ツグナラ
M&Aのプロセスと、買手・売手の心構え
2022.09.13 | M&A

M&Aのプロセスと、買手・売手の心構え

コロナ禍を経て、M&Aは事業承継の有用な手段として浸透し、中小・小規模事業者にとっていよいよ身近なものとなりました。M&Aに興味のある買手・売手に向けておおまかなプロセスや心構えについて解説します。

コロナ禍を経て、M&Aは事業承継の有用な手段として浸透し、中小・小規模事業者にとっていよいよ身近なものとなりました。M&Aに興味のある買手・売手に向けておおまかなプロセスや心構えについて解説します。

2021年までのM&A動向

近年、M&Aは中小企業の抱える事業承継の課題解決に繋がる有用な手段として浸透し、M&Aの相談窓口や支援機関も増えてきていることから、実施件数も右肩上がりに増えてきています。

M&A情報・データサイト「マールオンライン」によると、2020年のM&A件数は、コロナ禍の経済低迷に伴い3730件で8.8%減となりましたが、2021年には4280件で14.7%増加となり、2年振りに最多件数を更新しました。コロナ禍を機に各企業で事業の見直しが図られ、非中核事業の売却や新規事業への投資が進むなど、アフターコロナを見据えた最適化の動きがあったものと想定されます。この動きがM&Aをさらに活発化させる要因にもなりました。後継者不足、慢性的な人財不足等の課題は今後も続いていくことから、M&A件数も増加していく見込みとなっています。

M&Aがいよいよ身近になものになり、より具体的に知りたいという方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回はM&Aのおおまかな流れや、売手・買手それぞれの注意点や心構えについて解説していきます。

M&Aのプロセス

M&Aは、大まかには①準備 ②マッチング・交渉 ③最終契約の3つのフェーズに分けられます。M&Aにかかる期間は、会社の規模や交渉の進み具合等にもよりますが、第三者の支援を得て進める場合はおおむね半年から1年程度、長い場合は2年程かかることもあります。
フェーズごとにさまざまな手続きが必要となり手間や時間もかかるため、初めてM&Aを検討されている場合は、仲介業者や専門家のサポートを受けながら進めていく方が確実です。
M&Aの流れは以下の通りです。売手は(売)、買手は(買)表記としています。

①準備フェーズ

  • 目的の明確化(売・買)
  • 相談・問合せ(売・買)
  • 決算書三期分の準備(売)
  • 買収先の条件絞り込み(買)
  • ノンネームシート(会社名が特定できない形の案件概要書)の打診(買)
  • ロングリスト(M&A候補先のリスト)にアプローチ(買)
  • 秘密保持契約の締結(売)
  • 案件概要書(IM)など各種資料の提出(売)
  • 企業価値評価の実施・企業概要書の作成(売)

②交渉フェーズ

  • 秘密保持契約(NDA)の締結(買)
  • 企業概要書の確認(買)
  • アドバイザリー契約締結(買)
  • トップ面談(売・買)
  • 基本合意(売・買)

③最終契約フェーズ(売手・買手共通)

  • デューデリジェンス(買収対象企業の価値やリスク等を調査すること)
  • 最終合意
  • 最終契約の締結・クロージング
  • ディスクロージャー(M&A成約後、取引先や従業員等への情報開示)

買い手側の注意点・心構え

買手側としては技術や製造ノウハウを得たい、営業拠点が欲しいなど、自社事業を拡大する選択肢の一つとしてM&Aを検討されている企業も多いのではないでしょうか。しかしM&Aで譲り受けるその会社や事業は、売り手側の社員が総力を以て維持発展させてきた、何よりも大切な資産であることを忘れないで下さい。売手側の経営者は、従業員の譲渡後の待遇を気にかける方がほとんどであり、提示する買収金額の高低よりも、買手側の従業員に対する考え方や事業戦略から将来性を見据え、会社・事業・従業員を大切にしてくれるのかを判断しています。買手側は、売手側のその想いに見合った誠実さを示す必要があります。しかし将来的な確約は誰にもできません。だからこそ、経営者の価値観や経営哲学の根幹であり指針にもなっている「理念」を互いに知り、会社や事業、従業員を大切にできるかを、両者が真剣に理解し合おうとする姿勢が大切になっていきます。特に買手は譲受側になることから、率先して売手側の想いに寄り添い、信頼関係を構築しながら安心してもらえるような心配りも必要になります。実際に、売手と買手が互いの理念に深く共感し、M&A成約に至った事例もあります。

