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引継ぎ実績あり
製造から物流・人材までグループで連携し企業の現場機能を丸ごと担う
ウエダグループ
現場から構造を変え組織と次世代承継を設計する
経営理念
お客様第一主義 / 従業員の物心両面の幸福の追求 / 事業通じた社会貢献
代表者メッセージ
1951年、油脂メーカーの作業請負から始まったウエダグループは、お客様の声に応え続けることで、製造・倉庫・配送を一体で担う「現場機能の代行者」へと成長してきました。3代目の父が配送事業を立ち上げた直後に阪神・淡路大震災に見舞われ、絶望的な状況に陥った際、会社を救ったのは従業員たちの存在でした。その絆が、現在の「STRATEGY is HEART」というスローガンの原点です。
現在は物流の枠を超え、業務プロセスそのものを引き受けるBPO領域への拡張に挑んでいます。人が主役であることにこだわり、現場の知恵と最新システムを融合させながら、100年企業を目指して地域社会の生活インフラを力強く支え、「あくなき挑戦」を続けてまいります。
上田 浩嗣
私たちのこだわり
建てるから始まり、運ぶまでを担う会社へ
株式会社ウエダを中心とするウエダグループは、1951年に兵庫県西宮市の今津で、油脂メーカーの作業請負会社として創業しました。製造現場の請負から倉庫運営、配送までを一体で担う会社です。
グループの中核である株式会社ウエダが製造請負や物流運営を、グループ会社3社が配送を担うことで、企業の現場機能を丸ごと引き受ける体制を築いてきました。
もともとのルーツをたどると、私の曾祖父が1919年に創業した工務店にまでさかのぼります。
曾祖父はやり手の経営者で、顧客の社宅や倉庫を数多く建設していました。その倉庫を建てた縁から、「倉庫に人を出してほしい」という依頼を受けました。そこで、人を派遣する専門の会社として1951年に「第一協働企業組合」を設立しました。
その後、次男であった私の祖父が2代目として事業を継ぎ、売上2億円規模で安定した経営を続けました。その後、3代目となる私の父が入社した1980年頃から、会社は大きな転換期を迎えます。
父は、倉庫への人材派遣を積極的に増やし、既存の枠組みを超えて事業を拡大しました。そして、1980年代にはダイエーからの大型受注を受け、1993年には、売上10億円を突破するという成果を上げ、事業規模を拡大しました。
父はさらに、1995年に配送機能を担う株式会社ユービーエムを設立しました。当初は人材派遣の会社としてスタートしましたが、顧客から「配送業務もやってほしい」という強い要望を受け、配送会社へと事業転換を図りました。この時は非常に苦労したと聞いています。事業を始めるためにトラックを10台以上、金額にして約8,000万円を借り入れて購入しました。
しかし、買った瞬間に阪神・淡路大震災が発生しました。トラックはあるのに仕事がないという絶望的な状況に陥り、父は「もう会社をたたもうか」と思い詰めるほど苦悩したそうです。それでも、従業員たちの支えによって何とかその危機を乗り越え、現在のウエダグループの物流体制の基盤を築き上げました。
家業を継ぐことを自分で選び直す
私は幼い頃から、自分が将来この会社を継ぐという意識を持っていました。幼稚園の文集に、周りの子が「パイロット」や「バスの運転手」と書く中で、私一人だけが「上田工業の社長」と書いていたほどです。祖父や父の働く姿を身近に見て、事務所にもよく遊びに行っていました。
業務について深く訊ねたことはありませんでしたが、会社が成長しているということだけは感覚として理解していました。
大学卒業後は、総合商社である住友商事株式会社に入社しました。学生時代から商社で働くサラリーマンに強い憧れがあり、各業界のトップ企業しか就職試験を受けていませんでした。当時は就職氷河期のどん底で、40社受けて落ちるという苦労も味わいましたが、縁あって住友商事に入社できました。配属されたのは鉄鋼部門で、自動車メーカー向けの鉄鋼取引を担当しました。ここで私は、ビジネスの基本を徹底的に叩き込まれました。商談の厳しい交渉術、根拠に基づいた提案力、そしてミスのない改善活動など、すべてが今の経営に活きています。
私が家業に戻る決意をしたのは36歳の時です。父には、大企業でキャリアを築いてほしいという思いから「帰ってくるな」と言われていました。また、弟が先にグループに入っていたこともあり、「私が家業に入る」選択をするとは周りも思っていなかったようです。ただ、外の世界を見たからこそ、一流企業の中で経験を積んだからこそ、自分には家業のために尽力できることがあると強い気持ちを持っていました。
現場を知り交渉で組織を立て直す
