宇都宮
宇都宮市
耶麻郡猪苗代町
伝統的大衆文化を地域に引き継ぎ活気がある人情味の未来へ
株式会社村上
時代に対し、変化と挑戦は代々続くDNAであり村上の伝統
経営理念
不易流行 勇猛果敢 原点回帰
明治10年、この宇都宮市で肥料商として誕生した株式会社村上
時代の流れに沿って、その生業を石炭卸販売から石油製品卸販売へと変化させてまいりました。
日本の基幹産業と向き合ってきた株式会社村上の基本精神は「変化」と「挑戦」であり、大衆と共に生きるサービス業なのです。
代表者メッセージ
社長メッセージ
1877年(明治10年)に、栃木県宇都宮市で肥料商として誕生した株式会社村上はその生業を石炭卸販売から石油製品卸販売へと変化していきました。
栃木県で一番最初に石炭を紹介し、その販売網を栃木県内から関東甲信越へ広げました。国のエネルギー政策の転換により石炭から石油へと時代が動くと、従来の販売網を生かした拠点展開で直営ガソリンスタンド16ヶ所、販売店ガソリンスタンド25ヶ所のほか連続洗車場や油槽所の運営と多角化を進めました。この間に本社屋は、中心市街地から問屋町への移転やCI導入(コーポレート・アイデンティティ: corporate identity)、旧本社屋の跡地活用から駐車場経営やグループ会社設立などにも取り組みました。
日本の高度成長時代と共に事業を展開した株式会社村上の歴史はまさに「変化」と「挑戦」の繰り返しでした。
現在の日本は 「産めや増やせ」の高度経済成長時代の歪(ひずみ)と言える少子高齢化や人口減少問題・空家問題・医療福祉の問題など深刻な課題と向き合っています。
作れば売れる時代はもう終焉したと考えるべきでしょう。
政府発表によれば2040年には全国1,800の市町村のほぼ半分が消滅する可能性があると伝えています。
私たちが住む地域社会を大切にすることは私たちの使命でもあります。
歴史を紡ぎ、時代を重ねることは文化を育みます。
地域を大切にするということはその地域独自の文化を育て誇りとし、次世代へ繋げていくものです。
大衆と共に生き、地域経済と共に成長した株式会社村上の新たな取り組みはこの「地域の文化や歴史を紡いでいくこと」です。
先人がその時代の深刻な問題に直面し英断努力してきたようにこれからの日本社会の大きな変化に対応すべく私たちもまた努力していかなければなりません。
変えなければならないもの・絶対に変えてはならないものを見極め勇気を持って大胆に、しかし柔軟に行動し物事の本質だけは見失わずに社業の発展のため進んでまいります。
入社に至るまでの経緯
会社の創業は肥料商でした。肥料商は基幹産業でしたが、私たちの会社が大きくなったのは、その後の石炭産業に転換してからです。初代社長が、常磐炭田から石炭を持ち込み、石炭事業を始めることになりました。その後、4代目が石炭事業から石油事業へと転換し、5代目である私の代で、石油業界から撤退し温浴事業を始めました。
幼少期からずっと後継者にと言われ、反発しており、大学へ進学するまで、父とほとんど家業に関することで会話をしたことがありませんでした。就職も自分で決めた矢先に、4代目である父と事業承継について話しをしました。父からは一言も「帰ってこい」とは言われませんでしたが、サラリーマンとして働くことと自分で会社を経営することの違いについて説かれました。最終的に私も「自分で会社を経営する方が面白い」と感じるようになり、自分で決めた就職先に断りを入れ、後継者として会社を継ぐ覚悟を固めました。
当時ガソリンスタンドを経営しており、研修として石油メーカーへ2年ほど丁稚奉公に行きました。そこで出会った先輩に引っ張ってもらい、最終的には6年ほどその石油メーカーに勤めました。当時はベンチャー企業が全盛の頃で、異業種である石油メーカーでもリゾート開発や飲食産業など様々な分野に参加していました。そこで飲食関連の仕事も請け負うことになり、この時の経験が会社に戻り一番役に立ちました。
創業からの長い歴史のなかで変わらないもの
会社を変えていこうという想いは、歴代の社長が伝統的に持っているのではないかと思います。会社について考える際に、「本当に今のままでいいのか」という自問自答をすることが、私たちにDNAレベルで刻み込まれているのかもしれません。なかなか思うように変えられないこともありますが、今の事業に関しても、常に変化を求めていく必要があると考えています。
事業承継について最近考えていることがあります。それは、昨今の激動の時代変化の中で私たちにとって重要なのは、昔のように1つの事業を家業として継いでいくことではなく、“村上というブランドをどうつないでいくか”なのではないかということです。そのように考えた場合、後継者の資質として重要なのは、「できるかできないか」よりも、「失敗した際にもう一度立ち上がれるかどうか」だと思います。
