京都市右京
京都市
西京漬の販売を中心にスケールアップを目指す『創意工夫』の老舗
株式会社京都やま六
京都の食文化と地域ブランドを守り導くシビックプライドと堅実経営
経営理念
企業理念
食文化を通じた感動を京都から世界へ
将来ビジョン
- 常に新しいことに挑戦し続ける企業を目指す
- 世界に日本の食文化を発信する企業を目指す
- 社員がやりがいと豊かさをより実感できる企業を目指す
行動指針
一、伝統を越え、変化を恐れない創意工夫の精神を持つ
一、自分の考えを積極的に提案・発信する姿勢を持つ
一、ひと手間かけることで、お客様のさらなる感動を生み出す
一、(1)安心・安全、(2)品質、(3)利益の優先順位のもと、広く長く愛される商品を提供しつづける
行動指針では、理念・ビジョンの達成に向け、社員一人ひとりが京都やま六の一員として持つべき心構えを示しています。
代表者メッセージ
伝統に甘んじない挑戦の心を持って。
私たちは食卓に感動と笑顔をお届けするため、昨日より今日、今日より明日と、おいしい西京漬けを日々追求し続けてきました。
奇抜なアイデアで一瞬の話題性を作るのは容易ですが、常に移ろいゆく世の中ではすぐに風化してしまいます。私たちは、奇抜さはなくとも、お客様に広く長く愛される商品を提供したいと考えています。そのために大切にしているのが、お客様に「感動」を与えることです。
感動は、想像を超えたものに出会ったときに感じるものです。そういった商品を提供するためには、歴史にあぐらをかかず、伝統を背負いながらも常に挑戦し続けることが大切だと考えています。「たゆまぬ創意工夫で明日求められるものを創造しつづけたい」という想いは、創業時から今日まで大切に受け継がれ、今の私たちを形作っています。伝統というと、「変わらぬこと」が大事だと思われるかもしれませんが、私たちは「変わり続けること」が伝統を作ると信じています。
近年、魚価の高騰や若者の魚食離れが進むなど、京都やま六を取り巻く環境は大きく変化しています。これからは、本物だけが生き残れる時代です。この機を私たちのチャンスと捉えて成長するためには、会社と社員一人ひとりが具体的なビジョンを持つことが重要です。2027年に向けた中長期計画策定には、100周年への強い思いが込められています。
「食文化を通じた感動を 京都から世界へ」という理念のもと、これからも現状に甘んじることなく、海外事業などの新しい分野にも積極的に挑戦していきます。一人ひとりの社員が、自分で考え、行動することで新たな価値を生み出せるような会社であり続けたいと願っています。
代表取締役社長 秦 健二
私たちのこだわり
先代の急逝により3代目として魚の塩干品卸売業を引き継ぐ
弊社は、祖父が1927年に開業した京都中央卸売市場の塩干(えんかん)物の仲卸業者が出発点となっています。塩干物は、魚介類を塩漬けにして干したものです。創業時のことはあまり詳しく伝わってはいませんが、創業以前の祖父は魚を扱う仕事をしていたそうです。創業時に6人で塩干品の商売を始めたことから、「六」の字を屋号に掲げたと聞いています。
そして、3代目として京都で生まれ育った私は、幼少期のころから経営者の道を歩むことを自然と意識し、10数年間、中央卸売市場の店先に立ち、経営者である父と祖父の姿を見て育ちました。大学卒業後には、神戸市中央卸売市場で働き、働き方や実践経験を積むことで、家業に活かそうと考えていました。
ところが、働き始めて1年が経った頃に父が急逝し、何の引き継ぎもないまま私が社長に就任することとなりました。財務や経営の知識は一切なかったため、全ての資料を持ち帰って読み解き、理解するところから始めましたが、財務まわりへの対応は追いつかず、税理士事務所に勤めていた叔父に助けられました。叔父は、父亡き後の弊社をサポートするために税理士事務所を退職し、総務部長として入社してくれました。最大の危機を支えてくれた叔父には、今も感謝しています。