入社してから、最初に取り組んだのは、現場を知ることでした。当時25ヵ所あった現場のうち10ヵ所を回り、2週間ごとに異なる現場に入り、徹底的に自らの体に各現場文化を叩き込みました。
次第に、さまざまな課題が見えてきました。過去の大型案件の失敗から関東の事業が約7000万円の赤字を抱え、幹部が数名辞めており、失敗が許されない空気の中で組織全体が停滞していました。
特に赤字が続いていた関東の事業所は、人が不足して崩壊寸前の状態でした。さらに、中堅社員からは「モチベーションが上がらない」という声もありました。
そこで現場の努力だけでは解決できないと判断し、父や現場の反対を押し切って、たった一人で顧客のところに値上げ交渉に行きました。現場社員が築き上げてきた高い品質と商社時代に鍛えられた交渉力を活かし、ほとんどのお客様から値上げをしていただき、1年間で黒字化することができました。各現場文化を知り、従業員を知り、会社のビジョンを思い描いた時、改善できることは率先して行いました。
そして、入社3年目の37歳の時に社長に就任しました。
現場力を基盤に物流からBPOへ拡張
ウエダグループの最大の強みは、創業時から変わらない「マーケットイン」の考え方です。私たちの事業は、「倉庫に人を出してほしい」「配送をお願いしたい」という顧客からの声からすべてが始まっています。顧客の期待に徹底的に応え、困りごとを解決する力が、他社との大きな差別化ポイントです。
しかし、私が社長に就任した当初は、組織内部に大きな課題を抱えていました。一つは、業務の属人化と非効率性です。当時は紙ベースでの運用が中心で、ベテラン社員やパート従業員の記憶に頼って在庫を探し、ピッキングをしていました。この状態では、商品知識のない新人が現場に入っても困るばかりで、スピード感をもって作業対応することができませんでした。
この課題を根本から解決するために、私たちはアトムエンジニアリングが提供するクラウド型の在庫管理システムを導入しました。このシステムにより、倉庫内が見える化され、ハンディターミナルを使った効率的な運用が可能になりました。その結果、商品知識が全くない新人でも、すぐに現場で即戦力として作業に入れるようになりました。また、在庫データと出荷データの取得が容易になり、無駄な在庫の判別もしやすくなりました。
さらに、安全性と環境への配慮は、私たちのサービス品質そのものです。安全性優良事業所の認定であるGマークの継続取得や車両のハイブリッド化といった環境負荷低減への取り組みも積極的に行い、大手企業との長期的な信頼関係にもつながっていると思っています。
一方で、自社の事業の位置づけについては、この10年ほど考え続けてきました。ウエダグループは一般的には物流会社だと捉えられますが、その本質はビジネスプロセスアウトソーシング(BPO)にあると捉えています。振り返れば、事業の出発点もお客様からの要請に応えることでした。当初は典型的な下請けの側面が強かったものの、この10年で企業の「パートナー」へと変化しました。
現在はお客様が担っていた仕分けや配送の機能を引き受ける請負の段階にあります。その延長線上にあるのがBPOです。物流という既存の枠組みに固執することなく、業務プロセスそのものを引き受ける形として、今後はフランチャイズ店舗の運営なども視野に入れながら、現場機能を丸ごと担うビジネスモデルをさらに多角化し、BPO領域を広げていきたいと思っています。
まず自分が変わることで組織を動かす
ウエダグループのスローガンは「STRATEGY is HEART」です。機械にはできない、人だけの特権である「こころ」を大切にし、目の前の人を大事にする。そして、お客様に喜んでもらうことを何よりも重視しています。
私は人材育成と組織づくりに最も多くの時間を割いています。私が入社した当初、社員との面談を行うと「なぜ働かなくてはいけないのかわかりません」と平気で口にする社員が多くいました。彼らは素晴らしいスキルを持っているのに、自己肯定感が低く、考え方に課題がありました。
私は社員を変えるために、自分自身のあり方を見直すことから始めました。自分探しのような研修を受けたり、システム思考や組織論を学んだりしましたが、理論だけでは現場の社員には理解されませんでした。そんな時に出会ったのが、選択理論心理学に基づくアチーブメント社という教育会社です。ここで私は、知識ではなく、物事を実行し達成するための技術を学びました。
社長である私自身が学び、成長し、言葉にして伝える技術を磨いたことで、社員にも私の思いが伝わるようになりました。今では、この研修を社内の共通言語として取り入れています。強制するのではなく、本当に人生を豊かにしたいと願う社員が学べる環境を提供しています。さらに、私自身が社内講師としてのトレーニングを受け、社員に向けて直接教育を行える体制を作っています。
ウエダグループの魅力とウエダ劇場
