越谷
越谷市
港区
引継ぎ実績あり
ホスピタリティの高い人財と真心のこもった手厚いサービスで顧客満足度4年連続日本一
CSリレーションズ株式会社
一人でも多くのお客様や仲間に、良い影響を与えたい
経営理念
『ALL WIN』
経営理念の3つが同時に実現する好循環を生み出す為に我が社は存在します。
そのために我が社は経験理念の「ALL WIN」を実践しています。
お客様が喜び
常にお客様の立場で考え、品質の高いサービスを価値ある価格で、最高の人財が提供します。
社員が喜び
お客様の喜びを自分の喜びと成長につなげ、経済的・精神的に豊かになります。
社会が喜ぶ
お客様の喜びと社員の喜びを会社の成長につなげ、永続的に繁栄する企業にし、関わる人や関わる企業に良い影響を与えつつ、人財育成・雇用・納税を通し、日本国の繁栄に貢献します。
代表者メッセージ
私たちのビジョンは、「良い影響を与える人間力集団となり、日本中を明るく元気にすること」です。2022年現在、従業員数は200名に迫る規模になりましたが、このビジョンは創業当時から変わりません。我々に関わるお客様に良くなって欲しい、そして我が社と共に歩んでくれる従業員の皆にも良い影響を与えられる人間に自立してほしい。その為の手法として、成長の場として事業があります。
代表取締役社長 増田 恭章
私たちのこだわり
最年少で社内トップの業績を打ち立て、自信を糧に起業するも挫折
埼玉県春日部市で生まれ育ち、埼玉県内の高校を卒業後は、自己成長や挑戦ができて稼げる職業に就きたいと思い、レジャークラブやゴルフ会員権を扱う企業の営業職に就きました。昔から、やると決めたら最後までやり遂げたい性格であり、昼夜問わず営業活動に打ち込み最年少で社内トップの業績を打ち立てたことで、社内外から信頼を得られるようになっていきました。営業職での4年間の経験を通じて自信がついたことで、さらに発展的な仕事に挑戦したいと思うようになり、23歳の時に退職し、5人の仲間とともにトイレのエアタオル販売を行う会社を設立しました。
創業時は、ビジネスモデルや企業方針等の計画もそこそこに、商品が売れさえすれば事業として成り立つだろうと営業力を武器に販売先を獲得していきましたが、業態としてはフロービジネス(顧客との取引が一回限りのビジネスモデル)であったため新規顧客を獲得し続けなければならず、営業エリアも徐々に遠方になって移動費がかさみ、その分利益も得られにくくなっていきました。また製品のリース契約期間は4年間でしたが、その半分の2年ほどで製品が故障してクレーム対応に追われるようになり、3年を待たずして廃業することになりました。
単身でアメニティ事業を創業し、再出発を図る
廃業後も苦しい状況は続き、返済に追われる日々が続きました。しかし「負けたまま終わりにしたくない、もっとやれた」という後悔が、徐々に「もう一度挑戦したい」と前向きな気持ちに変わり、次の事業で再出発をしようと計画を練り始めました。トイレの事業を通じて知り合った株式会社アメニティの当時の社長である山戸社長に相談したところ意気投合し、1995年(平成7年)1月、26歳の時に同社FC本部と契約を交わし店舗名「CSアメニティ」を開業しました。翌2月には弊社の前身となる「クリーンアップサービス」創業し、自宅2階に事務所を構えて営業や事務、現場作業まで全て単身で取り組み始めました。
クリーンアップサービスを創業した当初は、トイレ関連事業の競合も少なく、良いポジショニングでスタートすることができました。埼玉県や東京都のトップ企業を顧客にできれば他社からの信頼も得られるだろうと考え、単身で飛び込み営業を続けました。その成果が実り、創業翌年には大手ファストフードチェーン店、翌々年には大手ホームセンターとの取引を開始して、順調に業績を伸ばしていきました。
創業3年目からは、家族や知人の協力が得られるようになったことでより多くのお客様に対応できるようになり、7年目に社員12人を雇うようになってからは売上も1億円を突破し、会社として安定したように見えました。
