鹿沼
鹿沼市
技術と検品体制が品質を守る高クオリティな発泡スチロール製品
株式会社カルックス
循環型社会にプラスの価値を発信する創意工夫と信頼の実践型企業
経営理念
世の中で必要とされるものを、私達の創意と工夫で創り出し、社会のために役立てる会社として活動します
基本方針
常に時代のニーズを捉えていきます
多くの人や社会にとって、それが必要であるかを考えます
社員の一人一人が創意工夫を持って仕事にあたります
お客様の満足を第一とします
品質の良い商品をお客様に提供します
代表者メッセージ
弊社は栃木県鹿沼市で高品質な発泡スチロール製品の製造・販売を行っています。高品質、高性能を誇る弊社の商品は、主に食品メーカーや医療機関で重宝いただいています。
現在、社会では脱プラスチックの取り組みが広まりつつあり、プラスチック業界にとっては逆風となっていますが、人の生活からプラスチックを締め出すことは現時点では不可能であり、社会に暮らす一人ひとりが再資源化に努めていくことこそが持続可能な社会環境に繋がると考えています。
日本の発泡スチロールのリサイクル率は世界でもトップクラスです。再資源化(マテリアルリサイクル)率は約60%、焼却による熱エネルギー回収(サーマルリサイクル)率と併せて約90%と非常に高い割合であり、引き続き資源循環の促進をしていくことが環境保全への近道となります。今後は、弊社の製品情報だけではなく、再資源化への意識を高めて実践へとつなげられる情報をSNSなどによって発信し、オンラインコミュニケーションによって発泡スチロールの可能性を探っていきたいと思っています。
代表取締役 森田 壮重
私たちのこだわり
発泡スチロール製造の黎明期に創業されたエルム樹脂を再建
弊社ルーツは、かつて栃木県鹿沼市にあったエルム樹脂という会社です。当時のエルム樹脂の代表は、1951年にドイツのBASF社が開発した発泡スチロールに商機を見出し、いち早く国内に導入するために、1960年頃に鹿沼市で試験的に事業を開始しました。
エルム樹脂創業当時の日本は、道路の舗装状態が悪く、割れ物を輸送する際の梱包が大きな課題となっていました。エルム樹脂によってつくられた発泡スチロールケースは、特にギフト配送に使われ、製造数と業績を伸ばしていきました。しかし1970年前半には、大量消費により排出される廃棄物の処理が社会問題となり、BtoC向けの発泡スチロール製品の需要が激減したことから、1972年にエルム樹脂は倒産することとなりました。
そして翌年の1973年には、先代にあたる私の父が、倒産したエルム樹脂を「鹿沼緑化産業」という社名で再建しました。再建当時は、かつての鹿沼市長が地場産業として皐月の生産により地域おこしに力を入れたことで、空前のさつきブームが起こりました。鹿沼緑化産業の社名は発泡スチロールの製造に加えて皐月の販売も行ったことから、名づけられたそうです。
生産管理体制を見直し、業界トップレベルの製造力へと引き上げる
父が鹿沼緑化産業として会社を再建した当時は、私は高校1年生でした。農家から経営者になった父の変化には驚きましたが、私も家業を継ぐことになるだろうと考えるようになりました。大学卒業時には、家業の関連会社に入社することも考えましたが、先代の元から飛び出て伝手のない異業種で勝負してみたいと考え、電子部品の会社に就職しました。前職ではトップの成績を維持し、上役からも期待されていましたが家業に戻ると決意し、28歳になった1985年に後継者として鹿沼緑化産業に入社しました。
入社した時には、既にさつきのブームも落ち着き、廃棄物の社会問題もあって発泡スチロール事業は低迷している状態でした。入社当時の社員は16人でした。先代は、オーナー経営者として会社管理を社員に任せていましたが、長期的な経営方針を定めていなかったことから現場の生産管理体制が改善されず、納期遅れや過剰生産による廃棄などが度々発生していました。経営を立て直していくためには、根本的な計画生産や生産管理を見直さねばと考え、まずは製造技術や現場を理解することに励みました。入社から3年ほどは、現場作業を一通り身に着けながら、改善点を見つけていきました。他の社員と真っ黒になりながら現場作業に励み、夜勤やトラック配送も率先して行いつつ、並行して、同業者のもとで製造技術や管理方法を学びながら、トライアルアンドエラーで生産工程や品質管理システムを新たに構築していきました。
