社を移転しました。
この移転により、ようやく本格的に「会社」としてスタートしたといえるかもしれません。
業界を知らなかったが故の失敗と成功
当時はとにかく「何でもやります」というスタンスを貫いていました。来る仕事は全て引き受け、一心不乱にただ目の前の仕事を完遂していくことに注力していました。そうやって少しずつ仕事は増えていきましたが、当然ながら全てが順風満帆だったわけではなく、いくつか苦い失敗も経験しました。あるとき、未経験だったアパレルの仕事が入ってきました。これは量販店の何十万点ものブラウスを検品するという仕事だったのですが、「30坪の倉庫では足りない、10倍ぐらいのスペースが必要だ」といわれたので思い切って広い倉庫を借りました。ところが、最終的に取引先からお金を払ってもらえないという事態が発生しました。当初の予定では倉庫の家賃もその仕事でペイするつもりだったため頭を抱えたものの、その倉庫が活かせるような別の仕事をどうにか見つけてきて対応しました。
他にも、1,000万円の案件なのに、人件費が1,200万円かかってしまったということもありました。
こうした失敗の根本には、業界の特性や適正な価格設定、取引先のリサーチといった基礎知識が欠けていたことがありました。元をたどれば流通加工業界そのものに対する知識不足と経験不足が大元の原因だったと思います。さらに、前職でしっかり学び切れないまま独立せざるを得なかったことも影響していました。
一方で、業界を知らないことがプラスに働いた面もありました。相場感や業界の常識を全く知らなかったからこそ、同業他社が考えもしなかった業界の会社や大手企業に対しても、私はどんどん飛び込んで営業をかけていました。その結果、大手スポーツメーカーや全国展開するスーパーマーケットなど、本来なら参入障壁が高いとされる企業からも仕事をもらえるようになり、事業の領域は飛躍的に広がりました。
同業者からはよく「業界を知らなくて良かったな」といわれます。何も知らない素人同然のスタートだったからこそ、常識に縛られず、様々な会社から仕事を勝ち取ることができたのです。こうした経験の一つひとつが、弊社にとって非常に大きな価値となりました。
様々な依頼を完遂する処理能力と対応力に加え、OEM生産も可能
弊社の強みは、長年の経験に裏打ちされた圧倒的な「処理能力」とあらゆるニーズに応える「対応力」です。
弊社は創業以来、「何でもやります」というスタンスを貫き、困難な案件にも挑戦し続けてきました。その姿勢が、現在の弊社の地位を築く原動力となっています。
また、弊社のパート勤務の方や内職者だけでなく、派遣会社、デイワーカー、さらには協力会社や運送会社、倉庫会社から、協力を仰いで物量に対応する体制が構築できています。そのため、同業他社が人員不足で受け切れないような大規模・短納期案件であっても、柔軟に対応し、完遂することが可能です。
そして検品作業などの立ち合いで当社の現場の処理量やマンパワーを目の当たりにしたクライアントから、「クロスリンクなら安心だ」と評価いただき、新たな継続案件に繋がるケースが数多くあります。また、「断らない」姿勢で多様な仕事を請けてきたことで、扱うことができる商材の幅広さも業界屈指だと自負しています。
アクセサリーなどの繊細な小物から、アニメ・映画・テーマパーク・アーティストのコンサートグッズ、さらには衣類等のアパレル製品まで、多種多様なコンテンツに対応しています。
そうして多岐に渡るジャンルを幅広く扱うことでトレンドもいち早く把握しやすくなっているため、時流に合わせた最適な提案をクライアントへ提案することが可能です。この積み重ねがクライアントから根強い信頼を獲得し続けています。
さらに、近年では加工にとどまらずOEMで製品そのものも国内生産できる仕組みが整ってきています。
このOEM事業はここ数年弊社が特に力を入れている分野で、これによりプラスチック成形品やアクリルグッズなどの「製造」から、検品・セットアップなどの「加工」、さらには「保管・配送」までを自社管理の下、一気通貫で行える仕組みを整えました。また、国内生産による高品質な背景を強みとし、クライアントの管理工数を大幅に削減できる「ハイブリッドな生産体制」を実現しています。これもまた弊社の大きな強みの1つとなっています。