買手、売手が双方の企業文化や考え方、理念を知る機会としては、「M&Aの流れ」で前述した①の準備フェーズにある案件概要書(IM)共有後に、約1ヵ月間売り手側の経営者に質問できる期間があります。トップ面談前に売り手側から情報を得られる大切な期間であり、この期間をより有効的に使うには、質問リストを作成して売り手企業に聞きたいことを可視化し、情報を整理してから売り手企業に提示することをお勧めします。経営者としての生き方や企業文化が近ければ、承継後もうまく引き継げる可能性は高く、相乗効果により期待以上の成長を見込めるかもしれません。
また買い手側としては、既存取引先との契約内容や不良資産、簿外債務など、売り手側のマイナス部分も気になるところではありますが、デリケートな質問はデューデリジェンスのフェーズで専門家を通じて確認した方が角が立たずに済みます。いずれにしても、売り手側の負担にならないような気配りが必要です。

売り手側の注意点・心構え

譲渡側がM&A前にできることは、赤字や債務超過を放置せず要因を説明できるようにしておくこと自社株式を可能な限り集約することです。

赤字や債務超過があってもM&Aで譲渡できるケースはありますが、M&Aを選択するのはあくまで買手側の判断であることを意識しておく必要があります。自社の現状を明らかにすることは、買手だけではなく譲渡される従業員や株主、取引先の今後のためにも大切な準備であり、損失の要因がわかれば、買手側が改善策や解決策を見つけやすくなります。

また、M&A前に自社株式を集約しておけば、M&Aの期間が短くなるとともに事業継続に伴う負担も減り、買手側もスムーズに承継することができます。通常、買手側は売手側株式の100%買い集めを目指すことから、事前に整理を進めておけば買手の手間も減り、好印象を抱いてもらえるはずです。ただし、贈与税や相続税の価額はタイミングにより異なり、買手候補がいない状況下での株式集約はリスクも伴うため、専門家とともに計画的に進めていくのがベストです。

そして最も大事なのは、③最終契約フェーズにある、従業員への「ディスクロージャー(情報開示)」です。特に中小・小規模企業では、長年にわたり会社を支えてきた幹部社員、ベテラン社員への伝え方に気を付ける必要があります。M&Aに関して従業員が特に気にするのは「M&Aを選択した理由」「今後の従業員の処遇」であり、説明の際は買手側にも同席してもらい、従業員の不安や疑問を解消しながら、統合を前向きに捉えられるようにしていくことが大事です。PMI(M&A買収後の経営統合、業務統合、意識統合のプロセス)や今後の従業員の士気にも関わるため、このフェーズでは根気よく従業員に向き合っていくことが大切です。

M&A検討時は、早めの準備が大事

中小・小規模企業とのM&Aでは、金額や数字などでは表せない部分への互いへの理解度や真摯な姿勢が成功に大きく関わり、買手・売手両者が自社事業に真剣に向き合い、互いの今後のために最善を尽くすことが成功へのステップとなります。M&Aを検討し始めた場合には、早々に準備を始めることをお勧め致します。

水沼 啓幸
Writer 水沼 啓幸
水沼 啓幸
Writer 水沼 啓幸 ()
代表取締役 
中小企業診断士  MBA(経営学修士)  JMAA認定M&Aアドバイザー
2000年3月に高崎経済大学経済学部経営学科を卒業し、同年4月株式会社栃木銀行へ入行。主に、融資、法人営業を経験し、事業承継、中小企業金融に精通している。また、大学院では中小企業において今後問題化すると予想される『後継者の育成方法の研究やその支援の在り方』について深く研究する。2010年4月に財務・金融、事業承継支援を専門とするコンサルティング会社 株式会社 サクシードを設立し代表取締役に就任。2014年より日本で一番の経営人財の養成機関を目指して「とちぎ経営人財塾」を開講、次世代経営者の育成をテーマに活動し、年間80社以上の経営計画策定支援業務を行っている。2020年1月より地域の成長意欲の高い企業を地域資源としての中小企業の引き継ぎ手として登録、PRする地域特化型M&Aプラットフォームサービス「ツグナラ」をローンチ、事業承継をテーマに地域課題の解決を図るべく活動を行っている。
現在、作新学院大学 客員教授、人を大切にする経営学会 事務局次長として全国のいい会社を訪問し次世代の企業経営の在り方について研究活動を行っている。
著書に「地域一番コンサルタントになる方法」出版(同文館出版)、「キャリアを活かす!地域一番コンサルタントの成長戦略」(同文館出版)「後継者の仕事」(PHP研究所)「さらば価格競争」(商業界)共著、「日本のいい会社」地域に生きる会社力(ミネルヴァ書房)共著、「いい経営理念が会社を変える」(ラグーナ出版)「ニッポン子育てしやすい会社~人を大切にする会社は社員の子どもの数が多い~(商業界)共著、「実践ポストコロナを生き抜く術!強い会社の人を大切にする経営」(PHP研究所) 、「事業承継 買い手も売り手もうまくいくリアルノウハウ」(ビジネス社)共著、その他帝国ニュース(帝国データバンク)近代セールス(近代セールス社)等連載執筆多数。

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