「なむら経営コンサルタント」の代表で中小企業診断士の南村恵三氏による、「中小企業経営と財務諸表」をテーマに解説していく全6回の連載記事です。第6回は、これまでのコラムの総まとめとして、財務諸表を使った財務分析を経営に活かすための実践的なポイントを紹介していきます。
「なむら経営コンサルタント」の代表で中小企業診断士の南村恵三氏による、「中小企業経営と財務諸表」をテーマに解説していく全6回の連載記事です。第6回は、これまでのコラムの総まとめとして、財務諸表を使った財務分析を経営に活かすための実践的なポイントを紹介していきます。
本連載の最終回は、これまでお伝えしてきたポイントを踏まえつつ、具体的な財務諸表を用いて財務分析を行っていきます。財務分析を収益性分析、効率性分析、安全性分析の視点から行うことで、経営上の課題や問題点を明らかにできます。
●連載:中小企業経営と財務諸表
第6回 本記事
具体的な分析に入る前に改めて財務分析について整理しましょう。
財務分析とは、損益計算書(P/L)や貸借対照表(B/S)をもとに、自社と競合他社で各種経営指標を比較したり、自社の各種経営指標を時系列で比較したりすることで、経営成績の良否を判断することを指します。主に収益性分析、安全性分析、効率性分析、成長性分析の4つの手法があり、目安となる指標を元に自社の状態を判断できるのが特徴です。
主に損益計算書(P/L)をもとに計算し、企業が収益を上げられているかという視点からの分析になります。主な指標として、売上高総利益率、売上高営業利益率、売上高経常利益率、売上高当期純利益率などがあります。
●主な指標と計算式
売上高総利益率(%)=売上高総利益÷売上高×100
売上高営業利益率(%)=営業利益÷売上高×100
売上高経常利益率(%)=経常利益÷売上高×100
売上高当期純利益率(%)=当期純利益÷売上高×100
※いずれも数値が大きいほど「良い」と判断できる
主に損益計算書(P/L)、貸借対照表(B/S)をもとに計算し、投入した資産や負債をどれくらい効率的に活用して、売上や利益を生み出しているかの良否を分析します。売上債権回転率、棚卸資産回転率、有形固定資産回転率、総資本回転率などがあります。
●主な指標と計算式
総資産回転率(回転)=売上高÷総資産
売上債権回転率(回転)=売上高÷売上債権
棚卸資産回転率(回転)=売上高÷棚卸資産
有形固定資産回転率(回転)=売上高÷有形固定資産
総資本回転率(回転)=売上高÷総資本
※いずれも数値が大きいほど「良い」と判断できる
主に貸借対照表(B/S)をもとに 計算し、企業の財務上の支払能力の良否を分析します。主な指標として流動比率、当座比率、自己資本比率、固定比率、固定長期適合率、負債比率などがあります。
●主な指標と計算式
流動比率(%)=流動資産÷流動負債×100
当座比率(%)=当座資産÷流動負債×100
自己資本比率(%)=純資産÷総資本×100
※上記の指標は数値が大きいほど「良い」と判断できる
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固定比率(%)=固定資産÷純資産×100
固定長期適合率(%)=固定資産÷(純資産+長期負債)×100
負債比率(%)=負債合計÷純資産合計×100
※上記の指標は数値が小さいほど「良い」と判断できる
過去3期分の損益計算書(P/L)をもとに、売上高、各種利益の増加率を時系列で分析することで「成長性分析」ができます。指標としては、売上高増加率、経常利益増加率、営業利益増加率、総資本増加率、純資産増加率などが挙げられます。
●主な指標と計算式
売上高増加率(%)=(当期売上高ー前期売上高)÷前期売上高 ×100
経常利益増加率(%)=(当期経常利益ー前期経常利益)÷前期経常利益×100
営業利益増加率(%)=(当期営業利益ー前期営業利益)÷前期営業利益×100
総資本増加率(%)=(当期総資本ー前期総資本)÷前期総資本 ×100
純資産増加率(%)=(当期純資産ー前期純資産)÷前期純資産×100
※いずれも数値が大きいほど「良い」と判断できる
分析を行う前に、もう1点覚えておきたいのが「ROE」と「ROA」という2つの指標です。4つの財務分析のうち収益性分析に分類される指標で、貸借対照表(B/S)の自己資本、及び総資産と比べて、どれだけ損益計算書(P/L)の利益を生み出したかを計算することで、投資対効果を導き出せます。その指標が、「ROE」(Return on Equity:自己資本当期純利益率)と「ROA」(Return on Asset:総資産当期純利益率)です。