事業継続の危機を経て、理念型採用に舵を切る
しかし創業10年目を前にして突然、ほとんどの社員が退職してその対応に追われ、一時期は事業の継続が困難な状況に陥りました。当時を思い返すと、会社や仕事の意義を理解してほしい一心で、細かく指導をしすぎてしまったことが社員の成長の妨げになっていたのかもしれません。私が動くほど社員は考えなくなり、言われたことをただこなすだけになって人財や組織は育たず、社員同士の信頼も生まれず、結果的に多くの離職者を見送ることになりました。
会社という場所や理念の大切さを社員と共有できるまでにできなかった自身の至らなさと、人を変える力の無さを身をもって知り、これを機に弊社の理念に共感してもらえた人を採用する「理念型採用」に舵を切って、人財育成に本気で取り組んでいこうと固く決意しました。
理念型採用を開始した当初は、中途採用者がほとんどでした。労働環境に恵まれず会社という場所に不信感を持っている人が多いように感じられたため、教育よりも愛情が必要だと思い、社員同士が家族のように信頼し合える関係性を築けるように見守り、時に厳しく社員を育てていきました。会社の体制が整うようになった2001年には、社員を自走可能な新幹線車両に見立てた「新幹線型経営」を打ち出し、一つの目的に向かいながらも社会変化に迅速に対応できる企業体を目指してきました。
アメニティ事業に加え、店舗型の通信事業を開始
商業施設がトイレの衛生に気を遣うようになったのはここ10数年ほどであり、アメニティ事業を開始した当初は、どこの店舗もトイレをきれいにしようという意識は低い状態でした。競合が少なかったのもそのためです。営業にトイレの維持管理や改修のお手伝いを申し出ても「トイレにお金をかけるくらいだったら他にかける」などと断られることも多かったため、自分で店舗を持てばお客様の気持ちも理解できるようになるのではと思うようになり、通信事業を営んでいる昔馴染みの先輩に相談してFC店舗に加入させてもらい、業界の知識や店舗運営についても教えてもらいながら創業10年後の2005年に通信事業部を設立しました。
通信事業者としての出発は最後発であったため、駅前や商業施設など人の集う最適地には既に同業他社の店舗があり、やむなく三等立地の住宅街に1号店を出店しました。しかし、不利な立地でも、お客様に親身に寄り添える人財を育て、需要があるサービスを心を込めて提供できるようにすれば、勝機はあると考えました。お客様が喜び同業他社が嫌厭しがちなサービスに率先して取り組んでいったことで、この業界には珍しく固定客が増え、ファミリー層を中心にご利用いただけるようになりました。三世代にわたりご利用いただいているお客様もいます。お客様からスタッフへのお土産や差し入れをいただく事も多く、お客様を想う手厚いサービスを通じて、社員も、弊社も信頼していただけるようになったのだと実感しています。
新卒採用を開始し、いち早く馴染める環境づくりに注力
2007年にはCSリレーションズ株式会社に商号を変え、より未来を見据え自社の人材を育成するために2008年(平成20年)新卒採用を開始しました。企業の財産はよく「人、物、金」と言われますが、私は「人、人、人」だと思っており、会社の入口にあたる採用はやはり重要です。就職説明会では、経営者である私自身の口で事業内容や経営理念を伝え、応募者と会社側が互いに判断し合う機会として最終選考での合宿を設けるようにしました。入社後も内定者がいち早く馴染めるように店舗でのインターンシップ期間を1年間設けたところ中途退職者も少なくなり、新卒採用で入社した1期生、2期生の成長とともに、会社も組織として少しずつ安定していきました。
また、同時期に自由参加の社内勉強会も開始しました。初年度は私が月1回講師を務め、次年度は毎週月曜と月1回土曜に私と幹部5人が講師を勤め、3年目からは社員が順番に講師を務めるようにして、相手がより深く理解するためにはどう伝えればいいかを、自分で考え、自らの言葉で工夫して伝えるようにしています。
