つくば
インフラ整備から土木・建築全般まで手掛けるつくば市の総合建設会社
株式会社田﨑
事業承継からの再スタートで辿りついた「社員を大事にする経営」への思い
経営理念
MISSION(社会的使命、役割)
人々が安心して生活できる街をつくる
社員全員が確かな技術力を持ち、常に創造・発展し続けることが高水準の工事成果と安全な街づくりに繋がります。
VISION(理想の姿)
建設工事を通して未来の生活をつくり守る
地域のインフラを守り、災害から地域を守ります。
持続可能な世界を目指し、挑戦し続けます。
VALUE(大切にする価値観)
誠実さと熱意をもってすべての仕事に取り組む
常に向上心をもち創造します。
個の力と和の力で挑戦し続け結果を追求します。
関わる全ての方に豊かになっていただけるよう努力します。
以上の価値を発揮することでみなさまと末永い信頼関係を構築します。
代表者メッセージ
2016年につくばの地に事業拠点を構え、茨城県内を中心に事業を展開しています。
当社は総合建設会社として、土木事業では一般土木、道路工事、河川工事、上下水道工事、造成工事、解体工事などを担います。また、建築事業では、公共施設建築をはじめ、店舗建築から住宅建築まで、施工実績は多岐にわたります。
公共工事では地域のインフラ整備を担い、民間工事では、大型造成や解体・建築工事を通して地域の発展に努めております。
近年は大震災や河川の氾濫等、身近で災害が多く起きております。そのような中でさまざまな災害復旧の現場にも携わってまいりました。
その事業実績やノウハウを活かし今後も地域の生活を守れる企業として、存在し続けていきます。
いま、建設業界もDXの活用、環境問題、働き方改革など、さまざまな課題解決に向けての転換期を迎えていると実感しています。当社ではDXを用いた仕事の簡素化や働きやすい環境づくり、CO2の排出を抑えるなど、時代にとり残されないように新しい取り組みにチャレンジすることで社会に貢献しつづけたいと考えています。
代表取締役
田﨑 広海
私たちのこだわり
アルバイトで現場仕事の楽しさを知り、23歳で父の会社へ入社
弊社は、茨城県潮来市の総合建設会社・田崎技術のグループ会社です。2014年に龍ケ崎市の「ひたち建設会社」を事業承継して社名を「田﨑」に変え、私が副社長に就任し、実質的に経営を任されたのがスタートになります。
私は、田崎技術の創業者の息子ですが、自分が父の会社で働くことになるとはまったく考えていませんでした。実は、私が小学1年生の頃に両親は離婚しました。父とはたまに会う程度で、漠然と「建設関係の仕事をしているらしい」という印象しかなかったからです。
私はあまり勉強が好きなタイプではなく、高校生の時には土日や夏休みは建設や土木関係のアルバイトに精を出し、卒業後も現場の仕事を続けていました。後輩を4~5人まとめて一緒に現場に行くなど、仕事に楽しさを感じ始めていた時期でした。しかし、現場はやはり体力仕事です。もし大きなケガをしたら働くことが出来ず路頭に迷ってしまうのではないか、収入が不安定だと車を買うときにローンの審査が通らないのではないかなどといった不安を感じていました。そのため一作業員ではなく、ゆくゆくは現場監督になろうと考え始めたのもこの頃でした。そのような矢先に、同じ茨城県で建設業をしている父から声がかかり、23歳で現場監督の見習いとして田崎技術に入社しました。
田崎技術では、仕事をしながら現場監督としての勉強を続け、町のコミュニティや取引先などとも関係性を深めていきました。5年ほど経って、社員からも頼られるようになり「このまま、田崎技術を継ぐ未来もあるかもしれない」と考えていた時のことです。父から、前触れもなく「ひたち建設会社を事業承継してつくば市に登記するから、副社長としてつくば市に行ってくれ」と言われたのです。その2か月後、つくば市での暮らしが始まりました。29歳当時、誰一人知り合いもなく、社員3名からのスタートでした。
突然、別会社に副社長として就任。経営者としてゼロからのスタート
当初の社長は父でしたが、実質的な組織運営は副社長の私に一任されました。社名についても「お前が決めろ」と言われ、じっくりと考える時間もないまま「株式会社田﨑」に決めました。田崎技術を継ぐ未来も考え始めた矢先だったので、正直なところ、父の会社から放り出されたような気持ちになっていました。
それでも「やるならしっかりとした会社を作って、つくば市の建築業界に『カミカゼ』を吹き起こそう」というモチベーションで奮起し、「会社とは、何のためにあるのか?」「会社を経営するには、何をすれば良いのか?」という土台の部分から必死で勉強しました。