私が社長に就任した当時の社員は40、50人ほどでした。「平等に働いてもらいたい」という先代の方針により、パートやアルバイトといった短時間の雇用はなく、全て正社員であり、部長や課長などの役職もなかったため横一列の組織でした。しかし、事業継続を見据え組織を効率よく運営していくには役割分担と組織体制の変更が必要であり、試行錯誤と失敗を繰り返しながら、新しい組織をつくり上げていきました。
自社工場の拡充によりメーカー『京都やま六』を新設しBtoBへ
社長就任から7年ほどが経った31歳の頃には、市場の販路に頼らず、自分たちの力で新商品をつくっていきたいと考えるようになりました。生産力の増強のために、本社の社屋や工場の建て替えを一度に行いましたが、改築から間もなくバブルが崩壊し、売上目標と実績に大きな隔たりが出たことで一気に苦しい状況に追い込まれました。弊社は先代の時代から堅実な経営を続けていましたが、バブル崩壊当時は自己資本がそれほどあったわけではなく、しばらく厳しい経営状況が続きました。30代の頃は、苦境から抜け出すために挑戦と失敗を続けながら休みなしに働く日々を送っていました。
その後、物流業界では、交通インフラの整備やインターネットの普及によって流通が多様化し、全国の産地直送での取引が可能となっていきました。また、不景気により消費者の節約志向が高まり、大手スーパーや量販店でのコストカットやプライベートブランドの開発の動きが活発化したことで、物流や卸売業のみの売上で事業を継続していくことはさらに難しくなってきました。
そこで、弊社では自社工場の機能を拡充し、メーカーとしてのBtoBの柱を打ち立てるため、株式会社京都やま六、株式会社秦水産を設立することにしました。新設した京都やま六では、西京漬けの製造と全国のスーパーや百貨店への納品に力を入れ、ギフトや限定商品も含めれば、一時期は西京漬け販売市場の大きなシェアを占めるまでに成長しました。ところが、国際間の経済格差が顕著になり始めたことで、海外から仕入れていた原材料が高騰するようになっていきました。BtoBのメーカーのままでは、物価高騰と値下げ需要の間で苦しむことになってしまうと考え、2006年にはBtoC領域への伸展を目指し、株式会社京都一の傳を設立することにしました。
『京都一の傳』設立とECモールでの販路拡大によりBtoC領域で成功
BtoC展開に向けて新設した『京都一の傳』の主な事業は、西京漬けの通信販売でした。京都一の傳の設立時は、Amazonや楽天市場といったECモールが流行り始めた時期であり、私自身が楽天市場『京都一の傳』の店長となり、販路拡大のため他社の見よう見まねでスタートしました。
また『京都一の傳』の顧客層は『京都やま六』の層と重なるため、ブランドとコンセプト、会社を独立させることですみ分けを図りました。通信販売と並行して販路拡大にも取り組んでいったところ、初年度には2億5000万円の売り上げを達成しました。通信販売での開拓に手ごたえを感じたことで、中期計画には「5年で売上10億円」という目標を盛り込もうと考えましたが、幹部からは「通信販売では信用や知名度、安全性がお客様に伝わらず、お客様がついてこないだろう」という否定的な意見が多数上がりました。ではどうすればお客様に弊社製品の味やコンセプトを伝えられるかを考えていったところ、フラッグシップショップ(旗艦店)を設ければ、お客様に弊社のコンセプトや味を直接伝えられるだろうと考えました。旗艦店を設けるならば、テナントではなく京都の真ん中に個別の店舗を構えたいと考え、まずは土地探しにとりかかりました。
フラッグシップショップ『京都一の傳 本店』でコンセプトを体現
旗艦店の候補地を絞り込み、本格的に企画を進めようとしていたある日、不動産から「候補地の土地の半分を買いたい人が現れた」という連絡が入り「3時間後までに購入の有無を決めてほしい」と言われました。一等地の土地は高額であるため即決は難しく、幹部は諦めかけていましたが、私は諦めきれず、あちこちに電話をかけて対応策を考えました。そのうち相談した一人から「過剰投資かもしれないけれど、1年という時間を買ったと思えば決断できるのでは」というアドバイスがあり、「その通りだ」と思った私は、少し背伸びをしたような気持ちで土地建物の購入を決断しました。