石油業界からの撤退、温浴事業へと業種転換した経緯
4代目と相談して石油業界から撤退を進めていきました。それは、石油メーカーでお世話になった先輩から意見をいただいたのがきっかけです。業界の将来性について相談した際に、「石油業界に残りたければ、大手系列の傘下に入ることは覚悟しなければならない。自分の会社として残したければ業種転換を考えた方がいい。」と断言され、会社を存続していくために転換することを決意しました。
そこで、3つのテーマをキーワードに次の業態について考え始めました。一つ目は、メーカー系列に入らない業態にするということ。外部環境の影響に強い業態にしようと考えました。二つ目は、現金商売であるということです。財務体質の透明性を図りたいと考えました。三つ目は、固定客が多くいることでトラブルが起きにくい業態にしようと考えていました。社内で検討した結果が、当時注目され始めていた温浴事業でした。3つのテーマをキーワードとしてすべて満たしていたわけではありませんが、エネルギー事業というなくてはならない国の基幹産業と日本の「伝統的大衆文化」という切り口から、私たちの理念に通ずるものがあると感じました。この「伝統的大衆文化」を大切にしたいという考え方があったからこそ、宇都宮屋台横丁などのほかの事業も、積極的に始めることができたのだと思います。
業種転換は家族経営への原点回帰に
業種転換する際は、長年共にした従業員やその家族に迷惑をかけたくないというのが本音でした。当時の役員は4人が残りましたが、後に一度は退社した若手従業員が弊社へ戻ってきてくれたときは胸が熱くなりました。
温浴事業に転換し痛感したことは、会社の就業規則や経営理念などはもはや関係なく、私たちの会社は家族経営に戻って経営するべきだという原点回帰でした。当時は温浴事業に関するノウハウもなく、すべてゼロからのスタートでした。4代目と衝突することもありました。大企業のような形ではなく、基本は個人商店のように、みんなで話し合って決めるやり方が、私たちの経営スタイルに合っているのだと思っています。
宇都宮市と取り組んだ街づくり事業
宇都宮屋台横丁は、会社や自治体などと話している中で面白い事業だと感じ弊社で始めました。当時は温浴事業と同様に、根拠は無かったのですが失敗することを考えず、必ずうまくいくものだと自信に満ち溢れていました。全国的に見ても、屋台横丁という形ができたのは、北海道の帯広市と青森県の八戸市に次いで、宇都宮市が3番目でした。宇都宮まちづくり推進機構と会社のメンバーで前例となる場所を視察へ行き、このような事業を宇都宮で実現できれば、人と人が集い賑わうコミュニティ形成と中心市街地活性化につながると確信しました。同じように感じた経営者は他にもいたと思いますが、「失敗した際にもう一度立ち上がれるかどうか」の精神のもと"弊社でやろう“と奮起しました。今はコロナ禍で飲食業も大変ですが、宇都宮の街にも飲食店が増え、活気が出てきたので、このような大衆文化も大切に紡いでいきたいと思います。
私たちのこだわり
私たちのこだわり
地域の心や地元への想い、自分自身にとってかけがえのない仲間たち
屋台横丁のメンバーと過ごして考えたのは、何をやるにしても「自分たちが本当に楽しめているか」という点です。屋台横丁では、とにかく自分たちが楽しむということを大切にしていました。その気持ちをもって活動していると、メディアが取り上げてくれたり、テナントを出店したいという人が現れたり自然と活気に満ち溢れていました。自分たちが本当に楽しめているか、やりたいことができているかという点では、大企業で重視されない点に思います。しかし、私たちのような中小零細企業にとって一体感や楽しむ要素は重要なキーワードになってくると思います。
皆さんとお付き合いする中で、大切なことに気づくことがあります。宇都宮屋台横丁のメンバーには個性的な人が多く、いつも他愛のない話をしています。しかし、皆と話していると人間臭く、妙に安心できるのです。堅苦しく世知辛い世の中とは関係のない、他愛のない話をしている時間や、一緒にいると落ち着く仲間がいることは、地域社会や地域課題に取り組みにも重要なことであり、今この瞬間が私にとって幸せな時間だと感じています。
移り変わる時代のなかで中小零細企業はどう対応していくべきか