ウエダグループは、非常に家族的でありながら、実力と挑戦を重んじる環境です。曾祖父から始まり、祖父、父、そして私へと続く歴史の中で、家族同士の意見の衝突や葛藤もありました。私はこれを親しみと少しの苦労を込めて「上田劇場」と呼んでいます。祖父は80代後半になっても会社に顔を出し、家族全員で会社を支えてきました。この歴史があるからこそ、社員同士も家族のように支え合う温かい雰囲気があります。
社内には、学歴や年齢に関係なく、頑張った人が報われるという文化が根付いています。
私自身、初めから経営者として優秀だったわけではなく、与えられた環境で必死に頑張った結果として今があると考えています。「人は頑張ればなんとかなる」というのが私の強い信条です。
もちろん、私が入社した当初は、異なる文化との摩擦もありました。私が商社時代に使っていた標準語やビジネス用語を使うと、現場の社員からは「偉そうだ」と受け取られ、反発されることもありました。関西弁の細かいニュアンスを思い出すのに何年もかかりました。また、現場の複雑な状況を俯瞰的に見て、論理的に仕組みを変えようとすると、「そんなに簡単じゃない」と怒られることも日常茶飯事でした。
しかし、そうした摩擦を恐れず、現場に足を運び、彼らと同じ目線で汗を流し、対話を続けることで、少しずつ壁を取り払ってきました。今では、私の考えを理解し、失敗を恐れずに新しいシステムや新しい仕事に挑戦してくれる頼もしい社員が数多く育っています。この泥臭くも温かい関係性が、ウエダグループの大きな魅力です。
また、私は舞台に立ち続けるのではなく監督として全体を見る立場に移りたいと思っています。「上田家だから継ぐ」のではなく実力で判断する形へと移行し、将来的にはオーナーとして経営を見る体制にしたいです。
社会で必要とされる存在であり続けるために
私たちは物流という仕事を通じて、地域社会の生活インフラを根底から支えています。特に食品や日用品の配送は、人々の毎日の生活に欠かせない重要な役割を担っています。例えば、グループ会社の株式会社ユーパワーロジは、製パンメーカーの物流ニーズに応える形で創業し、現在では近畿圏内のスーパーマーケットやドラッグストアなど、3,000軒以上のお店に食品をジャストインタイムで納品しています。私たちが運ぶものが少しでも遅れれば、地域の皆さんの食卓に影響が出ます。だからこそ、私たちの社会的使命は「食の安全安心」を確実に守り抜くことだと考えています。
地域に根ざし、地域の皆様の生活を支える企業として、これからも安全で環境に優しい物流サービスを提供し続けたいと思っています。
M&Aで見極めるのは企業の経営姿勢
ウエダグループのさらなる成長と事業領域の拡大に向けて、私たちはM&Aを重要な経営戦略と位置づけています。2016年には、食品運輸事業をメインとする株式会社ユーエムロジがM&Aによりグループに仲間入りを果たしました。これにより、温度管理や品質管理に優れた店舗配送に加え、幹線輸送のノウハウが加わり、私たちの総合物流サービスはさらに強化されました。
私たちがM&Aを行う際に、お相手の企業に最も強く求めている条件があります。それは「無借金経営」であるということです。父の代は一貫して「無借金経営」でした。その理由を尋ねた際、父は「従業員に迷惑をかけたくない」とだけ答えました。UBMを立ち上げて多額の借り入れを行った直後に阪神大震災で厳しい状況を経験し、従業員に支えられたことが心に残っているのかと思います。
利益を重視し、従業員を大切にすると言葉でいうのは簡単ですが、長年にわたり無借金経営を維持することは、並大抵の努力ではできません。多くの会社は理念や方針を語りますが、言葉だけでは判断できません。一方で、無借金経営を続けている会社は、長い時間をかけてどのような姿勢で経営を積み重ねてきたかが数字に表れています。そうした誠実な姿勢を持つ企業とこそ、私たちは一緒に歩んでいきたいと考えています。
また、M&Aを進める中で、私自身がすべてのグループ会社の社長を務めるつもりはありません。事業が拡大する中で、社内外から第2、第3の経営者を育成し、彼らに経営のバトンを渡していくことが私の重要な役割です。M&Aは単なる売上の拡大ではなく、志を共にする仲間を増やし、次世代の経営者を輩出するための手段です。多くの企業と手を結びながら、共に成長していく未来を描いています。
経営人材を育て任せる組織をつくりたい
今後のウエダグループの目標としては、2030年頃には売上200億円を掲げています。入社当時は80億円規模でしたが、現在は150億円が見えており、このペースでいけば2029年3月期には到達できる可能性があります。そしてその先には300億円という規模を明確に描いています。
この目標は、既存事業の堅実な成長に加え、異業種へのBPO展開や、M&Aを通じた新しい仲間の合流によって必ず達成できると確信しています。