購入を決めた土地には、明治時代からの町家が建っており、建物はそのまま店に使おうと思っていました。しかし使用用途が変わる場合は、法律上、基礎から建物を作り直さねばなりません。そこで、建物を一度全て解体して新たに鉄骨を組み、元の材木をはめ直すことで町家を再現しました。
旗艦店として設けた『京都一の傳 本店』は、行燈や格子、虫籠窓などの外観や内装だけではなく、食事やサービスでも京都らしさを追求しています。『京都一の傳 本店』は1階に物販、2階に食事処があり、席が空いていても一度待合室にお通しして、坪庭や室内の調度品などをご覧いただいています。食事処へのご案内の際も、ひざまずき手をついてお辞儀をするなど、お客様の期待以上の丁寧なおもてなしにより、ご満足いただいています。また、お支払いの際には割引特典付きの会員登録をご案内し、お客様にご満足いただきながら、弊社としてはお客様の年齢層などといった情報を集め、分析データを通信販売事業にも活かしています。おいしい、安心安全は大前提であり、食事処だけではなく、ご購入いただいた商品がご自宅の食卓に並んだ時にも楽しく会話ができるストーリー性やこだわりが、弊社の価値であると考えています。
そして5年後には目標の10億円を超え、13億円を達成することができました。さらに次の5年には倍の20億円を目標値として設定しましたが、21億円まで売り上げを伸ばしました。売上増の要因は、お客様に付加価値を伝え、感動していただくことを徹底した結果だと思っています。この『京都一の傳 本店』のビジネスモデルは、多くの失敗を重ねながら、自社に合う最適な手法を探し出していった結果生まれたものです。初めのうちはDMの写真の撮り方すらわからず苦労しましたが、事業発展のポイントや継続のバランスを見極めていくことの大切さに気づかされました。
飲食事業の国内外展開により幅広い層のファンを獲得
旗艦店『京都一の傳 本店』の立ち上げが成功し、成長軌道に乗った10年後は、中期計画を策定する時期となりました。しかし、同じマーケットで同じ手法のままでは、今後は通用しないだろうと考え、飲食事業をさらに拡充して一つの柱とすることにしました。まず、2013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたことを受け、外国のファンも増やしていこうと、香港に飲食店をはじめとする5店舗を展開しました。『京都一の傳 香港店』、『焼肉而今』、『お肉割烹 而今』、ムール貝のバー『The Mussels』、そしてワインを販売する『The Vine Gallery』など幅広い領域に挑戦しています。
また、現在高級広東料理店を手がける会社と手を組み、展開しているところです。コロナ禍による影響や香港デモといった逆風もありましたが、未来へつながる強い基盤を現地で築けたと自負しています。香港はGDPも高くポテンシャルがあり、いずれは中国市場への参入を見据えたプラットフォームとしての役割も果たすだろうと考えています。
さらに、国内でも自社の強みを活かした飲食店を展開しました。京都駅に新設した京だし茶漬け専門店の『京都おぶや』は、坪売り上げ70万円を超える事業に成長しています。また、京都一の傳の新ブランドである発酵食品カフェ『Haccomachi(はっこまち)』は、これまで獲得できなかった女性層へのアプローチを可能としました。Haccomachiの店舗は、発酵食について発信するWebマガジンからの派生モデルです。Haccomachiのファンになった若い方が、いずれ京都一の傳のファンになっていただけるようにという動線づくりにもなっています。
多角化により独自性が際立つ『京都やま六』のブランディング