「季節波動」対策としてノベルティグッズへの参入を目指す
弊社がさらなる成長を目指す上で、解決すべき課題は、「季節波動」への対応です。
これは業界全体に当てはまる問題ですが、弊社の仕事で1番のシェアを占めているのはエンタメ業界です。そうなると、どうしてもコンサートやイベントの有無によって仕事量が大きく変動します。対策として現在取り組んでいるのは、「グッズ=エンタメ」という業界の常識に縛られず、さらに領域を広げていくことです。
例えば航空会社や鉄道会社、通信会社といった、顧客や社員を何千、何万と抱える大手企業のノベルティグッズに参入することです。従来の定番だったボールペンやクリアファイルに代わりアクリルキーホルダーなどトレンドを汲んだノベルティを提案し、企業ブランディングの差別化を支援しています。
エンタメ業界とは季節波動が異なるジャンルに積極的に関わることで、経営の安定化を図るとともに、流通加工業界全体にも好影響を与えることができると思っています。
もう一つは、OEM事業を通じた国内生産の拡充です。
これには、グローバルな物流リスクを回避する狙いがあります。例えば、海外生産品は、旧正月などの時期に物流が停止するといった、自社ではコントロールできない外的要因に左右されがちです。そうした場合でも、国内での製造機能を自社で持つことにより、スケジュールの安定化と迅速な対応を可能にしています。
このように既存の親和性が高いエンタメ業界以外の分野とも「親和性を作っていく」必要があると私は思っています。
自社課題は社内の人財育成と組織作り
弊社は、近年急成長を遂げてきました。その成長速度に人財育成や組織構築が追い付いていない部分があります。これまで弊社は、私と副社長がそれぞれ営業とバックオフィスを担当するという役割分担こそ明確だったものの、それ以外の部分は割と自由に、柔軟に対応してきました。創業期はその柔軟さがスピード感を生んでいた面もありますが、社員数が増えた現在の規模では、どうしてもそのやり方では行き届かない部分が出てくるのは避けられません。
特に中間管理職の育成は急務です。これまでは私と副社長が中心となり、仕事の受注から現場の指示、納品までを自ら取り仕切ってきました。しかし今後は、自分たちがいなくても円滑に業務が回る体制を築く必要があります。理想は、中間層の社員が自ら学び、組織やルールの改善を自発的に提案できるようになることです。組織改革の第一歩として、弊社のビジネスの核である内職・流通加工の領域におけるルール作りを進めています。誰が担当しても同じ品質と効率を維持できるよう、長年の経験値を「仕組み」として言語化・マニュアル化しています。現在は外部のコンサルタントを招いて社員とともに学びながら、組織の土台づくりを急ピッチで進めているところです。
製造業や異業種のM&Aを積極的に推進し100億企業を目指す
創業14年目を迎えた現在、大きな転換期にあります。創業から11年目ぐらいまでは、とにかくがむしゃらに働き、ただ目の前の壁に挑み続けるような日々を過ごしていました。ようやく少し余裕ができ、会社の将来について落ち着いて考えられるようになったのはここ数年のことです。改めて副社長と話し合い、弊社は「10年以内に売上100億円」という目標を掲げることにしました。今後は成長戦略の柱として、積極的なM&Aを進めていく方針です。
目指すのは、本業との親和性が高い事業を取り込む「垂直統合」がメインになると思っています。
まず、現在推し進めているOEM事業をさらに強化するため、例えば射出成形工場やメッキ工場など、国内の小さな製造業を集めてOEMの領域を広げていくことを考えています。
また倉庫や運送の部分もさらに強化したいと思っています。自社倉庫の取得を推し進め、これまでの借りる側から貸す側に回ることも視野に入れたいと思っていますし、運送についてもただ自社で活用するだけではなく、運送業の一端を担うことで社会インフラに貢献できればとも思っています。また、全国から人を集めるのであれば寮が必要になるかもしれません。そうなると今度は社宅が必要になります。寮や社宅の確保を目的とした不動産事業、さらには働くパート社員のための保育所・託児所の運営も視野に入れています。本業とのシナジーが期待できる業態であれば、業種を限定せず積極的にM&Aを推進していくつもりです。