お客様、社員、地域社会が豊かになる経営「ALL WIN」を実践
会社の成長と同時に社員が増え、組織としての制度作りが改めて必要だと感じるようになった12期(2005頃)には、初めて経営計画書を作成しました。この計画書は、ダスキンのフランチャイズ1号店として業績を上げ、中小企業の経営サポートも行っている(株)武蔵野の経営計画書をベースに、弊社が創業時から掲げている「ALL WIN」の考えを盛り込み、毎年改定を続けながら自社の仕様にしていきました。経営理念である「ALL WIN」は、お客様と社員の喜びを社会貢献に繋げる企業を目指し考案しました。小さいエリアで部分最適、自己本位なビジネスをしているだけでは長続きしないことは二度の失敗で痛いほど理解しており、以来ずっとこだわり続けています。
弊社の通信事業のキャリアショップの場合は、半径2km圏内に住む方がお客様となることから、お客様に「いつ来てもいいね」と言ってもらえるような継続的なサービスと店づくりをし続けています。お客様の感謝の気持ちが、社員の成長と自社の繁栄に繋がり、ゆくゆくは社会に良い影響をもたらすからです。後継者不在の企業を譲受し、地域の雇用の受け皿になりながら事業を発展させていくことも貢献の一つだと考えています。弊社の運営するキャリアショップ28店舗(2022年7月現在)のうち半分の14店舗はM&Aで譲受した先であり、地域のお客様には人とサービスの両面で喜んでいただけています。
また、地域社会への感謝の気持ちを形にしながら、臭い、恐い、汚い、暗いの4Kを快適にしつつトイレ診断士を社会的に認知してもらおうと、2014年~2017年には、埼玉県和光市とネーミングライツの契約を結び、和光市駅前の公衆トイレのリニューアルや衛生管理を受託しました。2019年~2022年にも埼玉県新座市でネーミングライツ契約を締結し、自社理念を盛り込んだ「新座ALL-WINトイレ」を愛称にして、市、地元企業、大学などの協力を得て地域が一体となり、公衆トイレの環境改善を図れるようにました。
今年2022年(令和4年)3月には、新業態となるカフェ併設型の店舗を構えました。弊社創業の出発点となった越谷市は、私が高校生の時から遊んでいた中心街であり、かつては若者が集まる商店街でしたが、現在はシャッター通りとなり活気が無くなってしまいました。埼玉県は東京都のベッドタウンであり、少し足を伸ばせば表参道や青山などおしゃれなカフェもありますが、都心に出ずとも友人や家族が気軽に集い楽しく過ごせる場所を弊社が創出することで街の活性化に繋げ、地域の方の地元愛を醸成したいと考えました。大手通信事業者がカフェ事業に着手しながらも軒並み撤退していたこともあり、やはり反対の声は多くありましたが、今までに無いことへの挑戦はいつだってリスクが伴うものです。失敗したらやり方を変えればいいと前向きに捉え、スタートに踏み切りました。このカフェが交流を促す憩いの場となり、地域活性化と相乗効果に繋がればと思います。
事業承継を通じて、人と社会に好循環を与える日本一の企業を目指す
弊社では現在、主に通信事業、アメニティの2事業を展開しており、ホスピタリティの高い「人」の成長を軸にした手厚いサービス提供が最大の強みとなっています。
事実、当社が運営するソフトバンクショップに関してはNPS(ネットプロモータースコア)という顧客満足度を測る指標で、4年連続日本一を獲得しています。その他にも、ご来店されたお客様が任意で投稿される「Google口コミ」においても、1店舗2000件以上の口コミを頂いておりまして、日本中探しても他にはない当社だけの強みです。その甲斐あって、毎日5件以上の「お客様からの差し入れ」を頂いており、地域の皆様に愛され続けながら運営をしております。