現在の弊社の事業としては、京都中央卸売市場での物流、メーカー、全国のスーパー百貨店に納品する受注業、通信販売業、実店舗での飲食業、海外出店と、幅広い事業に取り組んでいます。それぞれのリソースやシナジーを考え展開していった結果、このような体制となりましたが、全ての事業を維持展開している企業は意外と少ないため、弊社の差別化や強みにもなっています。
弊社のBtoBへの起点として設立された『京都やま六』は、一時期はメーカーとして付加価値を生み出すことの難しさから撤退も検討していましたが、多角化が進んだことで『京都やま六』の特色を活かしながら一つの柱として独立させられないかと考えるようになりました。そこで2023年9月には、JR京都伊勢丹の地下1階に飲食店として『西京焼き 京都やま六』をオープンしました。地下2階には塩干品を扱う弊社の『魚樽』があり、『西京焼き 京都やま六』でお食事をした方に『魚樽』を案内することで、相乗効果を得られるようにしています。売り場のポップやパネルにも工夫をこらし、モデル店舗として確立させることができたら、全国のスーパーや百貨店にも販売を推し進めたいと考えています。
また、外食系企業との協業としては、関西の老舗駅弁屋から声がかかり『京都やま六監修 さわら西京焼き弁当』も販売も始めたところです。今後も『京都やま六』独自のブランドを強化し、BtoB販路を活かしながら、さらに付加価値のある商売ができたらと考えています。
社長研修を通じて新入社員に理念を浸透
弊社のグループ全体の社員数は100人弱であり、パートやアルバイトを含めると約350人となっています。私たちの経営理念は「食文化を通じた感動を京都から世界へ」です。理念は、創業90周年のイベント企画の際の「100年企業としてのビジョンをまとめませんか」という社員の声がきっかけとなり、誕生しました。
理念の共有には、私が作成したコンセプトブックを使っています。入社時には社長研修の時間を設けて、私自身がコンセプトブックの説明を行うことで、新入社員にビジョンを深く理解し共感してもらえるようにしています。
仕事は楽しくなければ続きません。そして仕事を楽しく続けるためには自主的に取り組んでいる感覚を持つことが重要です。会社での役割と課題意識をもつことで、自分の仕事は何につながっているのか、会社に貢献するためにどういう仕事すればよいのかを社員一人ひとりが考え、挑戦することで、社内から新たな価値を創造し発信することができると考えています。
『京都』のブランド価値と企業プライド
京都は、地域自体がブランドとして確立されていて、京都の企業として商売ができるという点でアドバンテージがあることを実感しています。特に印象深いエピソードは、香港に飲食店を出店する際に香港の本屋へ足を運んだ時のことです。各国の旅行案内本が棚に並ぶ中で、日本の本だけが平台にずらりと並び、さらに韓国や中国と同じような幅で京都の旅行本が置いてありました。日本や京都は、香港では別格の扱いであり、海を越えても好意的に受けとめてもらえていることをとても嬉しく思ったことを覚えています。一方で、歴史的な重みがある分、手を抜いてはいけないというプレッシャーもあります。京都の企業としてのプライドを持ち、利点を最大限に活かしながら、今後も飲食事業や商品の展開を進めていきたいと思っています。
今後の目標は、世界を視野に入れた事業展開を通じて、京都への恩返しをすることです。海外での事業の成功は、京都というブランド価値をさらに高めることにつながるはずです。企業活動を通じて京都の文化を世界に広め、地域に貢献できるよう常に意識していきたい考えです。
同じ価値観を有する企業と共に、さらなるスケールアップへ
さらなるスケールアップを目指すには、事業承継や他社との協業は非常に有効だと考えています。同じ価値観を持つ企業であれば、協力関係を築き、異なる企業間でもシナジーを生み出しながら、共に成長できるという考えがあるからです。現在の弊社の体制であれば、単独事業を伸ばすことも、協業により一気に店舗を拡大することも可能だと考えています。京都の伝統的な文化を尊重しながら活かし、さらなる発展を目指す企業と協力しながら事業を拡大していきたいと思っています。同じ価値観を有する企業からお声かけがあれば、積極的に協力していきたいと考えています。