そして、私が70歳を迎える頃には、会社が創業100年という大きな節目を迎えます。そのタイミングで、私は本業の経営から完全に退き、次の世代に道を譲る決意をしています。
ウエダグループはこれからも「飽くなき挑戦」を続け、関わるすべての人を幸せにする企業として、100年、そしてその先へと力強く歩み続けていきます。
建てるから始まり、運ぶまでを担う会社へ
株式会社ウエダを中心とするウエダグループは、1951年に兵庫県西宮市の今津で、油脂メーカーの作業請負会社として創業しました。製造現場の請負から倉庫運営、配送までを一体で担う会社です。
グループの中核である株式会社ウエダが製造請負や物流運営を、グループ会社3社が配送を担うことで、企業の現場機能を丸ごと引き受ける体制を築いてきました。
もともとのルーツをたどると、私の曾祖父が1919年に創業した工務店にまでさかのぼります。
曾祖父はやり手の経営者で、顧客の社宅や倉庫を数多く建設していました。その倉庫を建てた縁から、「倉庫に人を出してほしい」という依頼を受けました。そこで、人を派遣する専門の会社として1951年に「第一協働企業組合」を設立しました。
その後、次男であった私の祖父が2代目として事業を継ぎ、売上2億円規模で安定した経営を続けました。その後、3代目となる私の父が入社した1980年頃から、会社は大きな転換期を迎えます。
父は、倉庫への人材派遣を積極的に増やし、既存の枠組みを超えて事業を拡大しました。そして、1980年代にはダイエーからの大型受注を受け、1993年には、売上10億円を突破するという成果を上げ、事業規模を拡大しました。
父はさらに、1995年に配送機能を担う株式会社ユービーエムを設立しました。当初は人材派遣の会社としてスタートしましたが、顧客から「配送業務もやってほしい」という強い要望を受け、配送会社へと事業転換を図りました。この時は非常に苦労したと聞いています。事業を始めるためにトラックを10台以上、金額にして約8,000万円を借り入れて購入しました。
しかし、買った瞬間に阪神・淡路大震災が発生しました。トラックはあるのに仕事がないという絶望的な状況に陥り、父は「もう会社をたたもうか」と思い詰めるほど苦悩したそうです。それでも、従業員たちの支えによって何とかその危機を乗り越え、現在のウエダグループの物流体制の基盤を築き上げました。
家業を継ぐことを自分で選び直す
私は幼い頃から、自分が将来この会社を継ぐという意識を持っていました。幼稚園の文集に、周りの子が「パイロット」や「バスの運転手」と書く中で、私一人だけが「上田工業の社長」と書いていたほどです。祖父や父の働く姿を身近に見て、事務所にもよく遊びに行っていました。
業務について深く訊ねたことはありませんでしたが、会社が成長しているということだけは感覚として理解していました。
大学卒業後は、総合商社である住友商事株式会社に入社しました。学生時代から商社で働くサラリーマンに強い憧れがあり、各業界のトップ企業しか就職試験を受けていませんでした。当時は就職氷河期のどん底で、40社受けて落ちるという苦労も味わいましたが、縁あって住友商事に入社できました。配属されたのは鉄鋼部門で、自動車メーカー向けの鉄鋼取引を担当しました。ここで私は、ビジネスの基本を徹底的に叩き込まれました。商談の厳しい交渉術、根拠に基づいた提案力、そしてミスのない改善活動など、すべてが今の経営に活きています。
私が家業に戻る決意をしたのは36歳の時です。父には、大企業でキャリアを築いてほしいという思いから「帰ってくるな」と言われていました。また、弟が先にグループに入っていたこともあり、「私が家業に入る」選択をするとは周りも思っていなかったようです。ただ、外の世界を見たからこそ、一流企業の中で経験を積んだからこそ、自分には家業のために尽力できることがあると強い気持ちを持っていました。
現場を知り交渉で組織を立て直す
入社してから、最初に取り組んだのは、現場を知ることでした。当時25ヵ所あった現場のうち10ヵ所を回り、2週間ごとに異なる現場に入り、徹底的に自らの体に各現場文化を叩き込みました。
次第に、さまざまな課題が見えてきました。過去の大型案件の失敗から関東の事業が約7000万円の赤字を抱え、幹部が数名辞めており、失敗が許されない空気の中で組織全体が停滞していました。
特に赤字が続いていた関東の事業所は、人が不足して崩壊寸前の状態でした。さらに、中堅社員からは「モチベーションが上がらない」という声もありました。
そこで現場の努力だけでは解決できないと判断し、父や現場の反対を押し切って、たった一人で顧客のところに値上げ交渉に行きました。現場社員が築き上げてきた高い品質と商社時代に鍛えられた交渉力を活かし、ほとんどのお客様から値上げをしていただき、1年間で黒字化することができました。各現場文化を知り、従業員を知り、会社のビジョンを思い描いた時、改善できることは率先して行いました。
