豊島
豊島区
医業・相続の専門性とワンストップ対応を強みにした池袋の会計事務所
税理士法人とどろき会計事務所
ボトムアップ経営が生み出した自由で働きやすい環境とさらなる好循環
経営理念
「顧客第一主義」
「プロ意識」
「コミュニケーション」
を理念にかかげ
「お客様のお役に立つこと」
「お客様と共に成長・発展すること」
が私達の願いです。
代表者メッセージ
お客様の会社の発展があってこそ、私共の存在意義があると考えております。人工知能による技術革新が世間で叫ばれ、税理士も含めて、既存の職の存在意義が問われる様々な変化が起こり始めています。我々はこの変化に対応しながらも、最後はやはり人と人との繋がりから信頼が生まれていくと考えています。そのためにとどろき会計事務所は、これからも「コミュニケーション」を何よりも大切にしていきながら、チームワークを育み、二人三脚でお客様の会社の発展に貢献することを目指してまいります。
代表社員 轟勝之
私たちのこだわり
責任感からサラリーマンから一転して独立開業へ
弊法人は、代表である私が新卒で勤めていた会計事務所のお客様と社員を一部引き継ぐ形で、1992年に独立開業いたしました。代表が急逝し、突如、存続の危機に立たされたことがきっかけでした。
事務所内では数少ない税理士の有資格者であることから、私が引き継ぐことにしました。当時、代表のご子息がまだ小さかったことが、重大な決断の後押しをしたのだと思います。
いつかは独立することを考えてはいたものの、あまりに急な開業で資金繰りなどの準備も不十分だったことから、開業当初はとにかくお金の苦労が絶えませんでした。
代表就任で生まれた社員との軋轢
お金のこと以上に苦労したのが仲間との関係です。前職の会計事務所時代は横並びの同僚として働いていましたが、急に「経営者と社員」の関係に変化したことで軋轢が生まれました。30年以上前の上下関係や経営者と社員の関係が今よりも厳格な時代だったことも影響しています。まず私より年齢やキャリアが上の先輩方に対しての接し方に悩み、次に「代表らしい振る舞い」という部分で空回りをしていた時期になります。前職の代表の手法を真似てみたものの、キャリアも年齢もはるかに上の前代表と同じことができるはずもなく、まったくうまくいきませんでした。
当時の業界の通例として、会計事務所の代表は「先生」と呼ばれていましたが、社員たちは私を「先生」と呼ぶことはありませんでした。「代表として認めない」という社員の意志表示です。そのことに対して不満を漏らすと、「あなたに雇われたつもりはない」と言われるほどでした。また、お客様から前職の代表と比較されることも堪えました。自分の経験やスキルが足りないことを日々痛感しながら、それでも仕事に打ち込む日々でした。
社員やお客様の態度が変化してきたのは、開業から半年が過ぎた頃です。いち税理士として、そして経営者として、土日関係なく働き、全力で仕事を打ち込んでいたら、少しずつ認めてくれるようになりました。社員もお客様も必死な私の様子を見て「なんとかしてやろう」と思い始めてくれたのだと思います。連動するように徐々に売上も伸びていき、社員も増え、順調に成長軌道に乗りました。
父から敬われていた税理士への憧れ
私の父は小売店を営んでおり、月に一度、税理士の先生が我が家に来ていました。その先生はいつもスーツを着こなして我が家に来ては、お茶や食事でもてなされ、仕事が終わると私の父親からはお礼を言われて、報酬までもらい帰っていきました。天候による客足の変化を愚痴りながら、あくせくと働いていた父親と比べ、子どもながらに、格好の良い仕事だなと感じたのが税理士への最初の憧れです。
再び税理士という職業を意識しはじめたのは、大学1年生の時に自分の成績表を見て、「このままではまともに就職できない」と将来を真剣に考え出したタイミングです。大学2年生になり、簿記の授業を受けて、子供の頃の税理士への憧れをふと思い出したのです。それから大学と簿記の専門学校のダブルスクールをはじめ、大学で実施されていた税理士志望者向けの勉強会にも参加して勉強を開始しました。
最終的に大学院を卒業する頃には税理士資格を取得して、新卒で会計事務所に就職を果たしました。その7年後に予期せぬ形で独立し、弊法人の設立へと繋がります。
公私に渡るお客様の相談にワンストップで対応できる税理士法人
開業から30年以上の歳月を経た現在、弊法人は医療と相続を得意とする部分が強みになりました。お客様の要望に応じて専門性を深めてきた結果です。例えば医療については、医療機関の税制は特殊な部分が多く、知識と経験が求められます。長年、医療機関のお客様のご相談に対応してきたことで、ノウハウが蓄積され、今では強みとして誇れるレベルになりました。相続に強いという部分も同様で、数多くの案件に対応する中で強みへと進化してきました。現在では専門的な知識と豊富な経験が求められる資産評価、財務評価などのデューデリジェンス(投資を行う際に対象となる企業や投資先の価値やリスクなどを調査すること)の依頼も数多くいただき、強みに磨きをかけています。