これからも京都の企業としての誇りを持ち、さらなる事業の拡大を目指していきます。
先代の急逝により3代目として魚の塩干品卸売業を引き継ぐ
弊社は、祖父が1927年に開業した京都中央卸売市場の塩干(えんかん)物の仲卸業者が出発点となっています。塩干物は、魚介類を塩漬けにして干したものです。創業時のことはあまり詳しく伝わってはいませんが、創業以前の祖父は魚を扱う仕事をしていたそうです。創業時に6人で塩干品の商売を始めたことから、「六」の字を屋号に掲げたと聞いています。
そして、3代目として京都で生まれ育った私は、幼少期のころから経営者の道を歩むことを自然と意識し、10数年間、中央卸売市場の店先に立ち、経営者である父と祖父の姿を見て育ちました。大学卒業後には、神戸市中央卸売市場で働き、働き方や実践経験を積むことで、家業に活かそうと考えていました。
ところが、働き始めて1年が経った頃に父が急逝し、何の引き継ぎもないまま私が社長に就任することとなりました。財務や経営の知識は一切なかったため、全ての資料を持ち帰って読み解き、理解するところから始めましたが、財務まわりへの対応は追いつかず、税理士事務所に勤めていた叔父に助けられました。叔父は、父亡き後の弊社をサポートするために税理士事務所を退職し、総務部長として入社してくれました。最大の危機を支えてくれた叔父には、今も感謝しています。
私が社長に就任した当時の社員は40、50人ほどでした。「平等に働いてもらいたい」という先代の方針により、パートやアルバイトといった短時間の雇用はなく、全て正社員であり、部長や課長などの役職もなかったため横一列の組織でした。しかし、事業継続を見据え組織を効率よく運営していくには役割分担と組織体制の変更が必要であり、試行錯誤と失敗を繰り返しながら、新しい組織をつくり上げていきました。
自社工場の拡充によりメーカー『京都やま六』を新設しBtoBへ
社長就任から7年ほどが経った31歳の頃には、市場の販路に頼らず、自分たちの力で新商品をつくっていきたいと考えるようになりました。生産力の増強のために、本社の社屋や工場の建て替えを一度に行いましたが、改築から間もなくバブルが崩壊し、売上目標と実績に大きな隔たりが出たことで一気に苦しい状況に追い込まれました。弊社は先代の時代から堅実な経営を続けていましたが、バブル崩壊当時は自己資本がそれほどあったわけではなく、しばらく厳しい経営状況が続きました。30代の頃は、苦境から抜け出すために挑戦と失敗を続けながら休みなしに働く日々を送っていました。
その後、物流業界では、交通インフラの整備やインターネットの普及によって流通が多様化し、全国の産地直送での取引が可能となっていきました。また、不景気により消費者の節約志向が高まり、大手スーパーや量販店でのコストカットやプライベートブランドの開発の動きが活発化したことで、物流や卸売業のみの売上で事業を継続していくことはさらに難しくなってきました。
そこで、弊社では自社工場の機能を拡充し、メーカーとしてのBtoBの柱を打ち立てるため、株式会社京都やま六、株式会社秦水産を設立することにしました。新設した京都やま六では、西京漬けの製造と全国のスーパーや百貨店への納品に力を入れ、ギフトや限定商品も含めれば、一時期は西京漬け販売市場の大きなシェアを占めるまでに成長しました。ところが、国際間の経済格差が顕著になり始めたことで、海外から仕入れていた原材料が高騰するようになっていきました。BtoBのメーカーのままでは、物価高騰と値下げ需要の間で苦しむことになってしまうと考え、2006年にはBtoC領域への伸展を目指し、株式会社京都一の傳を設立することにしました。