また以前は、難易度の高い製品は技術がなかったためつくれませんでしたが、他社が同じ原料、同じ機械でつくれているのだから弊社に出来ないはずがないと、まずは『追いつく』ことを第一目標として技術を磨いていきました。他社と同等の技術レベルにまで引き上げられたところで、第二目標に『追い越せ』を掲げて、自分達のアイデアを加えながら製造技術や商品を改良することで自社の既存の製品を越えられるように挑戦していきました。
そして入社から5年後には、発泡スチロール製造業者としての技術を磨き、自信をもってお客様に提供できるまでになったことから、社名を現在の株式会社カルックスに変更しました。社名の「KARUX」という言葉は、「鹿沼」のKAと「緑化」のRを、発泡スチロールの軽さにかけた造語です。Xには無限大に成長していくという願いが込められています。
その後は、工場長として工場の管理を任せられるまでになり、取締役、常務、専務を経験して1996年の39歳の時に社長を交代しました。
大切な商品とブランドイメージを守る高クオリティの製品づくり
入社当初は、自社製品は5種類しかありませんでした。先代の時代には、那珂川でとれたアユを持ち運ぶためのひも付きクーラーボックスがつくられ、ハムや肉などの冷蔵品の配送のほか、レジャーの際の保冷容器としても使われるようになっていました。その後は、社員それぞれがアイデアを持ち寄ってギフトボックスなどの箱をつくり、お客様が選べる程度に品種が増えたところで、お客様がどのような形、サイズで、どんな用途の容器がほしいかの情報を集めて商品開発と製造に活かしていきました。
業界トップレベルの技術をもてるまでになった現在は、中身を確実に守れる、高クオリティの製品づくりを大切にしています。お客様の大事な品物を最適な性能と技術で守ることが梱包材としての最大の目的だからです。どれほど経営が苦しくとも、商品を受け取る末端のお客様まで考えた製品づくりこそが、ものづくりをする弊社の存在意義だと考えています。そのためクオリティを保証できないほどの低価格をお客様から求められた場合は、お断りすることもあります。
弊社の品質理念は、製品の品質や性能の良さとしてあらわれ、高級食品メーカーや医薬品業界といった、安全性やブランドイメージが大切な企業様にご満足いただけるまでになりました。
梱包をする容器は、中の品物を保護するだけではなく、お客様にイメージを伝える重要な要素にもなっています。カラー発泡スチロール製造を得意としており、配色によっては商品のイメージアップにも繋がり、容器の価格以上に購買効果を高める効果があります。現在は100種類以上の自社製品があり、さらにお客様のご要望に合わせた細かな対応によって、競合他社との差別化を実現しています。
今後もお客様の需要にあわせて柔軟に商品展開を広げていければと思います。
『大道を行く』自身の理念を『顧客第一主義』の経営の中核に据える
私自身は「大道を行く」「素直な心」という言葉が好きです。脇道にそれることなく、正しいことをひたすら追求していこうという意味があり、サラリーマン時代から自分自身の理念として大切にしています。
経営者としては、お客さまと交わした約束は必ず守り、品質面においても誠実な物作りを徹底することで、お客様を絶対に裏切らない『顧客第一主義』を徹底しています。お客様との約束は必ず守り、ごまかさず誠実に対応することで信頼が生まれます。信頼し合える関係になれば、何かあった時にお客様が助けてくれることもあり、信頼の輪が広がれば業界や地域の結びつきも強くなっていきます。弊社の基本方針にある品質理念には、この『顧客第一主義』の考え方や、私が勉強を続けてきた中で最も大きなポイントだと思うことを掲げました。業界の中でトップレベルの技術力をもつようになった現在も、お客様からの信頼やニーズを大切にしながら拡大を続けています。
他社との差別化にも繋がる高レベルの検品体制
弊社の現在の社員数は30名です。女性は17名で、そのうち2人の女性幹部が活躍しています。より良いものづくりのために、社員とともに失敗と苦労を重ねながら段階的に取り組んでいった結果が、今になりあらわれてきていると感じています。幹部が成長し、私の考えをかみ砕いて社員に伝えてくれていることや、幹部の後を追って社員が成長してくれていることは経営者として大変嬉しく思っています。