専門性以上の強みだと感じているのは社員1人ひとりがワンストップでお客様のお悩みを解決できることです。弊法人の社員はお客様の会社のお悩みだけにとどまらず、個人の財産や親の相続に関する相談まで対応できるオールラウンダーが多いのも強みの1つです。これは経営理念に掲げている「顧客第一」「プロ意識」「コミュニケーション」にも繋がる部分でもあるので、実践できる社員が多く在籍していることを誇らしく思います。時には社員1人だけでは対応できないケースも出てきますが、専門領域を持つ社員がサポートに入り、チームとしてワンストップ対応しています。
また、以前からクラウド会計には力を入れてきましたが、コロナ禍を契機にクラウド会計のお客様がより増えてきました。経営の安定性という面で考えれば、全国にお客様がいるという非常にありがたい状況が作れています。
顧客第一・プロ意識・コミュニケーションが経営理念
弊法人では「顧客第一・プロ意識・コミュニケーション」という経営理念を掲げています。この3つの要素は、私が業界の諸先輩方と話したり、自分自身が仕事をする中で大切だと感じていたことを理念化したものです。「お客様のお役に立ってこその会計事務所である」「お客様からお金をいただくプロである以上は常に勉強し続けなければならない」「円滑な仕事をしていくならコミュニケーションが不可欠だ」という意味を込めました。この3つがうまくかみ合わないと、お客様から評価をしてもらえない、プロである限りは現状に満足せず、常に「最良の仕事」を目指していくべきだという考え方です。この理念ができた背景には、創業から1、2年が過ぎた頃、同業の諸先輩方から経営理念の大切さを丁寧に教えていただいたことが大きく影響しています。
理念の浸透については、以前は理念の意味や思いについて私が詳しく説明していましたが、今は年1回の経営計画発表会で明示する程度です。トップダウンで理念を浸透させるのではなく、社員が自然と意識し、実践するボトムアップ型の方がさらに深く浸透するのではないかと考えての変更でした。
トップダウンからボトムアップへの方針転換
現在の弊法人は、堅めのイメージを持たれる業界においては、自由な雰囲気がある職場だと思います。その要因のひとつが、社員の声を拾い上げていくボトムアップ型の会社運営に7、8年前に切り替えたことです。それまでは、私がすべてを決めていくトップダウン型の組織でした。切り替えたきっかけは、業績が頭打ちになる時期が数年続き、トップダウン経営に限界を感じたからです。その時に社員たちに意見を求め、実施まで任せたところ、有益なアイデアが続出し、次々と好結果が生まれたからです。その時、トップダウンの経営スタイルが、社員のアイデアを潰していたのだと気付き、猛省して、改めることにしました。
ボトムアップ型が定着する過程で心がけたのは社員のアイデアを「やってみよう」と後押しして、「責任は会社が持つ」と伝えた程度です。数年続けた頃には、社員は自主的に動くようになり、私が動いたり、働きかける必要はほとんどなくなりました。
社員から勉強会に参加したい、資料を購入したいという要望も積極的に聞き入れるようにしています。社員たちは「会社が快くお金を出してくれたからには頑張らなければ」と考えてくれているようで、ボトムアップにしたことによる好循環は社内のさまさまなところで生まれています。
自由な雰囲気の社風という面では、1年のうちの半分はカジュアルな服での勤務を認める「スーパークールビス」を実施しています。さらにノーネクタイでの勤務を認める「クールビス」も1、2か月実施しているので、スーツとネクタイで勤務するのは年間3、4か月程度です。勤務時間は、8時始業、9時始業、10時始業の3形態あり、テレワークによる勤務も選ぶことができ、出社する場合のオフィスの座席はフリーアドレスにしています。
残業時間が激減したきっかけは「残業しない手当」
こうした自由な社風にしている背景には、社員の定着率を高めたいという思いがあります。これは業界全体の傾向でもありますが、「いろいろな事務所で経験を積みたい」と辞めていくケースが多いからです。定着率を高めるためには「とどろき会計事務所で働きたい」という理由作りが必要だという考えが根底にあります。