そして、入社3年目の37歳の時に社長に就任しました。
現場力を基盤に物流からBPOへ拡張
ウエダグループの最大の強みは、創業時から変わらない「マーケットイン」の考え方です。私たちの事業は、「倉庫に人を出してほしい」「配送をお願いしたい」という顧客からの声からすべてが始まっています。顧客の期待に徹底的に応え、困りごとを解決する力が、他社との大きな差別化ポイントです。
しかし、私が社長に就任した当初は、組織内部に大きな課題を抱えていました。一つは、業務の属人化と非効率性です。当時は紙ベースでの運用が中心で、ベテラン社員やパート従業員の記憶に頼って在庫を探し、ピッキングをしていました。この状態では、商品知識のない新人が現場に入っても困るばかりで、スピード感をもって作業対応することができませんでした。
この課題を根本から解決するために、私たちはアトムエンジニアリングが提供するクラウド型の在庫管理システムを導入しました。このシステムにより、倉庫内が見える化され、ハンディターミナルを使った効率的な運用が可能になりました。その結果、商品知識が全くない新人でも、すぐに現場で即戦力として作業に入れるようになりました。また、在庫データと出荷データの取得が容易になり、無駄な在庫の判別もしやすくなりました。
さらに、安全性と環境への配慮は、私たちのサービス品質そのものです。安全性優良事業所の認定であるGマークの継続取得や車両のハイブリッド化といった環境負荷低減への取り組みも積極的に行い、大手企業との長期的な信頼関係にもつながっていると思っています。
一方で、自社の事業の位置づけについては、この10年ほど考え続けてきました。ウエダグループは一般的には物流会社だと捉えられますが、その本質はビジネスプロセスアウトソーシング(BPO)にあると捉えています。振り返れば、事業の出発点もお客様からの要請に応えることでした。当初は典型的な下請けの側面が強かったものの、この10年で企業の「パートナー」へと変化しました。
現在はお客様が担っていた仕分けや配送の機能を引き受ける請負の段階にあります。その延長線上にあるのがBPOです。物流という既存の枠組みに固執することなく、業務プロセスそのものを引き受ける形として、今後はフランチャイズ店舗の運営なども視野に入れながら、現場機能を丸ごと担うビジネスモデルをさらに多角化し、BPO領域を広げていきたいと思っています。
まず自分が変わることで組織を動かす
ウエダグループのスローガンは「STRATEGY is HEART」です。機械にはできない、人だけの特権である「こころ」を大切にし、目の前の人を大事にする。そして、お客様に喜んでもらうことを何よりも重視しています。
私は人材育成と組織づくりに最も多くの時間を割いています。私が入社した当初、社員との面談を行うと「なぜ働かなくてはいけないのかわかりません」と平気で口にする社員が多くいました。彼らは素晴らしいスキルを持っているのに、自己肯定感が低く、考え方に課題がありました。
私は社員を変えるために、自分自身のあり方を見直すことから始めました。自分探しのような研修を受けたり、システム思考や組織論を学んだりしましたが、理論だけでは現場の社員には理解されませんでした。そんな時に出会ったのが、選択理論心理学に基づくアチーブメント社という教育会社です。ここで私は、知識ではなく、物事を実行し達成するための技術を学びました。
社長である私自身が学び、成長し、言葉にして伝える技術を磨いたことで、社員にも私の思いが伝わるようになりました。今では、この研修を社内の共通言語として取り入れています。強制するのではなく、本当に人生を豊かにしたいと願う社員が学べる環境を提供しています。さらに、私自身が社内講師としてのトレーニングを受け、社員に向けて直接教育を行える体制を作っています。
ウエダグループの魅力とウエダ劇場
ウエダグループは、非常に家族的でありながら、実力と挑戦を重んじる環境です。曾祖父から始まり、祖父、父、そして私へと続く歴史の中で、家族同士の意見の衝突や葛藤もありました。私はこれを親しみと少しの苦労を込めて「上田劇場」と呼んでいます。祖父は80代後半になっても会社に顔を出し、家族全員で会社を支えてきました。この歴史があるからこそ、社員同士も家族のように支え合う温かい雰囲気があります。
社内には、学歴や年齢に関係なく、頑張った人が報われるという文化が根付いています。
私自身、初めから経営者として優秀だったわけではなく、与えられた環境で必死に頑張った結果として今があると考えています。「人は頑張ればなんとかなる」というのが私の強い信条です。