そう思うようになった原点には、田崎技術で働いていた時に「社員の働く環境作りと組織作りに注力すれば、さらに上を目指せる会社になるのに勿体ないな」と感じていたためです。父は、昔ながらのトップダウン型の経営者で、売上を伸ばす手腕はありましたが、組織作りにはそれほど興味がないタイプでした。「できないなら辞めればいい、代わりはいくらでもいる」という厳しい態度を取っていたため、社員の入れ替わりが激しかったのも気になっていました。
また、自分が現場で仕事をしていた頃、将来に対して不安を持った経験があったことも思い出しました。経営者としてどうあればいいか、どのような会社にしたいかを考えていたとき、絶対に譲れないのは「社員とその家族が安心して豊かな生活を送れるようにする」ことだと確信しました。
さらに、新しい知見を取り入れるために、同業種ではなく他業種の経営者と積極的に交流するよう心がけました。自分ひとりでできること、考えられることには限界があります。女性の多い美容業界の経営者から、社員に対する思いを聞くことで「建設業でも応用できる」という気づきを得たこともあります。
そうした経験を積む中で、自分が考えていることを箇条書きで書き出し、それをベースにして、まず経営理念を作りました。「人々が安心して生活できる街をつくる」「建設工事を通して未来の生活をつくり守る」「誠実さと熱意をもってすべての仕事に取り組む」という理念は、この時に考えたものです。
会社と社員のどちらも「キャッシュリッチ」にしたい
弊社では、3年ほど前から求人に力を入れています。かつての建設業は「仕事を取って下請けに投げる」というイメージがありましたが、今は、入札方法が総合評価方式になったことで、受注企業に実績があり、資格者が現場をしっかり管理し、いい仕事をして会社の評価値を上げていかないと公共工事の受注が難しくなっています。また元請工事業は必ず現場に資格者を配置する義務がある為「資格者数=売上」という図式になっており、それならば社員が働きやすい環境を作って採用数を増やし、受注を拡大して利益が生まれる状況を作るという方針で進めています。そして拡大した利益は社員に還元して、より働きやすい環境にしていくという好循環を実現すべく改善を進めています。
その一環として、福利厚生は非常に手厚くしています。賃貸家賃の半額を補助したり、生命保険型の退職金積立を行っています。現場時代の自分と同じ不安を抱えてほしくないと考え、怪我の治療費は会社の保険で負担し、休業補償もしています。さらに「治療しながら働く」を支援していて、ガンや病気の治療費用も一部負担するほか、家族を含めて24時間、専門家への健康相談ができるような仕組みも整えました。
会社としてキャッシュを蓄えるために、資産運用型の保険など、さまざまな仕組みを取り入れています。税理士、銀行、保険会社など、会う人、会う人に「社員に還元できる福利厚生の方法はないか」と聞き、あらゆることを勉強しました。この時、会社としてはもちろん、個人としても、情報を持っているのと持っていないのとでは資産形成に大きな差が出るのだと知りました。
先行きが見えない今の時代は、大幅な賃上げに踏み切り、それを持続していくのは難しいものがあります。しかし、社員一人ひとりの資産を増やす方法はあります。安心して老後を迎えるためのお金の考え方を学べる会社、社員にメリットのある情報を提供できる会社にしたいと福利厚生に取り組んでいます。所得税や住民税の優遇措置が受けられる確定拠出年金「iDeCo」の積立をする場合、会社から5,000円の補助を出すようにしたのもその一つです。
Sランク企業というブランドで官民の信頼を得る
日本は災害の多い国です。インフラ整備に携わる弊社は、非常事態が起きた時に直接的な協力ができます。インフラ整備を通して地域に貢献していきながら、何かあった時の頼れる存在であり続けたいです。
弊社の売上構成は、公共工事が7割、民間が3割で、安定的な公共のインフラ整備がメインです。特定の企業に売上を依存するのはリスクが高いので、現状ではこれがベストなバランスだと考えています。
建設業は、公共工事に関わる際に入札参加資格の格付け(ランク)制度があり、ランクによって受注できる工事が変わります。その点、弊社は、つくば市内で唯一の茨城県の土木工事における「Sランク」企業であることが大きな強みになっています。それに加えて、入札においては会社そのものの実績と実力で判断されるので、公共事業の受注をしていることが「安心して頼める会社」として、民間工事においてもプラスに作用しています。
積極的なDX化で働き方改革を実現
建設業界にも、ICTを取り入れた施工管理システムが導入され浸透しつつあります。公共工事でもほとんどの工事で導入されています。弊社は、ICTの導入に関しては地域の中で一歩先を進んでいける会社を目指しています。