最初に手を付けたのは、働きやすい職場作りを目的とした残業時間の削減です。残業しなかった人に手当を付ける「残業しない手当」を開始しました。最初は「残業しない手当」というインセンティブがきっかけになりますが、そのうち、社員自身が残業しないことの本質的なメリットに気付きます。仕事の疲れが減り、プライベートの時間が増えたり、そのメリットを享受すると、社員が自主的に時間内に終わらせるための工夫に取り組むようになりました。それから2年後、「残業しない手当」を撤廃しても、時間内に仕事を終えられるスキルを身に付けた社員が増えており、気が付けば社内に残業しない風土ができあがりました。
なお、劇的に残業時間を減らすことができた背景には社内のぺーパーレス化も無関係ではありません。まず、ペーパーレス化により、お客様に書類を持参するための移動時間や郵送のための手配の時間が大幅に削減できました。また、お客様とのやり取りをデータ化することで、オンラインやクラウド上でお客様の問題解決をできるようになり、さらに作業時間が削減しています。結果として、ペーパーレス化&データ化前は約3時間かかっていた業務が、今では10分程度に短縮されました。
お客様にもペーパーレス化への切り替えを提案する時も、SDGs、DX化などが注目されている世相も後押しになり、スムーズに受け入れてもらうことができました。
後継者不在や人手不足でお悩みの同業者からの引継ぎ相談歓迎
M&Aについては、税理士法人や個人経営の会計事務所などで積極的に考えており、既に4度の実績があります。想定している引継ぎ先は、人手不足で事業継続に苦労されているところや、後継者不在で今後のことを考えている同業者です。特に小規模な会計事務所では人手不足が一番苦労している部分だと思います。クライアントのニーズに応えられず、顧客が減少しているケースも少なくありません。弊法人がご一緒させていただくことで、スケールメリットやシナジー効果も生み出せて、何よりお互いに新たな知見やノウハウを得るきっかけにもなります。直近では2021年に1社の引き継ぎを実施しております。新たなスタッフが加わり、お客様も増えたことで、社内も活気づき、好循環が生まれていました。
今後は1年に1回くらいのペースでM&Aをしていければと考えているところです。そしてM&Aを進めていく過程で、社員数を100人超えるという目標を掲げています。単純な拡大路線としての100人という意味ではなく、ボトムアップ型の弊社で100人のアイデアが集まれば、今以上にワクワクドキドキするような会計事務所にできると思うからです。
責任感からサラリーマンから一転して独立開業へ
弊法人は、代表である私が新卒で勤めていた会計事務所のお客様と社員を一部引き継ぐ形で、1992年に独立開業いたしました。代表が急逝し、突如、存続の危機に立たされたことがきっかけでした。
事務所内では数少ない税理士の有資格者であることから、私が引き継ぐことにしました。当時、代表のご子息がまだ小さかったことが、重大な決断の後押しをしたのだと思います。
いつかは独立することを考えてはいたものの、あまりに急な開業で資金繰りなどの準備も不十分だったことから、開業当初はとにかくお金の苦労が絶えませんでした。
代表就任で生まれた社員との軋轢
お金のこと以上に苦労したのが仲間との関係です。前職の会計事務所時代は横並びの同僚として働いていましたが、急に「経営者と社員」の関係に変化したことで軋轢が生まれました。30年以上前の上下関係や経営者と社員の関係が今よりも厳格な時代だったことも影響しています。まず私より年齢やキャリアが上の先輩方に対しての接し方に悩み、次に「代表らしい振る舞い」という部分で空回りをしていた時期になります。前職の代表の手法を真似てみたものの、キャリアも年齢もはるかに上の前代表と同じことができるはずもなく、まったくうまくいきませんでした。
当時の業界の通例として、会計事務所の代表は「先生」と呼ばれていましたが、社員たちは私を「先生」と呼ぶことはありませんでした。「代表として認めない」という社員の意志表示です。そのことに対して不満を漏らすと、「あなたに雇われたつもりはない」と言われるほどでした。また、お客様から前職の代表と比較されることも堪えました。自分の経験やスキルが足りないことを日々痛感しながら、それでも仕事に打ち込む日々でした。
社員やお客様の態度が変化してきたのは、開業から半年が過ぎた頃です。いち税理士として、そして経営者として、土日関係なく働き、全力で仕事を打ち込んでいたら、少しずつ認めてくれるようになりました。社員もお客様も必死な私の様子を見て「なんとかしてやろう」と思い始めてくれたのだと思います。連動するように徐々に売上も伸びていき、社員も増え、順調に成長軌道に乗りました。
父から敬われていた税理士への憧れ
私の父は小売店を営んでおり、月に一度、税理士の先生が我が家に来ていました。その先生はいつもスーツを着こなして我が家に来ては、お茶や食事でもてなされ、仕事が終わると私の父親からはお礼を言われて、報酬までもらい帰っていきました。天候による客足の変化を愚痴りながら、あくせくと働いていた父親と比べ、子どもながらに、格好の良い仕事だなと感じたのが税理士への最初の憧れです。