私は、売り上げを競うことばかりを重視するのではなく、如何に満足していただくべきかを考えています。近年注目されるDX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)やSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)についても、難しい言葉にまどわされず、本質を理解した上でそれぞれが解釈し、どうしていくべきかに試行錯誤することが必要です。本質が見えなくなってしまっては幸せや満足へも導けなくなります。
今後も伝統と文化を守りながら発展していく
地域の伝統産業の文化的な価値を守り、より成長させたいと考えています。価値観の変化や後継者不在で古くから受け継がれてきた職人文化は衰退傾向にあり、このままでは日本全国で文化そのものが滅んでしまいます。職人の高度な技術は地域アイデンティティの根幹です。弊社の利益追求のためだけではなく、業種問わず地域で守るべき食文化や伝統産業を引き受け、次世代の子どもたちへ繋げていきたいです。
先代から続く伝統を守らなければいけないことを重視し、歩みを止めず時代にあらがうことも無く共存共鳴しながら展開していきたいと思っています。
私たちのこだわり
地域の心や地元への想い、自分自身にとってかけがえのない仲間たち
屋台横丁のメンバーと過ごして考えたのは、何をやるにしても「自分たちが本当に楽しめているか」という点です。屋台横丁では、とにかく自分たちが楽しむということを大切にしていました。その気持ちをもって活動していると、メディアが取り上げてくれたり、テナントを出店したいという人が現れたり自然と活気に満ち溢れていました。自分たちが本当に楽しめているか、やりたいことができているかという点では、大企業で重視されない点に思います。しかし、私たちのような中小零細企業にとって一体感や楽しむ要素は重要なキーワードになってくると思います。
皆さんとお付き合いする中で、大切なことに気づくことがあります。宇都宮屋台横丁のメンバーには個性的な人が多く、いつも他愛のない話をしています。しかし、皆と話していると人間臭く、妙に安心できるのです。堅苦しく世知辛い世の中とは関係のない、他愛のない話をしている時間や、一緒にいると落ち着く仲間がいることは、地域社会や地域課題に取り組みにも重要なことであり、今この瞬間が私にとって幸せな時間だと感じています。
移り変わる時代のなかで中小零細企業はどう対応していくべきか
私は、売り上げを競うことばかりを重視するのではなく、如何に満足していただくべきかを考えています。近年注目されるDX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)やSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)についても、難しい言葉にまどわされず、本質を理解した上でそれぞれが解釈し、どうしていくべきかに試行錯誤することが必要です。本質が見えなくなってしまっては幸せや満足へも導けなくなります。
今後も伝統と文化を守りながら発展していく
地域の伝統産業の文化的な価値を守り、より成長させたいと考えています。価値観の変化や後継者不在で古くから受け継がれてきた職人文化は衰退傾向にあり、このままでは日本全国で文化そのものが滅んでしまいます。職人の高度な技術は地域アイデンティティの根幹です。弊社の利益追求のためだけではなく、業種問わず地域で守るべき食文化や伝統産業を引き受け、次世代の子どもたちへ繋げていきたいです。
先代から続く伝統を守らなければいけないことを重視し、歩みを止めず時代にあらがうことも無く共存共鳴しながら展開していきたいと思っています。
ツグナラコンサルタントによる紹介
株式会社村上様は、時代に合わせ様々な事業を展開し、創業から100年以上もの歴史を紡いできた、栃木に根付く地域企業です。社長は地域のぬくもりを非常に大切にしており、それが会社全体のあたたかい雰囲気を作り出しているのだと感じます。
インタビュアーのコメント
会社概要
社名 | 株式会社村上 |
創立年 | 1877年 |
代表者名 | 代表取締役 村上 龍也 |
本社住所 |
321-0911 栃木県宇都宮市問屋町3172-54 |
事業内容 | 温浴事業、宇都宮屋台横丁、エネルギー事業、不動産賃貸事業 |
URL |
http://murakami-inc.co.jp/
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公開日:2021/10/13 (2023/01/25修正)
※本記事の内容および所属名称は2023年1月現在のものです。現在の情報とは異なる場合があります。