弊社のような中小企業は、限られた社員数で事業を動かしていかねばならず、社員の姿勢がダイレクトに製品やサービスに反映されます。弊社の製品のクオリティの高さは、社員の検品レベルの高さにあります。製造に使用する原料や機械は他社と同じですが、まずは不良品を外に出さないことを徹底しており、検品レベルの高さが差別化にも繋がっています。検品の工夫としては、担当によるダブルチェックだけではなく、全ての製品に検品担当者のサインを入れています。弊社の製品は、人の命に関わる医薬品などの梱包にも使われるため、一人ひとりが責任をもって取り組んでほしいと考え、始めました。
社員が率先して経験を積み、後輩を育てる『社員発』の社風
また、社員全体のレベルを引き上げるために、会社の風土づくりにも力を入れきました。朝礼ではお客様から届いた喜びの声を共有し、社員自身の努力がお客様や社会に役立っていることを自覚してもらっています。年末年始には弊社の方針や特徴について話をして、会社一体となって取り組んでいけるように発信を続けています。
社員や幹部が育つまでは我慢することも必要で、頭ごなしに叱るのではなく、できたら褒めての繰り返しでした。時間はかかりましたが、社員ひとりひとりの士気が上がり、率先して経験を積み、自信をもって後輩に教えられる職場環境となっていきました。
ここ最近では、お客様の来社時に、その場にいる全社員が挨拶をするという習慣ができました。挨拶の習慣は、社員が他社の見学時に影響され、自主的に始めたものです。挨拶は、コミュニケーションにも繋がり、明るい雰囲気づくりにもなります。社員発の社風として引き続き守り続けてほしいと思っています。
内陸輸送へのセグメントにより、確固たる事業領域を確立
弊社が拠点とする鹿沼市は、内陸にあります。発泡スチロール製品の需要が最も大きな魚箱は、漁港近辺で製造をおこなう同業に輸送コストで負けてしまうため、ターゲットとすることはできません。そのため、輸送時の衝撃緩和や保冷機能など、内陸の需要に特化した製品づくりを始めたことが、現在の事業の基盤となっています。畜産業が盛んな栃木県内では、食肉や乳製品、全国的には医薬品の配送などの需要があり、関わる業界はさまざまです。お客様の信頼と社員の力によってここまで成長することができました。
弊社や私自身の成長を支えてくれたのは地域社会だと考えています。社員の一人から経営者となった時には、責任の重さに苦しんだこともありましたが、商工会議所や青年会議所の仲間に何度も助けられました。経営者の先輩からのアドバイスは、会社経営において大変ありがたいものでした。先輩から受けた恩は、地域の後輩たちを育てることで返していきたいと考えています。
SNS等のオンラインコミュニケーションと次期社長への期待
今後の事業継承を見据えて、弊社では後継者への仕事の引き継ぎを進めています。現在、後継者には、工場長として技術課長から製造のノウハウを少しずつ引き継いでもらいつつ、製造の現場を学んでもらっているところです。今後は営業や経営も学んでもらい、7年後を目標に事業継承の準備を進めたい考えです。彼(次期社長)自身も、社内の風土を知り、社員に後継者としての存在を知ってもらいたいと考えたようで、入社後すぐに自ら社員全員との1on1のミーティングをセッティングし、社員から会社や仕事内容について色々と教えてもらっていました。
彼には経営だけではなく、自分自身の成長のために世の中の動きを知り、トライアルアンドエラーを繰り返しながら、経営感覚を磨いていってほしいと思っています。また、若い世代の視野を経営に活かしていってほしいという考えから、SNSの運用もお願いしています。
会社としての情報発信の大切さを実感したのは、コロナ禍でした。コロナ感染拡大の初期はワクチンが大変貴重でしたが、海外から国内の医療機関に輸送する際には、振動や気温によりワクチンの有効性が低下してしまうことが懸念され、大きな課題となっていました。そこで弊社では、外気温が35度でもマイナス70度を保てる発泡スチロール箱KDI-20をつくり、テストを行ってデータをHPにアップしました。その2日後にはワクチンの輸送業者から問い合わせがあり、KDI-20は新型コロナウイルスのワクチンの運搬に採用されることとなりました。KDI-20は、弊社の技術を駆使して自信をもってつくり上げた製品であり、品質や機能性も高く、劣化や破損もほとんどなかったことから医療関係の方に喜ばれました。国の未曽有の危機に、間接的にでもお手伝いができたことを嬉しく思っています。