通信事業のキャリアショップ28店舗のうち14店舗がM&Aでの譲受した先であることは前述しましたが、譲渡先が決まらないショップを弊社が引継ぎ、弊社の教育方法を実践したことで業績を立て直した実績も多くあるため、店舗型であればどんな業種にも対応できる自信があります。M&Aを検討している事業主様も安心してお声かけいただければと思います。弊社としては、PMI(M&A統合後のプロセス)の際に会社や経営者の考え方が重要になると考えているため、理念や経営方針が近い企業と話せたらと考えています。
今後も人や社会から頼られ、好循環を与えられる日本一の企業を目指し、スモールM&Aにより事業譲渡に悩む中小企業を支援しながら、地域社会とそこで生活する皆様の役に立っていきたい考えです。
最年少で社内トップの業績を打ち立て、自信を糧に起業するも挫折
埼玉県春日部市で生まれ育ち、埼玉県内の高校を卒業後は、自己成長や挑戦ができて稼げる職業に就きたいと思い、レジャークラブやゴルフ会員権を扱う企業の営業職に就きました。昔から、やると決めたら最後までやり遂げたい性格であり、昼夜問わず営業活動に打ち込み最年少で社内トップの業績を打ち立てたことで、社内外から信頼を得られるようになっていきました。営業職での4年間の経験を通じて自信がついたことで、さらに発展的な仕事に挑戦したいと思うようになり、23歳の時に退職し、5人の仲間とともにトイレのエアタオル販売を行う会社を設立しました。
創業時は、ビジネスモデルや企業方針等の計画もそこそこに、商品が売れさえすれば事業として成り立つだろうと営業力を武器に販売先を獲得していきましたが、業態としてはフロービジネス(顧客との取引が一回限りのビジネスモデル)であったため新規顧客を獲得し続けなければならず、営業エリアも徐々に遠方になって移動費がかさみ、その分利益も得られにくくなっていきました。また製品のリース契約期間は4年間でしたが、その半分の2年ほどで製品が故障してクレーム対応に追われるようになり、3年を待たずして廃業することになりました。
単身でアメニティ事業を創業し、再出発を図る
廃業後も苦しい状況は続き、返済に追われる日々が続きました。しかし「負けたまま終わりにしたくない、もっとやれた」という後悔が、徐々に「もう一度挑戦したい」と前向きな気持ちに変わり、次の事業で再出発をしようと計画を練り始めました。トイレの事業を通じて知り合った株式会社アメニティの当時の社長である山戸社長に相談したところ意気投合し、1995年(平成7年)1月、26歳の時に同社FC本部と契約を交わし店舗名「CSアメニティ」を開業しました。翌2月には弊社の前身となる「クリーンアップサービス」創業し、自宅2階に事務所を構えて営業や事務、現場作業まで全て単身で取り組み始めました。
クリーンアップサービスを創業した当初は、トイレ関連事業の競合も少なく、良いポジショニングでスタートすることができました。埼玉県や東京都のトップ企業を顧客にできれば他社からの信頼も得られるだろうと考え、単身で飛び込み営業を続けました。その成果が実り、創業翌年には大手ファストフードチェーン店、翌々年には大手ホームセンターとの取引を開始して、順調に業績を伸ばしていきました。
創業3年目からは、家族や知人の協力が得られるようになったことでより多くのお客様に対応できるようになり、7年目に社員12人を雇うようになってからは売上も1億円を突破し、会社として安定したように見えました。
事業継続の危機を経て、理念型採用に舵を切る
しかし創業10年目を前にして突然、ほとんどの社員が退職してその対応に追われ、一時期は事業の継続が困難な状況に陥りました。当時を思い返すと、会社や仕事の意義を理解してほしい一心で、細かく指導をしすぎてしまったことが社員の成長の妨げになっていたのかもしれません。私が動くほど社員は考えなくなり、言われたことをただこなすだけになって人財や組織は育たず、社員同士の信頼も生まれず、結果的に多くの離職者を見送ることになりました。
会社という場所や理念の大切さを社員と共有できるまでにできなかった自身の至らなさと、人を変える力の無さを身をもって知り、これを機に弊社の理念に共感してもらえた人を採用する「理念型採用」に舵を切って、人財育成に本気で取り組んでいこうと固く決意しました。
