中小企業のM&A(事業承継)を、買い手も売り手も上手くいくノウハウをお伝えします。日本の中小企業を取り巻く後継者不足の問題は、10年前から言われておりますが、解決の糸口は見えていません。このコラムでは、事業を引き継ぐ上での適切なアプローチ方法から、引き継ぐにあたっての覚悟や心構え、引継ぎ後の事業統合の進め方などをご紹介します。
中小企業のM&A(事業承継)を、買い手も売り手も上手くいくノウハウをお伝えします。日本の中小企業を取り巻く後継者不足の問題は、10年前から言われておりますが、解決の糸口は見えていません。このコラムでは、事業を引き継ぐ上での適切なアプローチ方法から、引き継ぐにあたっての覚悟や心構え、引継ぎ後の事業統合の進め方などをご紹介します。
昨今、事業承継・M&Aについて新聞でも多く見かけるようになりました。ただスモールM&Aについては事例や実態について開示されている情報は少ないように思います。
2025年にリタイア適齢期(70歳)を迎える中小企業経営者のうち、約半数の127万人が後継者が決まっていないとされています。日本企業全体の1/3に相当し、また後継者不足で廃業する中小企業の50%は経常黒字と言われており、経済産業省の資産では2025年までに約650万人の雇用、GDP22兆円が失われるとされています。こちらの日本の中小企業を取り巻く事業承継課題については約10年前から言われておりますが、いまだに解決の糸口が見えていないのが現状です。
承継先は主に親族内承継、役員・従業員承継(親族外)、社外承継(M&A等)の3者が一般的です。会社の経営権や資産、負債など事業にまつわる全てのものを次の経営者が引き継ぎますが、中小企業のM&Aで最も大切なのは譲渡企業の理念について譲受企業に理解していただくことです。中小企業において会社や事業は経営者にとって人生そのもので、報道にあるような「買収」や「売却」、「投資回収期間が何年」というような言葉では言い表せないことだと現場で感じてきました。価値算定をファイナンスの方法で導き出すことは容易にできますが、現場で行なわれる交渉の殆どが、「従業員の年収は守ってもらえるかな」、「会社の名前は残すことができるかな」などのファイナンスの世界では一切語られることのない、いわゆる定性的な話が9割9分を占めています。つまり中小企業のM&Aは譲渡企業側の価値観を引き継ぐことが大切であるということです。
4月に出版した著書「事業承継 買い手も売り手もうまくいくリアルノウハウ」(https://www.amazon.co.jp/dp/4828423931)では、我々が経験してきた中小企業の事業承継・M&Aについてお伝えしています。この本で特に重きをおいているのが次の3点です。
M&Aが完了する時=お金の決済が完了した時、と思われる方は多くいらっしゃるかと思いますが、実際にはその後が本番です。その後どんな行いをすると中小企業のM&Aはうまくいくのかについて解説いたします。
多くの経営者の方が、良い案件とすぐ出会えると思っています。ただ、良い案件を迎えるには準備が必要です。その一つに目利き力を高めることがあります。とにかく多くの案件と出会う機会をつくり、「案件に対する目利き力」を高めた上で、即決できる経営者としての能力を磨き上げる事が重要です。
では、どうやったら数多くの案件と出会えると思いますか?
答えは身近にあります。金融機関やM&Aの仲介会社と上手に付き合うことです。
金融機関の担当者から距離をおかれてしまった社長のケースをご紹介します。
買い手企業となる社長から「事業の安定感に欠けるから、多角化を目指したい。どんな案件でもいいから持ってきてくれる?」とのご相談を受けました。後日、何件か案件をお持ちしましたがその際、社長は「何でもいいと言ったけど、全てリスクが大きすぎるよ!」と文句をいただきました。その後数週間経って別の案件をご紹介しました。すると「ワクワクしない案件だね」と。つまり、社長は経営戦略がはっきりしてない状況にもかかわらず案件を紹介してほしいというわけなんです。これでは、アドバイザーとしては社長とのお付き合いを考えてしまいます。
買い手企業にとって何のためのM&Aなのかその目的がはっきりしていないとアドバイザーは困ってしまいます。自社商品をより付加価値をつけたい?販路拡大?事業の多角化?縦・横の展開?などの経営戦略がはっきりとアドバイザーに伝わると、具体的な案件を紹介しやすく、またアドバイザーが買い手企業にとって良い案件と出会えた時に、パッと買い手企業の社長のお顔が浮かび上がるものです。
良い案件に出会ったとしても、M&Aを成功させるには売り手企業の方に「この企業に事業を引き継いで頂きたい」と思ってもらわなければいけません。企業間で取引を進める中で、買い手候補から除外されてしまったり、売り手企業に不安を与えてしまったケースをご紹介します。
プラスチックの射出成形機を引き継ぐことを検討していた社長は、案件情報に対する質疑応答の際に、細かいことがかなり気になる性格だったため、「今後どうなんですか、生産の予測などを提出してもらえませんか?」など質問を連発されました。しかし、生産の予測など、中小企業は今後どうなっていくかわからない中で経営に取り組まれています。質問のしすぎは売り手社長に不安を与えてしまうため、質問のキャッチボールは多くても2回ぐらいまでにして、細かい論点はデューデリジェンスで確認するのが良いでしょう。
また、トップ面談は特に重要です。事業継承に悩む経営者と引継ぎを検討している経営者が初めて対面する瞬間ですので、慎重に進める必要があります。
例えば、売り手社長が正装でいらっしゃっているのに、買い手社長に作業用のつなぎで来られたら、売り手社長側は不快に感じてしまいそうですよね。トップ面談では清潔感のある服装で臨み、相手先に対してリスペクトの心を持って接すると、面談が上手く進むでしょう。菓子折りを持っていくこともその場の空気が紛れるため効果的です。