DXを活用した仕事の効率化のために、社内でも勤怠管理や各種申請の決裁にアプリを導入しました。災害時の安否確認もできる便利なシステムです。60代、70代の社員まで全員に定着させるのにやや時間はかかりましたが、導入の結果、無駄な残業時間が減るというメリットもあり、働き方改革にも繋がりました。
豊かな生活ができる人を増やしていきたい
私が弊社の社長に就任してちょうど8年目です。7年後の2030年までを成長期と捉え、それまでに組織づくりを固め、無理のない売上と会社規模を整え、社員に最も還元できるバランスの仕組みを作りたいと考えています。その後の10~15年が安定期、その先の10年で自分の引退を含めた事業承継を考えるというビジョンを描いています。
会社の成長期真っ只中である今は、施工管理ができる社員を抱えながら、事業承継ができず困っている会社をM&Aや合併という形で受け入れるほか、下請けを専門にされていたような施工業者を中心にその事業を弊社がM&Aを活用しながらグループ化していくという未来を考えています。
アルバイトで現場仕事の楽しさを知り、23歳で父の会社へ入社
弊社は、茨城県潮来市の総合建設会社・田崎技術のグループ会社です。2014年に龍ケ崎市の「ひたち建設会社」を事業承継して社名を「田﨑」に変え、私が副社長に就任し、実質的に経営を任されたのがスタートになります。
私は、田崎技術の創業者の息子ですが、自分が父の会社で働くことになるとはまったく考えていませんでした。実は、私が小学1年生の頃に両親は離婚しました。父とはたまに会う程度で、漠然と「建設関係の仕事をしているらしい」という印象しかなかったからです。
私はあまり勉強が好きなタイプではなく、高校生の時には土日や夏休みは建設や土木関係のアルバイトに精を出し、卒業後も現場の仕事を続けていました。後輩を4~5人まとめて一緒に現場に行くなど、仕事に楽しさを感じ始めていた時期でした。しかし、現場はやはり体力仕事です。もし大きなケガをしたら働くことが出来ず路頭に迷ってしまうのではないか、収入が不安定だと車を買うときにローンの審査が通らないのではないかなどといった不安を感じていました。そのため一作業員ではなく、ゆくゆくは現場監督になろうと考え始めたのもこの頃でした。そのような矢先に、同じ茨城県で建設業をしている父から声がかかり、23歳で現場監督の見習いとして田崎技術に入社しました。
田崎技術では、仕事をしながら現場監督としての勉強を続け、町のコミュニティや取引先などとも関係性を深めていきました。5年ほど経って、社員からも頼られるようになり「このまま、田崎技術を継ぐ未来もあるかもしれない」と考えていた時のことです。父から、前触れもなく「ひたち建設会社を事業承継してつくば市に登記するから、副社長としてつくば市に行ってくれ」と言われたのです。その2か月後、つくば市での暮らしが始まりました。29歳当時、誰一人知り合いもなく、社員3名からのスタートでした。
突然、別会社に副社長として就任。経営者としてゼロからのスタート
当初の社長は父でしたが、実質的な組織運営は副社長の私に一任されました。社名についても「お前が決めろ」と言われ、じっくりと考える時間もないまま「株式会社田﨑」に決めました。田崎技術を継ぐ未来も考え始めた矢先だったので、正直なところ、父の会社から放り出されたような気持ちになっていました。
それでも「やるならしっかりとした会社を作って、つくば市の建築業界に『カミカゼ』を吹き起こそう」というモチベーションで奮起し、「会社とは、何のためにあるのか?」「会社を経営するには、何をすれば良いのか?」という土台の部分から必死で勉強しました。
そう思うようになった原点には、田崎技術で働いていた時に「社員の働く環境作りと組織作りに注力すれば、さらに上を目指せる会社になるのに勿体ないな」と感じていたためです。父は、昔ながらのトップダウン型の経営者で、売上を伸ばす手腕はありましたが、組織作りにはそれほど興味がないタイプでした。「できないなら辞めればいい、代わりはいくらでもいる」という厳しい態度を取っていたため、社員の入れ替わりが激しかったのも気になっていました。
また、自分が現場で仕事をしていた頃、将来に対して不安を持った経験があったことも思い出しました。経営者としてどうあればいいか、どのような会社にしたいかを考えていたとき、絶対に譲れないのは「社員とその家族が安心して豊かな生活を送れるようにする」ことだと確信しました。
さらに、新しい知見を取り入れるために、同業種ではなく他業種の経営者と積極的に交流するよう心がけました。自分ひとりでできること、考えられることには限界があります。女性の多い美容業界の経営者から、社員に対する思いを聞くことで「建設業でも応用できる」という気づきを得たこともあります。