理念型採用を開始した当初は、中途採用者がほとんどでした。労働環境に恵まれず会社という場所に不信感を持っている人が多いように感じられたため、教育よりも愛情が必要だと思い、社員同士が家族のように信頼し合える関係性を築けるように見守り、時に厳しく社員を育てていきました。会社の体制が整うようになった2001年には、社員を自走可能な新幹線車両に見立てた「新幹線型経営」を打ち出し、一つの目的に向かいながらも社会変化に迅速に対応できる企業体を目指してきました。
アメニティ事業に加え、店舗型の通信事業を開始
商業施設がトイレの衛生に気を遣うようになったのはここ10数年ほどであり、アメニティ事業を開始した当初は、どこの店舗もトイレをきれいにしようという意識は低い状態でした。競合が少なかったのもそのためです。営業にトイレの維持管理や改修のお手伝いを申し出ても「トイレにお金をかけるくらいだったら他にかける」などと断られることも多かったため、自分で店舗を持てばお客様の気持ちも理解できるようになるのではと思うようになり、通信事業を営んでいる昔馴染みの先輩に相談してFC店舗に加入させてもらい、業界の知識や店舗運営についても教えてもらいながら創業10年後の2005年に通信事業部を設立しました。
通信事業者としての出発は最後発であったため、駅前や商業施設など人の集う最適地には既に同業他社の店舗があり、やむなく三等立地の住宅街に1号店を出店しました。しかし、不利な立地でも、お客様に親身に寄り添える人財を育て、需要があるサービスを心を込めて提供できるようにすれば、勝機はあると考えました。お客様が喜び同業他社が嫌厭しがちなサービスに率先して取り組んでいったことで、この業界には珍しく固定客が増え、ファミリー層を中心にご利用いただけるようになりました。三世代にわたりご利用いただいているお客様もいます。お客様からスタッフへのお土産や差し入れをいただく事も多く、お客様を想う手厚いサービスを通じて、社員も、弊社も信頼していただけるようになったのだと実感しています。
新卒採用を開始し、いち早く馴染める環境づくりに注力
2007年にはCSリレーションズ株式会社に商号を変え、より未来を見据え自社の人材を育成するために2008年(平成20年)新卒採用を開始しました。企業の財産はよく「人、物、金」と言われますが、私は「人、人、人」だと思っており、会社の入口にあたる採用はやはり重要です。就職説明会では、経営者である私自身の口で事業内容や経営理念を伝え、応募者と会社側が互いに判断し合う機会として最終選考での合宿を設けるようにしました。入社後も内定者がいち早く馴染めるように店舗でのインターンシップ期間を1年間設けたところ中途退職者も少なくなり、新卒採用で入社した1期生、2期生の成長とともに、会社も組織として少しずつ安定していきました。
また、同時期に自由参加の社内勉強会も開始しました。初年度は私が月1回講師を務め、次年度は毎週月曜と月1回土曜に私と幹部5人が講師を勤め、3年目からは社員が順番に講師を務めるようにして、相手がより深く理解するためにはどう伝えればいいかを、自分で考え、自らの言葉で工夫して伝えるようにしています。
お客様、社員、地域社会が豊かになる経営「ALL WIN」を実践
会社の成長と同時に社員が増え、組織としての制度作りが改めて必要だと感じるようになった12期(2005頃)には、初めて経営計画書を作成しました。この計画書は、ダスキンのフランチャイズ1号店として業績を上げ、中小企業の経営サポートも行っている(株)武蔵野の経営計画書をベースに、弊社が創業時から掲げている「ALL WIN」の考えを盛り込み、毎年改定を続けながら自社の仕様にしていきました。経営理念である「ALL WIN」は、お客様と社員の喜びを社会貢献に繋げる企業を目指し考案しました。小さいエリアで部分最適、自己本位なビジネスをしているだけでは長続きしないことは二度の失敗で痛いほど理解しており、以来ずっとこだわり続けています。