もちろん、私が入社した当初は、異なる文化との摩擦もありました。私が商社時代に使っていた標準語やビジネス用語を使うと、現場の社員からは「偉そうだ」と受け取られ、反発されることもありました。関西弁の細かいニュアンスを思い出すのに何年もかかりました。また、現場の複雑な状況を俯瞰的に見て、論理的に仕組みを変えようとすると、「そんなに簡単じゃない」と怒られることも日常茶飯事でした。
しかし、そうした摩擦を恐れず、現場に足を運び、彼らと同じ目線で汗を流し、対話を続けることで、少しずつ壁を取り払ってきました。今では、私の考えを理解し、失敗を恐れずに新しいシステムや新しい仕事に挑戦してくれる頼もしい社員が数多く育っています。この泥臭くも温かい関係性が、ウエダグループの大きな魅力です。
また、私は舞台に立ち続けるのではなく監督として全体を見る立場に移りたいと思っています。「上田家だから継ぐ」のではなく実力で判断する形へと移行し、将来的にはオーナーとして経営を見る体制にしたいです。
社会で必要とされる存在であり続けるために
私たちは物流という仕事を通じて、地域社会の生活インフラを根底から支えています。特に食品や日用品の配送は、人々の毎日の生活に欠かせない重要な役割を担っています。例えば、グループ会社の株式会社ユーパワーロジは、製パンメーカーの物流ニーズに応える形で創業し、現在では近畿圏内のスーパーマーケットやドラッグストアなど、3,000軒以上のお店に食品をジャストインタイムで納品しています。私たちが運ぶものが少しでも遅れれば、地域の皆さんの食卓に影響が出ます。だからこそ、私たちの社会的使命は「食の安全安心」を確実に守り抜くことだと考えています。
地域に根ざし、地域の皆様の生活を支える企業として、これからも安全で環境に優しい物流サービスを提供し続けたいと思っています。
M&Aで見極めるのは企業の経営姿勢
ウエダグループのさらなる成長と事業領域の拡大に向けて、私たちはM&Aを重要な経営戦略と位置づけています。2016年には、食品運輸事業をメインとする株式会社ユーエムロジがM&Aによりグループに仲間入りを果たしました。これにより、温度管理や品質管理に優れた店舗配送に加え、幹線輸送のノウハウが加わり、私たちの総合物流サービスはさらに強化されました。
私たちがM&Aを行う際に、お相手の企業に最も強く求めている条件があります。それは「無借金経営」であるということです。父の代は一貫して「無借金経営」でした。その理由を尋ねた際、父は「従業員に迷惑をかけたくない」とだけ答えました。UBMを立ち上げて多額の借り入れを行った直後に阪神大震災で厳しい状況を経験し、従業員に支えられたことが心に残っているのかと思います。
利益を重視し、従業員を大切にすると言葉でいうのは簡単ですが、長年にわたり無借金経営を維持することは、並大抵の努力ではできません。多くの会社は理念や方針を語りますが、言葉だけでは判断できません。一方で、無借金経営を続けている会社は、長い時間をかけてどのような姿勢で経営を積み重ねてきたかが数字に表れています。そうした誠実な姿勢を持つ企業とこそ、私たちは一緒に歩んでいきたいと考えています。
また、M&Aを進める中で、私自身がすべてのグループ会社の社長を務めるつもりはありません。事業が拡大する中で、社内外から第2、第3の経営者を育成し、彼らに経営のバトンを渡していくことが私の重要な役割です。M&Aは単なる売上の拡大ではなく、志を共にする仲間を増やし、次世代の経営者を輩出するための手段です。多くの企業と手を結びながら、共に成長していく未来を描いています。
経営人材を育て任せる組織をつくりたい
今後のウエダグループの目標としては、2030年頃には売上200億円を掲げています。入社当時は80億円規模でしたが、現在は150億円が見えており、このペースでいけば2029年3月期には到達できる可能性があります。そしてその先には300億円という規模を明確に描いています。
この目標は、既存事業の堅実な成長に加え、異業種へのBPO展開や、M&Aを通じた新しい仲間の合流によって必ず達成できると確信しています。
そして、私が70歳を迎える頃には、会社が創業100年という大きな節目を迎えます。そのタイミングで、私は本業の経営から完全に退き、次の世代に道を譲る決意をしています。
ウエダグループはこれからも「飽くなき挑戦」を続け、関わるすべての人を幸せにする企業として、100年、そしてその先へと力強く歩み続けていきます。
会社概要
| 社名 | ウエダグループ |
| 創立年 | 1951年 |
| 代表者名 | 代表取締役社長 上田 浩嗣 、代表取締役社長 上田 昌弘 |
| 資本金 | 2000万円 |
| 事業エリア |
【株式会社ウエダ 事業所】