エリアや業種を問わず、企業の存在やサービスを周知できることは、これまで付き合いのなかった他社や異業種との共同開発や、新たな事業展開に繋がる可能性もあり、大いに期待しています。今後もSNSを通じて企業間のつながりをつくり、情報を集めながら、ニーズを掘り起こすことで販路を拡大していってもらえればと考えています。
発泡スチロールのイメージアップと再資源化をオンラインで喚起
現在は、環境への意識の高まりから、脱プラスチックの取り組みが広まり、プラスチック製造関連業者への風当たりが強くなっています。しかしプラスチック製品は、発泡スチロールなどの梱包材のほか服や家電、生活用品などあらゆるものに使われ、人の生活からプラスチックを締め出すことは現時点では不可能です。だからこそ、廃プラスチックの適切な管理やリサイクルを、社会全体で一人ひとりが実践していくことが大切だと思っています。日本の発泡スチロールの再資源化や回収率は、世界でもトップクラスであり、再資源化(マテリアルリサイクル)率は約60%、焼却による熱エネルギー回収(サーマルリサイクル)率と併せて約90%となっています。発泡スチロールは体積の約98%が空気で、プラスチックの中でも環境負荷も少ない素材であり、関連事業者の適量適産と消費者の資源リサイクルを地道に進めていくことが環境保全にも繋がると考えています。
弊社では今後もJEPSA(発泡スチロール協会)とともにイメージアップやリサイクル活動の推進を図り、SNSなどを通じて草の根的に発信を続けることで、まず関わる方々から意識を高めていきたいと考えています。
発泡スチロール製造の黎明期に創業されたエルム樹脂を再建
弊社ルーツは、かつて栃木県鹿沼市にあったエルム樹脂という会社です。当時のエルム樹脂の代表は、1951年にドイツのBASF社が開発した発泡スチロールに商機を見出し、いち早く国内に導入するために、1960年頃に鹿沼市で試験的に事業を開始しました。
エルム樹脂創業当時の日本は、道路の舗装状態が悪く、割れ物を輸送する際の梱包が大きな課題となっていました。エルム樹脂によってつくられた発泡スチロールケースは、特にギフト配送に使われ、製造数と業績を伸ばしていきました。しかし1970年前半には、大量消費により排出される廃棄物の処理が社会問題となり、BtoC向けの発泡スチロール製品の需要が激減したことから、1972年にエルム樹脂は倒産することとなりました。
そして翌年の1973年には、先代にあたる私の父が、倒産したエルム樹脂を「鹿沼緑化産業」という社名で再建しました。再建当時は、かつての鹿沼市長が地場産業として皐月の生産により地域おこしに力を入れたことで、空前のさつきブームが起こりました。鹿沼緑化産業の社名は発泡スチロールの製造に加えて皐月の販売も行ったことから、名づけられたそうです。
生産管理体制を見直し、業界トップレベルの製造力へと引き上げる
父が鹿沼緑化産業として会社を再建した当時は、私は高校1年生でした。農家から経営者になった父の変化には驚きましたが、私も家業を継ぐことになるだろうと考えるようになりました。大学卒業時には、家業の関連会社に入社することも考えましたが、先代の元から飛び出て伝手のない異業種で勝負してみたいと考え、電子部品の会社に就職しました。前職ではトップの成績を維持し、上役からも期待されていましたが家業に戻ると決意し、28歳になった1985年に後継者として鹿沼緑化産業に入社しました。
入社した時には、既にさつきのブームも落ち着き、廃棄物の社会問題もあって発泡スチロール事業は低迷している状態でした。入社当時の社員は16人でした。先代は、オーナー経営者として会社管理を社員に任せていましたが、長期的な経営方針を定めていなかったことから現場の生産管理体制が改善されず、納期遅れや過剰生産による廃棄などが度々発生していました。経営を立て直していくためには、根本的な計画生産や生産管理を見直さねばと考え、まずは製造技術や現場を理解することに励みました。入社から3年ほどは、現場作業を一通り身に着けながら、改善点を見つけていきました。他の社員と真っ黒になりながら現場作業に励み、夜勤やトラック配送も率先して行いつつ、並行して、同業者のもとで製造技術や管理方法を学びながら、トライアルアンドエラーで生産工程や品質管理システムを新たに構築していきました。