弊社の通信事業のキャリアショップの場合は、半径2km圏内に住む方がお客様となることから、お客様に「いつ来てもいいね」と言ってもらえるような継続的なサービスと店づくりをし続けています。お客様の感謝の気持ちが、社員の成長と自社の繁栄に繋がり、ゆくゆくは社会に良い影響をもたらすからです。後継者不在の企業を譲受し、地域の雇用の受け皿になりながら事業を発展させていくことも貢献の一つだと考えています。弊社の運営するキャリアショップ28店舗(2022年7月現在)のうち半分の14店舗はM&Aで譲受した先であり、地域のお客様には人とサービスの両面で喜んでいただけています。
また、地域社会への感謝の気持ちを形にしながら、臭い、恐い、汚い、暗いの4Kを快適にしつつトイレ診断士を社会的に認知してもらおうと、2014年~2017年には、埼玉県和光市とネーミングライツの契約を結び、和光市駅前の公衆トイレのリニューアルや衛生管理を受託しました。2019年~2022年にも埼玉県新座市でネーミングライツ契約を締結し、自社理念を盛り込んだ「新座ALL-WINトイレ」を愛称にして、市、地元企業、大学などの協力を得て地域が一体となり、公衆トイレの環境改善を図れるようにました。
今年2022年(令和4年)3月には、新業態となるカフェ併設型の店舗を構えました。弊社創業の出発点となった越谷市は、私が高校生の時から遊んでいた中心街であり、かつては若者が集まる商店街でしたが、現在はシャッター通りとなり活気が無くなってしまいました。埼玉県は東京都のベッドタウンであり、少し足を伸ばせば表参道や青山などおしゃれなカフェもありますが、都心に出ずとも友人や家族が気軽に集い楽しく過ごせる場所を弊社が創出することで街の活性化に繋げ、地域の方の地元愛を醸成したいと考えました。大手通信事業者がカフェ事業に着手しながらも軒並み撤退していたこともあり、やはり反対の声は多くありましたが、今までに無いことへの挑戦はいつだってリスクが伴うものです。失敗したらやり方を変えればいいと前向きに捉え、スタートに踏み切りました。このカフェが交流を促す憩いの場となり、地域活性化と相乗効果に繋がればと思います。
事業承継を通じて、人と社会に好循環を与える日本一の企業を目指す
弊社では現在、主に通信事業、アメニティの2事業を展開しており、ホスピタリティの高い「人」の成長を軸にした手厚いサービス提供が最大の強みとなっています。
事実、当社が運営するソフトバンクショップに関してはNPS(ネットプロモータースコア)という顧客満足度を測る指標で、4年連続日本一を獲得しています。その他にも、ご来店されたお客様が任意で投稿される「Google口コミ」においても、1店舗2000件以上の口コミを頂いておりまして、日本中探しても他にはない当社だけの強みです。その甲斐あって、毎日5件以上の「お客様からの差し入れ」を頂いており、地域の皆様に愛され続けながら運営をしております。
通信事業のキャリアショップ28店舗のうち14店舗がM&Aでの譲受した先であることは前述しましたが、譲渡先が決まらないショップを弊社が引継ぎ、弊社の教育方法を実践したことで業績を立て直した実績も多くあるため、店舗型であればどんな業種にも対応できる自信があります。M&Aを検討している事業主様も安心してお声かけいただければと思います。弊社としては、PMI(M&A統合後のプロセス)の際に会社や経営者の考え方が重要になると考えているため、理念や経営方針が近い企業と話せたらと考えています。
今後も人や社会から頼られ、好循環を与えられる日本一の企業を目指し、スモールM&Aにより事業譲渡に悩む中小企業を支援しながら、地域社会とそこで生活する皆様の役に立っていきたい考えです。
会社概要
社名 | CSリレーションズ株式会社 |
創立年 | 1995年 |
代表者名 | 代表取締役社長 増田 恭章 |
資本金 | 1000万円 |
事業エリア |
東京オフィス