再び税理士という職業を意識しはじめたのは、大学1年生の時に自分の成績表を見て、「このままではまともに就職できない」と将来を真剣に考え出したタイミングです。大学2年生になり、簿記の授業を受けて、子供の頃の税理士への憧れをふと思い出したのです。それから大学と簿記の専門学校のダブルスクールをはじめ、大学で実施されていた税理士志望者向けの勉強会にも参加して勉強を開始しました。
最終的に大学院を卒業する頃には税理士資格を取得して、新卒で会計事務所に就職を果たしました。その7年後に予期せぬ形で独立し、弊法人の設立へと繋がります。
公私に渡るお客様の相談にワンストップで対応できる税理士法人
開業から30年以上の歳月を経た現在、弊法人は医療と相続を得意とする部分が強みになりました。お客様の要望に応じて専門性を深めてきた結果です。例えば医療については、医療機関の税制は特殊な部分が多く、知識と経験が求められます。長年、医療機関のお客様のご相談に対応してきたことで、ノウハウが蓄積され、今では強みとして誇れるレベルになりました。相続に強いという部分も同様で、数多くの案件に対応する中で強みへと進化してきました。現在では専門的な知識と豊富な経験が求められる資産評価、財務評価などのデューデリジェンス(投資を行う際に対象となる企業や投資先の価値やリスクなどを調査すること)の依頼も数多くいただき、強みに磨きをかけています。
専門性以上の強みだと感じているのは社員1人ひとりがワンストップでお客様のお悩みを解決できることです。弊法人の社員はお客様の会社のお悩みだけにとどまらず、個人の財産や親の相続に関する相談まで対応できるオールラウンダーが多いのも強みの1つです。これは経営理念に掲げている「顧客第一」「プロ意識」「コミュニケーション」にも繋がる部分でもあるので、実践できる社員が多く在籍していることを誇らしく思います。時には社員1人だけでは対応できないケースも出てきますが、専門領域を持つ社員がサポートに入り、チームとしてワンストップ対応しています。
また、以前からクラウド会計には力を入れてきましたが、コロナ禍を契機にクラウド会計のお客様がより増えてきました。経営の安定性という面で考えれば、全国にお客様がいるという非常にありがたい状況が作れています。
顧客第一・プロ意識・コミュニケーションが経営理念
弊法人では「顧客第一・プロ意識・コミュニケーション」という経営理念を掲げています。この3つの要素は、私が業界の諸先輩方と話したり、自分自身が仕事をする中で大切だと感じていたことを理念化したものです。「お客様のお役に立ってこその会計事務所である」「お客様からお金をいただくプロである以上は常に勉強し続けなければならない」「円滑な仕事をしていくならコミュニケーションが不可欠だ」という意味を込めました。この3つがうまくかみ合わないと、お客様から評価をしてもらえない、プロである限りは現状に満足せず、常に「最良の仕事」を目指していくべきだという考え方です。この理念ができた背景には、創業から1、2年が過ぎた頃、同業の諸先輩方から経営理念の大切さを丁寧に教えていただいたことが大きく影響しています。
理念の浸透については、以前は理念の意味や思いについて私が詳しく説明していましたが、今は年1回の経営計画発表会で明示する程度です。トップダウンで理念を浸透させるのではなく、社員が自然と意識し、実践するボトムアップ型の方がさらに深く浸透するのではないかと考えての変更でした。
トップダウンからボトムアップへの方針転換
現在の弊法人は、堅めのイメージを持たれる業界においては、自由な雰囲気がある職場だと思います。その要因のひとつが、社員の声を拾い上げていくボトムアップ型の会社運営に7、8年前に切り替えたことです。それまでは、私がすべてを決めていくトップダウン型の組織でした。切り替えたきっかけは、業績が頭打ちになる時期が数年続き、トップダウン経営に限界を感じたからです。その時に社員たちに意見を求め、実施まで任せたところ、有益なアイデアが続出し、次々と好結果が生まれたからです。その時、トップダウンの経営スタイルが、社員のアイデアを潰していたのだと気付き、猛省して、改めることにしました。
ボトムアップ型が定着する過程で心がけたのは社員のアイデアを「やってみよう」と後押しして、「責任は会社が持つ」と伝えた程度です。数年続けた頃には、社員は自主的に動くようになり、私が動いたり、働きかける必要はほとんどなくなりました。