『京都一の傳』設立とECモールでの販路拡大によりBtoC領域で成功
BtoC展開に向けて新設した『京都一の傳』の主な事業は、西京漬けの通信販売でした。京都一の傳の設立時は、Amazonや楽天市場といったECモールが流行り始めた時期であり、私自身が楽天市場『京都一の傳』の店長となり、販路拡大のため他社の見よう見まねでスタートしました。
また『京都一の傳』の顧客層は『京都やま六』の層と重なるため、ブランドとコンセプト、会社を独立させることですみ分けを図りました。通信販売と並行して販路拡大にも取り組んでいったところ、初年度には2億5000万円の売り上げを達成しました。通信販売での開拓に手ごたえを感じたことで、中期計画には「5年で売上10億円」という目標を盛り込もうと考えましたが、幹部からは「通信販売では信用や知名度、安全性がお客様に伝わらず、お客様がついてこないだろう」という否定的な意見が多数上がりました。ではどうすればお客様に弊社製品の味やコンセプトを伝えられるかを考えていったところ、フラッグシップショップ(旗艦店)を設ければ、お客様に弊社のコンセプトや味を直接伝えられるだろうと考えました。旗艦店を設けるならば、テナントではなく京都の真ん中に個別の店舗を構えたいと考え、まずは土地探しにとりかかりました。
フラッグシップショップ『京都一の傳 本店』でコンセプトを体現
旗艦店の候補地を絞り込み、本格的に企画を進めようとしていたある日、不動産から「候補地の土地の半分を買いたい人が現れた」という連絡が入り「3時間後までに購入の有無を決めてほしい」と言われました。一等地の土地は高額であるため即決は難しく、幹部は諦めかけていましたが、私は諦めきれず、あちこちに電話をかけて対応策を考えました。そのうち相談した一人から「過剰投資かもしれないけれど、1年という時間を買ったと思えば決断できるのでは」というアドバイスがあり、「その通りだ」と思った私は、少し背伸びをしたような気持ちで土地建物の購入を決断しました。
購入を決めた土地には、明治時代からの町家が建っており、建物はそのまま店に使おうと思っていました。しかし使用用途が変わる場合は、法律上、基礎から建物を作り直さねばなりません。そこで、建物を一度全て解体して新たに鉄骨を組み、元の材木をはめ直すことで町家を再現しました。
旗艦店として設けた『京都一の傳 本店』は、行燈や格子、虫籠窓などの外観や内装だけではなく、食事やサービスでも京都らしさを追求しています。『京都一の傳 本店』は1階に物販、2階に食事処があり、席が空いていても一度待合室にお通しして、坪庭や室内の調度品などをご覧いただいています。食事処へのご案内の際も、ひざまずき手をついてお辞儀をするなど、お客様の期待以上の丁寧なおもてなしにより、ご満足いただいています。また、お支払いの際には割引特典付きの会員登録をご案内し、お客様にご満足いただきながら、弊社としてはお客様の年齢層などといった情報を集め、分析データを通信販売事業にも活かしています。おいしい、安心安全は大前提であり、食事処だけではなく、ご購入いただいた商品がご自宅の食卓に並んだ時にも楽しく会話ができるストーリー性やこだわりが、弊社の価値であると考えています。
そして5年後には目標の10億円を超え、13億円を達成することができました。さらに次の5年には倍の20億円を目標値として設定しましたが、21億円まで売り上げを伸ばしました。売上増の要因は、お客様に付加価値を伝え、感動していただくことを徹底した結果だと思っています。この『京都一の傳 本店』のビジネスモデルは、多くの失敗を重ねながら、自社に合う最適な手法を探し出していった結果生まれたものです。初めのうちはDMの写真の撮り方すらわからず苦労しましたが、事業発展のポイントや継続のバランスを見極めていくことの大切さに気づかされました。
飲食事業の国内外展開により幅広い層のファンを獲得