東京事務所:〒102-0071 東京都千代田区富士見1-6-1 <製造請負事業部> 神戸営業所:〒658-0023 兵庫県神戸市東灘区深江浜町49 住吉浜西営業所:〒658-0043 兵庫県神戸市東灘区御影浜町5 鹿島営業所:〒314-0103 茨城県神栖市東深芝6 船橋営業所:〒273-0015 千葉県船橋市日の出2-20-2 横浜東営業所:〒230-0053 神奈川県横浜市鶴見区大黒町7-41 静岡営業所:〒424-0824 静岡県静岡市清水区新港町2 若松営業所:〒808-0023 福岡県北九州市若松区北浜1-8-1 <ロジスティクス事業部> 西宮北営業所:〒651-1431 兵庫県西宮市山口町 阪神流通センター1-100 阪神流通営業所:〒651-1431 兵庫県西宮市山口町 阪神流通センター1-2 西宮山口営業所:〒651-1431 兵庫県西宮市山口町 阪神流通センター3-5-1 宝塚営業所:〒665-0043 兵庫県宝塚市高松町2-12 三田営業所:〒651-1516 兵庫県神戸市北区赤松台1-4-1 西神中央営業所:〒651-2271 兵庫県神戸市西区高塚台7-2-1 猪名川営業所:〒666-0253 兵庫県川辺郡猪名川町差組字小谷101-1 尼崎ESR営業所:〒660-0094 兵庫県尼崎市末広町1-5-1 池田営業所:〒563-0034 大阪府池田市空港1-13-1 摂津営業所:〒566-0062 大阪府摂津市鳥飼上3-15-37 堺営業所:〒592-8331 大阪府堺市西区築港新町1-5-14 奈良営業所:〒639-1064 奈良県生駒郡安堵町窪田1134 大和郡山営業所:〒639-1032 奈良県大和郡山市池沢町349-12 滋賀営業所:〒523-0022 滋賀県近江八幡市馬淵町437-1 松戸営業所:〒270-2214 千葉県松戸市松飛台405 利根第2営業所:〒270-0223 千葉県野田市岡田618-3 利根第3営業所:〒278-0042 千葉県野田市吉春722-2 川崎営業所:〒210-0857 神奈川県川崎市川崎区白石町6-1 川越営業所:〒350-1150 埼玉県川越市中台南3-5-1 多摩瑞穂営業所:〒190-1203 東京都西多摩郡瑞穂町高根623 <3PL事業部> 須磨営業所:〒654-0161 兵庫県神戸市須磨区弥栄台3-15-2 深江浜営業所:〒658-0023 兵庫県神戸市東灘区深江浜町130-1 |
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【株式会社ユービーエム 事業所】
<運輸グループ> 尼崎:〒660-0841 兵庫県尼崎市東高洲町5 六甲IL:〒658-0033 兵庫県神戸市東灘区向洋町西2-5 宝塚:〒665-0047 兵庫県宝塚市亀井町12-40 空港:〒563-0034 大阪府池田市空港1-13-1 大阪:〒559-0025 大阪市住之江区平林南2-10-68 南大阪:〒592-8331 大阪府堺市西区築港新町1-5-14 舞洲:〒554-0041 大阪府大阪市此花区北港白津1-1-22(ヨコレイ北港物流センター内) 西明石:〒651-2132 兵庫県神戸市西区森友4-88(岸本冷蔵第5倉庫内) 岡山センター:〒702-8045 岡山県岡山市南区海岸通2-4-31 関西共同配送センター:〒566-0064 大阪府摂津市鳥飼中3丁目2-40 千葉野田営業所:〒270-0222 千葉県野田市木間ケ瀬5147-6 <作業オペレーション部> 東日本事業部:〒102-0071 東京都千代田区富士見1-6-1 フジビュータワー飯田橋 1002 茨木:〒567-0865 大阪府茨木市横江2-7-52 千葉:〒273-0012 千葉県船橋市浜町3-2-5 京葉:〒270-0127 千葉県市川市塩浜2-12 横浜港北:〒226-0012 神奈川県横浜市緑区上山1丁目15-1 SOSiLA 4F 名古屋:〒498-0003 愛知県弥富市前ケ平2-1742-8 南大阪営業所:〒592-8331 大阪府堺市西区築港新町1-5-14 舞洲営業所:〒554-0041 大阪府大阪市此花区北港白津1-1-22(ヨコレイ北港物流センター内) 西明石営業所:〒651-2132 兵庫県神戸市西区森友4-88(岸本冷蔵第5倉庫内) 岡山センター:〒702-8045 岡山県岡山市南区海岸通2-4-31 三郷:〒341-0059 埼玉県三郷市インター南1丁目3-1 草加営業所:〒340-0001 埼玉県草加市柿木町宝1338‐11マルエツ草加デリカセンター |
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【株式会社ユーパワーロジ 事業所】
西神戸:〒651-2271 兵庫県神戸市西区高塚台7-2-1 豊中:〒561-0841 大阪府豊中市名神口1-12-16 奈良:〒639-1032 奈良県大和郡山市池沢町349-12 鳴尾浜営業所:〒663-8142 兵庫県西宮市鳴尾浜2-1-23 |