単なる企業の集まりではなく、一つの大きなグループとして、100億円企業を目指していきます。
「日本一の作業屋」を目指す
「100億企業」という目標に加え、もう1つ私たちが掲げている目標は「日本一の作業屋」になることです。
この2つの目標を実現するためには単なる規模の拡大だけでなく、業界そのもののあり方を変え、魅力的な人財が集まる土壌を築かなければなりません。私は長らく続いてきた「下請け構造の中で利益が出にくい」という業界の体質を改善したいと考えています。そのためにまず単なる作業代行にとどまらず、製造から配送まで一貫したワンストップサービスを提供することで、独自の価値を創出していくことが大切だと思っています。
また、他社との差別化を図ることで、適切な価格設定を実現し、それをお客様に納得していただける「高い付加価値」を提供していきたいと思っています。そうすることにより、利益を適切に確保することが可能となり、社員やパート社員、内職作業の方など、弊社を支えるすべての働く人たちの待遇向上を図ることができます。更に、人財不足が深刻化するなかで、弊社が「選ばれる会社」になるための独自のプロモーションを展開しています。ラジオ番組のスポンサーを務めたり、私自身がトーク番組に出演したりすることで、弊社の活気ある社風を広く発信しています。「こんな面白い会社があるんだ」「こんな楽しい社長がいるんだ」と思ってもらえれば、巡り巡ってそれが人財の確保や業界全体のイメージアップに繋がると思っています。
将来的には自分たちでイベントを開催し、そこで自社制作のグッズを販売するという構想を描いてます。そうすれば若い人たちにもこの業界の楽しさを知ってもらうと同時に、お祭りのような活動を通じで地域活性化の一翼を担うことができれば、これほど楽しいことはないと思っています。
この「楽しさ」が全ステークホルダーに伝わり、働く喜びが連鎖していくことで、弊社は真の「日本一の作業屋」へと近づいていけると信じています。
会社概要
| 社名 | 株式会社クロスリンク |
| 創立年 | 2012年 |
| 代表者名 | 代表取締役 斎藤 亮介 |
| 資本金 | 1,000万円 |
| URL |
https://www.cross-x-link.com/index.html
|
| 本社住所 |
〒123-0864 |
| 事業内容 | 流通加工業 倉庫業 物流業 OEM製品受託製造販売業 |
| 事業エリア |
本社・鹿浜営業所 〒123-0864 |
|
草加営業所 〒340-0044 |
|
|
安行営業所 〒334-0057 |
|
|
川口芝営業所 〒333-0866 |
|
|
保木間営業所 〒121-0064 |
|
|
群馬営業所 〒370-3605 |
会社沿革
| 2012年 | 埼玉県川口市弥平に内職あっせん事業として株式会社クロスリンクを設立 |
| 2013年 | 業務拡張に伴い、鹿浜営業所を開設 鹿浜営業所に本社移転 |
| 2014年 | 埼玉県草加市に草加営業所を開設 |
| 2018年 | 業務拡張に伴い、東京都足立区に保木間営業所を開設 |
| 2020年 | 営業倉庫の登録(倉庫業登録第8768号) |
| 2021年 | テレビ型アートフレームの意匠登録 業務拡張に伴い、埼玉県川口市安行領家に安行営業所(300坪)を開設 |
| 2022年 | 業務拡張に伴い、埼玉県川口市安行原に安行営業所(500坪)を移転 |
| 2023年 | 業務拡張に伴い、群馬県北群馬郡に群馬営業所を開設 |
| 2025年 | 業務拡張に伴い、埼玉県川口市芝に川口芝営業所を開設 |
公開日:2026/03/05
※本記事の内容および所属名称は2026年3月現在のものです。現在の情報とは異なる場合があります。
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