105-0001 東京都港区虎ノ門1-10-5 KDX虎ノ門一丁目ビル11階 |
SoftBank神楽坂 | |
SoftBank志村坂上 | |
SoftBank南鳩ヶ谷 | |
SoftBank草加駅前 | |
SoftBank草加松原 | |
SoftBank伊奈 | |
SoftBank北越谷 | |
SoftBank越谷中央 | |
SoftBank新習志野 | |
SoftBank逗子 | |
SoftBank三浦海岸R134 | |
SoftBank古河 | |
SoftBank結城 | |
SoftBank下館 | |
auショップ甲府和戸 | |
auショップ甲府昭和 | |
テルルモバイル成増店 | |
テルルモバイル草加花栗店 | |
テルルモバイル東川口店 | |
テルルモバイル蒲生店 | |
テルルモバイル宮野木店 | |
テルルモバイル南流山店 | |
テルルモバイル松戸五香店 | |
テルルモバイル上大岡店 | |
テルルモバイル新越谷店 | |
スマホとカフェ。 | |
本社住所 |
343-0846 埼玉県越谷市登戸町27-20 CSスクエア |
事業内容 | 通信事業本部 アメニティ事業部 法人ソリューション事業部 カフェ事業部 |
URL |
https://www.cs-relations.co.jp/
|
会社沿革
1995年 | 2月 株式会社クリーンアップサービス設立 2月 東急ハンズ様 取引開始 |
1996年 | 4月 日本マクドナルド株式会社様 取引開始 |
1997年 | 6月 株式会社島忠様 取引開始 |
1998年 | 4月 官公庁(春日部市役所、埼玉県庁) 取引開始 |
2001年 | 3月 国立病院(国際医療センター等) 取引開始 |
2002年 | 4月 株式会社ニュートン様 取引開始 |
2004年 | 11月 新社屋施工 本社を越谷市登戸町(現在地)移転 |
2005年 | 2月 通信事業部設立(株式会社ピーアップ様業務提携) 11月 越谷市優良事業所表彰 12月 i-camera事業部設立 |
2006年 | 6月 テルルモバイル鎌ヶ谷店オープン 12月 テルルモバイル南流山店オープン |
2007年 | 7月 CSリレーションズ株式会社に商号変更 |
2008年 | 1月 テルルモバイル蒲生店オープン |
2010年 | 4月 ソフトバンク新習志野店オープン |
2011年 | 8月 ソフトバンク伊奈店オープン 12月 テルルモバイル松戸五香店オープン |
2013年 | 7月 ソフトバンク北越谷店オープン |
2014年 | 2月 テルルモバイル宮野木店オープン 3月 テルルモバイル草加花栗店オープン 7月 ソフトバンク南鳩ヶ谷店オープン 12月 和光市駅前トイレネーミングライツ事業スタート |
2016年 | 3月 ソフトバンク草加松原店オープン |
2017年 | 5月 ショップ甲府和戸・甲府昭和店オープン 7月 SoftBank神楽坂店オープン |
2018年 | 1~3月 テルル4店舗オープン(東川口・成増・上大岡・上板崎) 6月 もしもし保育園(SoftBank草加松原店内)オープン 7月 SoftBankㆍYmobile志村坂上店オーブン 8月 SoftBank逗子・三浦海岸店オープン 9月 SoftBank草加駅前店・テルル稲毛店オープン |
2019年 | 3月 ネーミングライツ「新座市駅前トイレ」スタート 4月 Ymobile草加店オープン 10月 日本橋オフィス・セミナールームオープン |
2020年 | 5月 SoftBank古河・結城店オープン 11月 SoftBank下館店オープン |
2022年 | 2月 テルル新松戸 オープン 3月 テルル新越谷 オープン 新業態 スマホとカフェ オープン |
CSリレーションズ株式会社の経営資源引継ぎ募集情報
公開日:2024/11/25
※本記事の内容および所属名称は2024年11月現在のものです。現在の情報とは異なる場合があります。