旗艦店『京都一の傳 本店』の立ち上げが成功し、成長軌道に乗った10年後は、中期計画を策定する時期となりました。しかし、同じマーケットで同じ手法のままでは、今後は通用しないだろうと考え、飲食事業をさらに拡充して一つの柱とすることにしました。まず、2013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたことを受け、外国のファンも増やしていこうと、香港に飲食店をはじめとする5店舗を展開しました。『京都一の傳 香港店』、『焼肉而今』、『お肉割烹 而今』、ムール貝のバー『The Mussels』、そしてワインを販売する『The Vine Gallery』など幅広い領域に挑戦しています。
また、現在高級広東料理店を手がける会社と手を組み、展開しているところです。コロナ禍による影響や香港デモといった逆風もありましたが、未来へつながる強い基盤を現地で築けたと自負しています。香港はGDPも高くポテンシャルがあり、いずれは中国市場への参入を見据えたプラットフォームとしての役割も果たすだろうと考えています。
さらに、国内でも自社の強みを活かした飲食店を展開しました。京都駅に新設した京だし茶漬け専門店の『京都おぶや』は、坪売り上げ70万円を超える事業に成長しています。また、京都一の傳の新ブランドである発酵食品カフェ『Haccomachi(はっこまち)』は、これまで獲得できなかった女性層へのアプローチを可能としました。Haccomachiの店舗は、発酵食について発信するWebマガジンからの派生モデルです。Haccomachiのファンになった若い方が、いずれ京都一の傳のファンになっていただけるようにという動線づくりにもなっています。
多角化により独自性が際立つ『京都やま六』のブランディング
現在の弊社の事業としては、京都中央卸売市場での物流、メーカー、全国のスーパー百貨店に納品する受注業、通信販売業、実店舗での飲食業、海外出店と、幅広い事業に取り組んでいます。それぞれのリソースやシナジーを考え展開していった結果、このような体制となりましたが、全ての事業を維持展開している企業は意外と少ないため、弊社の差別化や強みにもなっています。
弊社のBtoBへの起点として設立された『京都やま六』は、一時期はメーカーとして付加価値を生み出すことの難しさから撤退も検討していましたが、多角化が進んだことで『京都やま六』の特色を活かしながら一つの柱として独立させられないかと考えるようになりました。そこで2023年9月には、JR京都伊勢丹の地下1階に飲食店として『西京焼き 京都やま六』をオープンしました。地下2階には塩干品を扱う弊社の『魚樽』があり、『西京焼き 京都やま六』でお食事をした方に『魚樽』を案内することで、相乗効果を得られるようにしています。売り場のポップやパネルにも工夫をこらし、モデル店舗として確立させることができたら、全国のスーパーや百貨店にも販売を推し進めたいと考えています。
また、外食系企業との協業としては、関西の老舗駅弁屋から声がかかり『京都やま六監修 さわら西京焼き弁当』も販売も始めたところです。今後も『京都やま六』独自のブランドを強化し、BtoB販路を活かしながら、さらに付加価値のある商売ができたらと考えています。
社長研修を通じて新入社員に理念を浸透
弊社のグループ全体の社員数は100人弱であり、パートやアルバイトを含めると約350人となっています。私たちの経営理念は「食文化を通じた感動を京都から世界へ」です。理念は、創業90周年のイベント企画の際の「100年企業としてのビジョンをまとめませんか」という社員の声がきっかけとなり、誕生しました。
理念の共有には、私が作成したコンセプトブックを使っています。入社時には社長研修の時間を設けて、私自身がコンセプトブックの説明を行うことで、新入社員にビジョンを深く理解し共感してもらえるようにしています。