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【株式会社ユーエムロジ 事業所】
門真:〒571-0002 大阪府門真市岸和田1-6-16 高槻:〒569-0857 大阪府高槻市玉川3-1-2 愛知稲沢:〒490-1312 愛知県稲沢市平和町下三宅菱池933-3 奈良大和郡山営業所:〒639-1123 奈良県大和郡山市筒井町747-1-303 |
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【株式会社MMSix】
関西共同配送センター:〒566-0064 大阪府摂津市鳥飼中3丁目2-40 関東共同配送センター:〒210-0869 神奈川県川崎市川崎区東扇島6-10 かわさきファズ物流センターA棟1階 |
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| 本社住所 |
663-8227 兵庫県西宮市今津出在家町9-20 |
| 事業内容 | ・倉庫内作業請負事業 ・工場内作業請負事業 ・配送事業(店舗配送/倉庫間輸送) ・共同配送事業 ・人材紹介事業 |
| URL |
https://www.ueda-group.co.jp/
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会社沿革
| 1951年 | 第一協働企業組合を設立(現ウエダ) 大手油脂メーカー西宮工場において油製品及び油粕の荷造り包装運搬 |
| 1967年 | 上田工業株式会社に社名変更(現ウエダ) 資本金400万円 |
| 1969年 | 資本金850万円に増資 |
| 1972年 | 大手油脂メーカー神戸工場新設に伴い工場内整備作業請負 935万円に増資 |
| 1973年 | 西宮税務署より優良法人として表敬される |
| 1978年 | 大手小売りの流通センターで商品出荷作業及倉庫管理を請負 |
| 1979年 | 大手ビールメーカーの工場出荷業務を請負 |
| 1983年 | 大手コンビニの商品出荷作業請負 |
| 1986年 | 資本金1,000万円に増資 |
| 1991年 | 株式会社ユービーエム設立 |
| 1994年 | 株式会社ウエダに社名変更 / 関東進出 |
| 1995年 | 一般貨物自動車運送事業許可認可(株式会社ユービーエム) 大手スーパー配送業務受託(株式会社ユービーエム) |
| 1999年 | 資本金1,200万円に増資 |
| 2000年 | 大手高級スーパー配送業務受託(株式会社ユービーエム) ウエダグループの誓い制定 |
| 2001年 | 資本金2,000万円に増資 |
| 2002年 | 大手ファミリーレストラン店舗配送業務受託(株式会社ユービーエム) 大手コンビニエンスストア店舗配送業務受託(株式会社ユービーエム) |
| 2003年 | 大手ドラッグストア店舗配送業務受託(株式会社ユービーエム) |
| 2004年 | 労働者派遣事業認可 優良法人認定 貨物軽自動車認可(株式会社ユービーエム) |
| 2005年 | 大手ファーストフード店舗配送受託(株式会社ユービーエム) 大手パンメーカー店舗配送業務受託(株式会社ユービーエム) |
| 2006年 | 大手家具メーカー仕分け業務開始 大手パンメーカーの仕分け業務開始 初めての新卒採用 |
| 2007年 | 株式会社ユーパワーロジ設立 大手パンメーカーの配送受託(株式会社ユーパワーロジ) |
| 2008年 | 大手家電メーカーの仕分け業務受託(株式会社ユービーエム) 文具卸の仕分け業務受託 |
| 2009年 | 大手小売りの日配チルドの仕分け業務受託 大手スーパーの配送業務受託(株式会社ユーパワーロジ) 大手ファーストフード冷凍チルド仕分け業務受託(株式会社ユービーエム) |
| 2010年 | 有料職業紹介事業認可 |
| 2011年 | Gマーク認定(株式会社ユーパワーロジ) |
| 2012年 | 東日本事業部開設 |
| 2013年 | Gマーク認定(株式会社ユービーエム) |
| 2014年 | ウエダグループフィロソフィ完成 大手乳業メーカー直取引開始(株式会社ユービーエム) |
| 2015年 | 大手油脂メーカーの大豆海苔製造事業受託 自社WMSの開発・稼働 |
| 2016年 | 現ユーエムロジがグループに参画 |
| 2017年 | 釣り具卸の仕分け業務受託 日野トラック購入 200台突破 こどもミュージアム参画 |
ウエダグループの経営資源引継ぎ募集情報
公開日:2026/04/14
※本記事の内容および所属名称は2026年4月現在のものです。現在の情報とは異なる場合があります。