また以前は、難易度の高い製品は技術がなかったためつくれませんでしたが、他社が同じ原料、同じ機械でつくれているのだから弊社に出来ないはずがないと、まずは『追いつく』ことを第一目標として技術を磨いていきました。他社と同等の技術レベルにまで引き上げられたところで、第二目標に『追い越せ』を掲げて、自分達のアイデアを加えながら製造技術や商品を改良することで自社の既存の製品を越えられるように挑戦していきました。
そして入社から5年後には、発泡スチロール製造業者としての技術を磨き、自信をもってお客様に提供できるまでになったことから、社名を現在の株式会社カルックスに変更しました。社名の「KARUX」という言葉は、「鹿沼」のKAと「緑化」のRを、発泡スチロールの軽さにかけた造語です。Xには無限大に成長していくという願いが込められています。
その後は、工場長として工場の管理を任せられるまでになり、取締役、常務、専務を経験して1996年の39歳の時に社長を交代しました。
大切な商品とブランドイメージを守る高クオリティの製品づくり
入社当初は、自社製品は5種類しかありませんでした。先代の時代には、那珂川でとれたアユを持ち運ぶためのひも付きクーラーボックスがつくられ、ハムや肉などの冷蔵品の配送のほか、レジャーの際の保冷容器としても使われるようになっていました。その後は、社員それぞれがアイデアを持ち寄ってギフトボックスなどの箱をつくり、お客様が選べる程度に品種が増えたところで、お客様がどのような形、サイズで、どんな用途の容器がほしいかの情報を集めて商品開発と製造に活かしていきました。
業界トップレベルの技術をもてるまでになった現在は、中身を確実に守れる、高クオリティの製品づくりを大切にしています。お客様の大事な品物を最適な性能と技術で守ることが梱包材としての最大の目的だからです。どれほど経営が苦しくとも、商品を受け取る末端のお客様まで考えた製品づくりこそが、ものづくりをする弊社の存在意義だと考えています。そのためクオリティを保証できないほどの低価格をお客様から求められた場合は、お断りすることもあります。
弊社の品質理念は、製品の品質や性能の良さとしてあらわれ、高級食品メーカーや医薬品業界といった、安全性やブランドイメージが大切な企業様にご満足いただけるまでになりました。
梱包をする容器は、中の品物を保護するだけではなく、お客様にイメージを伝える重要な要素にもなっています。カラー発泡スチロール製造を得意としており、配色によっては商品のイメージアップにも繋がり、容器の価格以上に購買効果を高める効果があります。現在は100種類以上の自社製品があり、さらにお客様のご要望に合わせた細かな対応によって、競合他社との差別化を実現しています。
今後もお客様の需要にあわせて柔軟に商品展開を広げていければと思います。
『大道を行く』自身の理念を『顧客第一主義』の経営の中核に据える
私自身は「大道を行く」「素直な心」という言葉が好きです。脇道にそれることなく、正しいことをひたすら追求していこうという意味があり、サラリーマン時代から自分自身の理念として大切にしています。
経営者としては、お客さまと交わした約束は必ず守り、品質面においても誠実な物作りを徹底することで、お客様を絶対に裏切らない『顧客第一主義』を徹底しています。お客様との約束は必ず守り、ごまかさず誠実に対応することで信頼が生まれます。信頼し合える関係になれば、何かあった時にお客様が助けてくれることもあり、信頼の輪が広がれば業界や地域の結びつきも強くなっていきます。弊社の基本方針にある品質理念には、この『顧客第一主義』の考え方や、私が勉強を続けてきた中で最も大きなポイントだと思うことを掲げました。業界の中でトップレベルの技術力をもつようになった現在も、お客様からの信頼やニーズを大切にしながら拡大を続けています。
他社との差別化にも繋がる高レベルの検品体制