仕事は楽しくなければ続きません。そして仕事を楽しく続けるためには自主的に取り組んでいる感覚を持つことが重要です。会社での役割と課題意識をもつことで、自分の仕事は何につながっているのか、会社に貢献するためにどういう仕事すればよいのかを社員一人ひとりが考え、挑戦することで、社内から新たな価値を創造し発信することができると考えています。
『京都』のブランド価値と企業プライド
京都は、地域自体がブランドとして確立されていて、京都の企業として商売ができるという点でアドバンテージがあることを実感しています。特に印象深いエピソードは、香港に飲食店を出店する際に香港の本屋へ足を運んだ時のことです。各国の旅行案内本が棚に並ぶ中で、日本の本だけが平台にずらりと並び、さらに韓国や中国と同じような幅で京都の旅行本が置いてありました。日本や京都は、香港では別格の扱いであり、海を越えても好意的に受けとめてもらえていることをとても嬉しく思ったことを覚えています。一方で、歴史的な重みがある分、手を抜いてはいけないというプレッシャーもあります。京都の企業としてのプライドを持ち、利点を最大限に活かしながら、今後も飲食事業や商品の展開を進めていきたいと思っています。
今後の目標は、世界を視野に入れた事業展開を通じて、京都への恩返しをすることです。海外での事業の成功は、京都というブランド価値をさらに高めることにつながるはずです。企業活動を通じて京都の文化を世界に広め、地域に貢献できるよう常に意識していきたい考えです。
同じ価値観を有する企業と共に、さらなるスケールアップへ
さらなるスケールアップを目指すには、事業承継や他社との協業は非常に有効だと考えています。同じ価値観を持つ企業であれば、協力関係を築き、異なる企業間でもシナジーを生み出しながら、共に成長できるという考えがあるからです。現在の弊社の体制であれば、単独事業を伸ばすことも、協業により一気に店舗を拡大することも可能だと考えています。京都の伝統的な文化を尊重しながら活かし、さらなる発展を目指す企業と協力しながら事業を拡大していきたいと思っています。同じ価値観を有する企業からお声かけがあれば、積極的に協力していきたいと考えています。
これからも京都の企業としての誇りを持ち、さらなる事業の拡大を目指していきます。
会社概要
社名 | 株式会社京都やま六 |
創立年 | 1927年 |
代表者名 | 代表取締役社長 秦 健二 |
資本金 | 3300万円 |
事業エリア |
本社・南工
615-0801 京都府京都市右京区西京極豆田町25番地 |
北工場
615-0801 京都府京都市右京区西京極豆田町31番地 |
|
本社住所 |
615-0801 京都府京都市右京区西京極豆田町25番地 |
事業内容 | 西京漬の製造・販売 |
URL |
https://www.kyoto-yamaroku.co.jp/
|
会社沿革
1927年 | 京都中央卸売市場の仲買商として創業 |
1963年 | 株式会社組織に改め、株式会社秦商店を設立 |
1983年 | 秦健二が代表取締役に就任 |
1996年 | 京都一の傳DM第一号を発送 BtoC事業へ本格進出 |
1999年 | 有限会社はた水産設立 |
2000年 | 京都一の傳 Webでの販売を開始 |
2007年 | 京都一の傳 本店を開店 |
2008年 | 株式会社秦商店から「株式会社京都やま六」に社名変更 |
2018年 | 発酵Webマガジン「Haccomachi」を開設 |
2019年 | 京都一の傳 香港店を開店 |
2020年 | 京だし茶漬け専門店「京都おぶや」(当時は錦おぶや)を開店 発酵カフェ「Haccomachi」を開店 |
2021年 | 京都一の傳 ジェイアール京都伊勢丹B1店を開店 |
2022年 | 京都一の傳 六本木ヒルズ店を開店 |
2023年 | 西京焼き 京都やま六を開店 |
株式会社京都やま六の経営資源引継ぎ募集情報
関連リンク
公開日:2024/01/31 (2024/02/05修正)
※本記事の内容および所属名称は2024年2月現在のものです。現在の情報とは異なる場合があります。