いよいよM&A成立、となっても、直前で想定外のトラブルが発生することはあります。その時にどういったアクションを取るのかが重要です。
あるケースでは、最終譲渡契約締結直前で、「ちょっと一回ストップできないか」という電話が売り手社長からかかってきて、やはり社員に事業継承のことを伝えるとなると不安だと伝えられました。しかし、買い手社長はこの状況に深い理解を示されて、「無期限に待ちます」と返答されました。最終的に、この電話の一か月半後に、「買収価格を引き下げて譲渡させて欲しい」という連絡がありました。つまり、このような想定外の出来事が起きたときに、譲渡に悩む経営者と会社に対し、愛情を持って接することが大事なことであると言えます。
M&Aが成立すると、最後は調印式が行われます。この調印式をしっかり行うことが、今後の売り手側からの協力体制を確立することにつながります。調印式は、長年ご経営をされてきた経営者の方々の引退に花道を添える、という感動のセレモニーにしましょう。
専務である弟と株を保有していた、建設業の社長のケースをご紹介します。この会社には社長と専務の他に、非一族の常務がいらっしゃいました。株式譲渡の場合、株式を保有していない常務は調印式には本来登場しない人物ですが、社長から、「常務は親族同然なので、どうにか出してもらえないか」という提案があり、調印式やその後の懇親会に出ていただきました。その後もこの役員の3名はPMI(M&A成立後の経営統合プロセス)にもご協力頂き、案件の受注や情報の提供など事業譲渡後も献身的に買い手の経営者をサポートされていました。しっかりとした譲渡の調印式があったからこそ、このような最終的な関係が生まれます。
譲渡後には、PMIと呼ばれる非常に重要な100日間がやってきます。M&A成約はゴールではなく、想いを引継いでいくことが重要です。
ここで、シナジー実現を急ぎすぎたことによって、売り手社長から諫められてしまったケースをご紹介します。新古車販売を行うカーディーラーが、車検の内製化を狙って自動車整備工場を引き継ぎました。しかし大号令をかけた結果、整備工場がパンクするほどに忙しくなってしまい、現場から不満が爆発したという事例です。どんなに円満なM&A成約でも、企業統合後は買い手の従業員も売り手の従業員も今までとは違う環境に多少ストレスを感じることでしょう。成果を急ぎすぎると現場は混乱してしまいます。PMI時期は成果を出すことよりも、従業員の様子を気にかけることに注力した方が賢明でしょう。
また、経営統合作業を行っていると、予期せぬトラブルが起きるのは当たり前です。そこで有効となるのが、変革チームを組成することです。決して責任者1人に任せるのではなく、変革チームをつくることで、PDCAサイクルを作り出すことが可能となります。そして、変革チームには譲渡企業に元々いた社員の方を加えることも重要です。実際にあったケースでは、買い手社長が自分の右腕だった人を社長に就任させましたが、その社長がかなり使い込みをしてしまい大失敗をしてしまいました。変革チームの中のPDCAサイクルを作り出す作業メンバーは、譲渡側の社長とも話し合いながら誰が適切かを見極めて、譲受企業と譲渡企業の社員をミックスしたチームを作り上げていくのが良いでしょう。
いよいよ一番最後のフェーズです。やはりM&Aは経営統合ですからかなり大変ですが、M&Aをすることで良質なサイクルが生まれシナジー効果をもって経済効果を生み出すことが出来、なくてはならない事業承継の手法です。
事業統合の際には、文化や物事の違いなど、細かなことまで一つのラインに整えていく作業が必要になってきます。そこで相手の気持ちを考えながら統合していく場面を乗り切ることで、経営の質や社員の能力が著しく向上するのです。また、「あそこの会社って引き継いだあと、社員さんもにこにこして頑張っているよね」というような評判が地域内で生まれたり、メディアで名前が出たりしてまた評判になれば、社員が集まり、案件の相談が来ることにつながっていきます。こうしたサイクルが生まれ、M&Aを3社4社繰り返している経営者もいらっしゃいます。
そういった事業継承を多く行う企業が戦略を達成するには、独立採算制などを導入して、疑似的な社長を増やしていく作業がとても重要です。前で述べたM&Aを3社4社繰り返している運送業のケースでは、「会社を引き継ぐことになったのだけど、ぜひ社長をやってみたいという方はいますか?」と声を掛けたところ、女性の幹部の方が手を挙げたそうです。どこかの会社ではM&AのPMIは大変だから、社長は自分に回ってきてほしくないという雰囲気があるかもしれませんが、この会社では憧れのポジションとなっています。こういったポジティブな姿勢がどんどん案件を引き寄せるのです。
中小M&Aは、M&Aが成立しただけでは達成されません。もう一度譲受企業の心構えの5つのフェーズをまとめたいと思います。
①多くの企業を検討し目利き力を高め、経営戦略をはっきりさせておく
②売り手企業にリスペクトの気持ちを持って接する
③M&A成立直前のトラブルにも企業への愛情を持って対応する
④経営統合作業は、現場の様子を見つつ変革チームを組成して進める
⑤M&Aによって企業に良質なサイクルが生まれる
数年後にリタイア適齢期(70歳)を迎える中小企業経営者のうち、約半数は後継者が決まっていません。譲受企業になったときは、相手の企業の価値観を引き継ぐことを大切に、事業承継を行っていけると良いでしょう。
この著者によるコラム
ほかのコンサルタントコラム
© Copyright 2024 TGNR tokyo All rights reserved. "ツグナラ" and logomark / logotype is registered trademark.