弊社の現在の社員数は30名です。女性は17名で、そのうち2人の女性幹部が活躍しています。より良いものづくりのために、社員とともに失敗と苦労を重ねながら段階的に取り組んでいった結果が、今になりあらわれてきていると感じています。幹部が成長し、私の考えをかみ砕いて社員に伝えてくれていることや、幹部の後を追って社員が成長してくれていることは経営者として大変嬉しく思っています。
弊社のような中小企業は、限られた社員数で事業を動かしていかねばならず、社員の姿勢がダイレクトに製品やサービスに反映されます。弊社の製品のクオリティの高さは、社員の検品レベルの高さにあります。製造に使用する原料や機械は他社と同じですが、まずは不良品を外に出さないことを徹底しており、検品レベルの高さが差別化にも繋がっています。検品の工夫としては、担当によるダブルチェックだけではなく、全ての製品に検品担当者のサインを入れています。弊社の製品は、人の命に関わる医薬品などの梱包にも使われるため、一人ひとりが責任をもって取り組んでほしいと考え、始めました。
社員が率先して経験を積み、後輩を育てる『社員発』の社風
また、社員全体のレベルを引き上げるために、会社の風土づくりにも力を入れきました。朝礼ではお客様から届いた喜びの声を共有し、社員自身の努力がお客様や社会に役立っていることを自覚してもらっています。年末年始には弊社の方針や特徴について話をして、会社一体となって取り組んでいけるように発信を続けています。
社員や幹部が育つまでは我慢することも必要で、頭ごなしに叱るのではなく、できたら褒めての繰り返しでした。時間はかかりましたが、社員ひとりひとりの士気が上がり、率先して経験を積み、自信をもって後輩に教えられる職場環境となっていきました。
ここ最近では、お客様の来社時に、その場にいる全社員が挨拶をするという習慣ができました。挨拶の習慣は、社員が他社の見学時に影響され、自主的に始めたものです。挨拶は、コミュニケーションにも繋がり、明るい雰囲気づくりにもなります。社員発の社風として引き続き守り続けてほしいと思っています。
内陸輸送へのセグメントにより、確固たる事業領域を確立
弊社が拠点とする鹿沼市は、内陸にあります。発泡スチロール製品の需要が最も大きな魚箱は、漁港近辺で製造をおこなう同業に輸送コストで負けてしまうため、ターゲットとすることはできません。そのため、輸送時の衝撃緩和や保冷機能など、内陸の需要に特化した製品づくりを始めたことが、現在の事業の基盤となっています。畜産業が盛んな栃木県内では、食肉や乳製品、全国的には医薬品の配送などの需要があり、関わる業界はさまざまです。お客様の信頼と社員の力によってここまで成長することができました。
弊社や私自身の成長を支えてくれたのは地域社会だと考えています。社員の一人から経営者となった時には、責任の重さに苦しんだこともありましたが、商工会議所や青年会議所の仲間に何度も助けられました。経営者の先輩からのアドバイスは、会社経営において大変ありがたいものでした。先輩から受けた恩は、地域の後輩たちを育てることで返していきたいと考えています。
SNS等のオンラインコミュニケーションと次期社長への期待
今後の事業継承を見据えて、弊社では後継者への仕事の引き継ぎを進めています。現在、後継者には、工場長として技術課長から製造のノウハウを少しずつ引き継いでもらいつつ、製造の現場を学んでもらっているところです。今後は営業や経営も学んでもらい、7年後を目標に事業継承の準備を進めたい考えです。彼(次期社長)自身も、社内の風土を知り、社員に後継者としての存在を知ってもらいたいと考えたようで、入社後すぐに自ら社員全員との1on1のミーティングをセッティングし、社員から会社や仕事内容について色々と教えてもらっていました。
彼には経営だけではなく、自分自身の成長のために世の中の動きを知り、トライアルアンドエラーを繰り返しながら、経営感覚を磨いていってほしいと思っています。また、若い世代の視野を経営に活かしていってほしいという考えから、SNSの運用もお願いしています。