社員から勉強会に参加したい、資料を購入したいという要望も積極的に聞き入れるようにしています。社員たちは「会社が快くお金を出してくれたからには頑張らなければ」と考えてくれているようで、ボトムアップにしたことによる好循環は社内のさまさまなところで生まれています。
自由な雰囲気の社風という面では、1年のうちの半分はカジュアルな服での勤務を認める「スーパークールビス」を実施しています。さらにノーネクタイでの勤務を認める「クールビス」も1、2か月実施しているので、スーツとネクタイで勤務するのは年間3、4か月程度です。勤務時間は、8時始業、9時始業、10時始業の3形態あり、テレワークによる勤務も選ぶことができ、出社する場合のオフィスの座席はフリーアドレスにしています。
残業時間が激減したきっかけは「残業しない手当」
こうした自由な社風にしている背景には、社員の定着率を高めたいという思いがあります。これは業界全体の傾向でもありますが、「いろいろな事務所で経験を積みたい」と辞めていくケースが多いからです。定着率を高めるためには「とどろき会計事務所で働きたい」という理由作りが必要だという考えが根底にあります。
最初に手を付けたのは、働きやすい職場作りを目的とした残業時間の削減です。残業しなかった人に手当を付ける「残業しない手当」を開始しました。最初は「残業しない手当」というインセンティブがきっかけになりますが、そのうち、社員自身が残業しないことの本質的なメリットに気付きます。仕事の疲れが減り、プライベートの時間が増えたり、そのメリットを享受すると、社員が自主的に時間内に終わらせるための工夫に取り組むようになりました。それから2年後、「残業しない手当」を撤廃しても、時間内に仕事を終えられるスキルを身に付けた社員が増えており、気が付けば社内に残業しない風土ができあがりました。
なお、劇的に残業時間を減らすことができた背景には社内のぺーパーレス化も無関係ではありません。まず、ペーパーレス化により、お客様に書類を持参するための移動時間や郵送のための手配の時間が大幅に削減できました。また、お客様とのやり取りをデータ化することで、オンラインやクラウド上でお客様の問題解決をできるようになり、さらに作業時間が削減しています。結果として、ペーパーレス化&データ化前は約3時間かかっていた業務が、今では10分程度に短縮されました。
お客様にもペーパーレス化への切り替えを提案する時も、SDGs、DX化などが注目されている世相も後押しになり、スムーズに受け入れてもらうことができました。
後継者不在や人手不足でお悩みの同業者からの引継ぎ相談歓迎
M&Aについては、税理士法人や個人経営の会計事務所などで積極的に考えており、既に4度の実績があります。想定している引継ぎ先は、人手不足で事業継続に苦労されているところや、後継者不在で今後のことを考えている同業者です。特に小規模な会計事務所では人手不足が一番苦労している部分だと思います。クライアントのニーズに応えられず、顧客が減少しているケースも少なくありません。弊法人がご一緒させていただくことで、スケールメリットやシナジー効果も生み出せて、何よりお互いに新たな知見やノウハウを得るきっかけにもなります。直近では2021年に1社の引き継ぎを実施しております。新たなスタッフが加わり、お客様も増えたことで、社内も活気づき、好循環が生まれていました。
今後は1年に1回くらいのペースでM&Aをしていければと考えているところです。そしてM&Aを進めていく過程で、社員数を100人超えるという目標を掲げています。単純な拡大路線としての100人という意味ではなく、ボトムアップ型の弊社で100人のアイデアが集まれば、今以上にワクワクドキドキするような会計事務所にできると思うからです。
会社概要
社名 | 税理士法人とどろき会計事務所 |
創立年 | 1992年 |
代表者名 | 代表社員 轟 勝之 |
本社住所 |
170-0013 東京都豊島区東池袋1-21-11 オーク池袋ビルディング4階 |
事業内容 | 税務サポート - 法人税務(顧問) - 確定申告 - クラウド会計 - 事業承継 医業サポート - 医療法人経営コンサル - 医療法人設立、クリニック開業 相続サポート - 生前相続対策 - 相続税申告 |
URL |
https://todoroki-tax.or.jp/
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会社沿革
1992年 | 轟 勝之税理士事務所を開業 |
2011年 | 税理士法人に改組。法人名を「税理士法人とどろき会計事務所」に変更 |
税理士法人とどろき会計事務所の経営資源引継ぎ募集情報
公開日:2023/02/20 (2023/02/22修正)
※本記事の内容および所属名称は2023年2月現在のものです。現在の情報とは異なる場合があります。