「ROE」は、自己資本に対する当期純利益の割合を示すものであり、「ROA」は、総資産に対する当期純利益の割合を示すものです。株式上場している、していないにかかわらず、競合他社や自社の過去と比較して、現在の経営状況を分析するために役立ちます。
●「ROE」と「ROA」の計算式
ROE(%)=当期純利益÷自己資本×100
ROA(%)=当期純利益÷総資産×100
※いずれも数値が大きいほど「良い」と判断できる
中小企業経営者にとって「ROE」と「ROA」を高めることは、自社の収益性を高めることに繋がるため、株主からは投資先として有望視され、企業価値が向上するとともに、銀行からは融資を受けやすくなります。さらに収益性が高まれば、社員の給与や福利厚生を充実させることができ、社員満足度の向上に繋げることも可能です。
【A社の概要】
今回分析するのは、太平洋側の地方都市にある創業20年の水産加工メーカーA社です。資本金1,300万円、総資産約13億円、売上高約24億5千万円という会社で、社員はパートを含めて50名います。地元漁港から水揚げされる魚介類を原料にした水産加工品を、主に地元スーパー及び外食産業に卸しています。また、年に数回、飛び込みの大型受注案件の対応も行っておりますが、製造現場が混乱することもあったそうです。
近年は、食の安全意識の高まり、生活習慣病予防のための食生活の見直しを背景にして、手掛けている水産加工品の販売実績は好調です。一方で、3つの工場設備は生産能力にまだ余剰があるものの、老朽化が見られ、今後、大手スーパーからの増産の要請も見込まれているため、新工場の建設を検討しているというのが、現状になります。
【A社と競合他社の財務諸表比較】
損益計算書(P/L)※単位:百万円
A社 | 競合他社 | |
売上高 | 2,450 | 1,935 |
売上原価 | 1,972 | 1,539 |
売上高総利益 | 478 | 396 |
販管費 | 428 | 362 |
営業利益 | 50 | 34 |
営業外収益(受取利息) | 5 | 11 |
営業外費用(支払利息) | 40 | 21 |
経常利益 | 15 | 24 |
法人税等 | 6 | 10 |
当期純利益 | 9 | 14 |
貸借対照表(B/S)※単位:百万円
A社 | 競合他社 | |
資産の部 | ||
流動資産 内 現金・預金 内 売上債権 内 貸倒引当金 内 有価証券 内 棚卸資産 内 その他流動資産 | 900 163 360 ▲3 10 368 2 | 469 68 200 ▲2 20 182 1 |
固定資産 内 有形固定資産 | 402 361 | 377 311 |
資産合計(総資産) | 1,302 | 846 |
負債の部 | ||
流動負債 内 仕入債務 内 短期借入金 内 その他流動負債 | 579 285 210 84 | 340 118 145 77 |
固定負債 内 長期借入金 内 その他固定負債 | 390 368 22 | 256 234 22 |
負債合計 | 969 | 596 |
純資産の部 | ||
純資産合計(自己資本) | 333 | 250 |
負債・純資産合計(総資本) | 1,302 | 846 |
【A社と競合他社の経営分析結果】
収益性、効率性、安全性の3つの観点からA社と競合他社でそれぞれ財務分析を行い、各指標を計算してみました。
なお、表中の判定の列は、A社が競合他社と比較して、経営指標の値の良否について判定をしています。また、経営指標値は、小数点第3位を四捨五入しています。
経営指標 | 判定(〇:良/×:否) | A社 | 競合他社 | |
収益性 | 売上高総利益率 | × | 19.51% | 20.47% |
売上高営業利益率 | 〇 | 2.04% | 1.76% | |
売上高経常利益率 | × | 0.61% | 1.24% | |
売上高当期純利益率 | × | 0.37% | 0.72% | |
ROE | × | 2.70% | 5.60% | |
ROA | × | 0.69% | 1.65% | |
効率性 | 総資本回転率 | × | 1.88回転 | 2.29回転 |
売上債権回転率※注 | × | 6.86回転 | 9.77回転 | |
棚卸資産回転率 | × | 6.66回転 | 10.63回転 | |
有形固定資産回転率 | 〇 | 6.79回転 | 6.22回転 | |