会社としての情報発信の大切さを実感したのは、コロナ禍でした。コロナ感染拡大の初期はワクチンが大変貴重でしたが、海外から国内の医療機関に輸送する際には、振動や気温によりワクチンの有効性が低下してしまうことが懸念され、大きな課題となっていました。そこで弊社では、外気温が35度でもマイナス70度を保てる発泡スチロール箱KDI-20をつくり、テストを行ってデータをHPにアップしました。その2日後にはワクチンの輸送業者から問い合わせがあり、KDI-20は新型コロナウイルスのワクチンの運搬に採用されることとなりました。KDI-20は、弊社の技術を駆使して自信をもってつくり上げた製品であり、品質や機能性も高く、劣化や破損もほとんどなかったことから医療関係の方に喜ばれました。国の未曽有の危機に、間接的にでもお手伝いができたことを嬉しく思っています。
エリアや業種を問わず、企業の存在やサービスを周知できることは、これまで付き合いのなかった他社や異業種との共同開発や、新たな事業展開に繋がる可能性もあり、大いに期待しています。今後もSNSを通じて企業間のつながりをつくり、情報を集めながら、ニーズを掘り起こすことで販路を拡大していってもらえればと考えています。
発泡スチロールのイメージアップと再資源化をオンラインで喚起
現在は、環境への意識の高まりから、脱プラスチックの取り組みが広まり、プラスチック製造関連業者への風当たりが強くなっています。しかしプラスチック製品は、発泡スチロールなどの梱包材のほか服や家電、生活用品などあらゆるものに使われ、人の生活からプラスチックを締め出すことは現時点では不可能です。だからこそ、廃プラスチックの適切な管理やリサイクルを、社会全体で一人ひとりが実践していくことが大切だと思っています。日本の発泡スチロールの再資源化や回収率は、世界でもトップクラスであり、再資源化(マテリアルリサイクル)率は約60%、焼却による熱エネルギー回収(サーマルリサイクル)率と併せて約90%となっています。発泡スチロールは体積の約98%が空気で、プラスチックの中でも環境負荷も少ない素材であり、関連事業者の適量適産と消費者の資源リサイクルを地道に進めていくことが環境保全にも繋がると考えています。
弊社では今後もJEPSA(発泡スチロール協会)とともにイメージアップやリサイクル活動の推進を図り、SNSなどを通じて草の根的に発信を続けることで、まず関わる方々から意識を高めていきたいと考えています。
ツグナラコンサルタントによる紹介
地域の産業発展に対して熱心な企業です。お客様のニーズに素早く、徹底的に応えた製品づくりで、医療器具や食品など安全性が求められる場面の梱包材として高い評価を得ています。SNSを積極的に活用した広報活動なども取り組まれており、新たな手法にて成長発展をされています。
会社概要
社名 | 株式会社カルックス |
創立年 | 1973年 |
代表者名 | 代表取締役 森田 壮重 |
資本金 | 1000万円 |
本社住所 |
322-0525 栃木県鹿沼市大和田町1番地 |
事業内容 | 発泡スチロール製品の設計~製作 (工業用パッキングケース・自社開発保冷ボックス各種・カット品等) 各種包装資材及び保冷関連資材の販売 物流機器、物流資材の販売 ヒモ、ベルト取付加工及びシュリンク加工ラベル貼り等加工 |
URL |
https://karux.com/
|
会社沿革
1973年 | 鹿沼緑化産業㈱として、発泡スチロール製造及び皐の販売を目的として創業 鮎箱としてクーラーボックスを企画・販売 |
1986年 | クーラーボックスを追加販売開始(KC・MB・ICシリーズ) |
1987年 | ギフトボックスを企画、製造販売開始(KH・KMシリーズ) |
1988年 | 電子部品・フィルム加工部門を設立 |
1990年 | 株式会社 カルックスに商号変更 |
1991年 | 資本金10,000,000円に増資 |
1994年 | キャラクターボックスを企画・製造販売開始(COW-2) |
1996年 | 発泡スチロール立体美術造形物の企画・製作・販売開始 |
2001年 | ホームページ開設 |
2018年 | ホームページリニューアル |
2021年 | 発泡スチロール箱KDI-20が、コロナワクチン輸送箱に採用 関東経済産業局より事業継続力強化計画に係る認定を受ける(2021関継強単認第3898号) |
株式会社カルックスの経営資源引継ぎ募集情報
公開日:2023/12/12
※本記事の内容および所属名称は2023年12月現在のものです。現在の情報とは異なる場合があります。