安全性 | 流動比率 | 〇 | 155.44% | 137.94% |
当座比率※注 | 〇 | 91.54% | 84.12% | |
固定比率 | 〇 | 120.72% | 150.80% | |
固定長期適合率 | 〇 | 55.60% | 74.51 | |
自己資本比率 | × | 25.58% | 29.55% | |
負債比率 | × | 290.99% | 238.40% |
収益性での問題点:売上高経常利益率
売上高経常利益率=経常利益÷売上高×100(%)
収益性の観点で見た場合にもっとも改善すべきは、売上高経常利益率です。中小規模の製造業における売上高経常利益率の平均値は3.85%(2020年度)となっており、A社は0.61%とかなり低いことが分かります。競合他社と比べても半分以下の数字というのもポイントです。
その原因を探るために損益計算書(P/L)を見ていくと、営業外費用(支払利息)の数字が大きく、借入金の支払利息により、経常利益を大きく減少させていると考えられます。
利息を減らすには借入金を減らしていくことが直接的な問題解決にはなりますが、どのようにて減らすのかという観点では、固定費の削減、商品の高付加価値化、新たな需要の開拓などを行い、本業でしっかりと稼げる体制を作っていく対応が必要になります。
効率性での問題点:棚卸資産回転率
棚卸資産回転率=売上高÷棚卸資産(回転)
続いて効率性の面での問題点を見ていくと、棚卸資産回転率の改善が大きなポイントです。A社は有形固定資産回転率以外の回転率が競合他社と比べると低いです。さらにA社の概要を見ると、「年に数回、飛び込みの大型受注案件の対応も行い、現場が混乱することがありました」とあります。このことから生産ラインが混乱した結果、未完成品となる仕掛品(しかかりひん)が増大し、販売目的で仕入れた商品や製品等が、販売されないまま社内に滞留している状態になり、棚卸資産が増えていると予想できます。そこで「棚卸資産回転率」を改善ポイントと定めました。
製造業の棚卸資産回転率の理想は12回転と言われており、6.66回転という数字は同業他社と比べても芳しくありません。
なお、A社の事例内容に「3つの工場設備は生産能力に余剰があるものの老朽化がみられ」とありましたが、有形固定資産回転率は競合他社と比べて良いことを踏まえると、現工場設備の効率性については現状では問題ないと考えられます。こうした見た目や感覚では分からない部分を客観的に明らかにすることが財務分析の目的です。
安全性での問題点:負債比率
負債比率=負債合計÷純資産合計×100(%)
収益性の問題点と関連しますが、このA社が改善すべきは負債比率の大きさで、競合他社と比較しても、業界の水準からいっても借入金は多いといえます。なお、負債比率の理想は100%以下と言われており、製造業の場合は120%前後が目安とされています。それを踏まえてもA社の290.99%は高い数字になるので、借入金を低金利の融資に借り換えるか、不要な資産を売却して、その売却金額で借入金を繰り上げ返済するかなどの手段を検討する必要があります。
以上、収益性、効率性、安全性の3つの観点から経営指標を分析しました。全体の改善点として見えてきたのは、収益性と安全性の観点で借入金の割合が多く、借入金の返済を早期に行う必要があるということです。また、効率性の観点では、在庫管理の改善を行い、生産管理の見直しと同時に仕掛品管理の徹底を進めることで、現金化までの期間を短くすることでキャッフローが改善して、安全性が増していくと考えることができます。
財務諸表の中でも、損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書は、相互に因果関係があることが、これまでのコラムを通してお判りいただけたと思います。
経営者は、財務諸表の意味をしっかり把握し、自ら分析するスキルが求められます。最初は難しく感じることもあるかと思いますが、自分でできるようになれば、自社の経営はもちろんのこと、M&Aで引継ぐ先を選んだり、引継いだ後に経営再建を進めていく際に役立ちます。
本連載を読んだ中小企業経営者の皆さまが、問題解決に向けて適切な対策を講じていくことで、よりよい未来に一歩近づくことを確信しております。
※本記事の著者は地域の事業承継をサポートする「ツグナラ専門家」として登録されています
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