そうした経験を積む中で、自分が考えていることを箇条書きで書き出し、それをベースにして、まず経営理念を作りました。「人々が安心して生活できる街をつくる」「建設工事を通して未来の生活をつくり守る」「誠実さと熱意をもってすべての仕事に取り組む」という理念は、この時に考えたものです。
会社と社員のどちらも「キャッシュリッチ」にしたい
弊社では、3年ほど前から求人に力を入れています。かつての建設業は「仕事を取って下請けに投げる」というイメージがありましたが、今は、入札方法が総合評価方式になったことで、受注企業に実績があり、資格者が現場をしっかり管理し、いい仕事をして会社の評価値を上げていかないと公共工事の受注が難しくなっています。また元請工事業は必ず現場に資格者を配置する義務がある為「資格者数=売上」という図式になっており、それならば社員が働きやすい環境を作って採用数を増やし、受注を拡大して利益が生まれる状況を作るという方針で進めています。そして拡大した利益は社員に還元して、より働きやすい環境にしていくという好循環を実現すべく改善を進めています。
その一環として、福利厚生は非常に手厚くしています。賃貸家賃の半額を補助したり、生命保険型の退職金積立を行っています。現場時代の自分と同じ不安を抱えてほしくないと考え、怪我の治療費は会社の保険で負担し、休業補償もしています。さらに「治療しながら働く」を支援していて、ガンや病気の治療費用も一部負担するほか、家族を含めて24時間、専門家への健康相談ができるような仕組みも整えました。
会社としてキャッシュを蓄えるために、資産運用型の保険など、さまざまな仕組みを取り入れています。税理士、銀行、保険会社など、会う人、会う人に「社員に還元できる福利厚生の方法はないか」と聞き、あらゆることを勉強しました。この時、会社としてはもちろん、個人としても、情報を持っているのと持っていないのとでは資産形成に大きな差が出るのだと知りました。
先行きが見えない今の時代は、大幅な賃上げに踏み切り、それを持続していくのは難しいものがあります。しかし、社員一人ひとりの資産を増やす方法はあります。安心して老後を迎えるためのお金の考え方を学べる会社、社員にメリットのある情報を提供できる会社にしたいと福利厚生に取り組んでいます。所得税や住民税の優遇措置が受けられる確定拠出年金「iDeCo」の積立をする場合、会社から5,000円の補助を出すようにしたのもその一つです。
Sランク企業というブランドで官民の信頼を得る
日本は災害の多い国です。インフラ整備に携わる弊社は、非常事態が起きた時に直接的な協力ができます。インフラ整備を通して地域に貢献していきながら、何かあった時の頼れる存在であり続けたいです。
弊社の売上構成は、公共工事が7割、民間が3割で、安定的な公共のインフラ整備がメインです。特定の企業に売上を依存するのはリスクが高いので、現状ではこれがベストなバランスだと考えています。
建設業は、公共工事に関わる際に入札参加資格の格付け(ランク)制度があり、ランクによって受注できる工事が変わります。その点、弊社は、つくば市内で唯一の茨城県の土木工事における「Sランク」企業であることが大きな強みになっています。それに加えて、入札においては会社そのものの実績と実力で判断されるので、公共事業の受注をしていることが「安心して頼める会社」として、民間工事においてもプラスに作用しています。
積極的なDX化で働き方改革を実現
建設業界にも、ICTを取り入れた施工管理システムが導入され浸透しつつあります。公共工事でもほとんどの工事で導入されています。弊社は、ICTの導入に関しては地域の中で一歩先を進んでいける会社を目指しています。
DXを活用した仕事の効率化のために、社内でも勤怠管理や各種申請の決裁にアプリを導入しました。災害時の安否確認もできる便利なシステムです。60代、70代の社員まで全員に定着させるのにやや時間はかかりましたが、導入の結果、無駄な残業時間が減るというメリットもあり、働き方改革にも繋がりました。
豊かな生活ができる人を増やしていきたい
私が弊社の社長に就任してちょうど8年目です。7年後の2030年までを成長期と捉え、それまでに組織づくりを固め、無理のない売上と会社規模を整え、社員に最も還元できるバランスの仕組みを作りたいと考えています。その後の10~15年が安定期、その先の10年で自分の引退を含めた事業承継を考えるというビジョンを描いています。
会社の成長期真っ只中である今は、施工管理ができる社員を抱えながら、事業承継ができず困っている会社をM&Aや合併という形で受け入れるほか、下請けを専門にされていたような施工業者を中心にその事業を弊社がM&Aを活用しながらグループ化していくという未来を考えています。
会社概要
社名 | 株式会社田﨑 |
創立年 | 1969年 |
代表者名 | 代表取締役 田﨑 広海 |
資本金 | 5000万円 |
本社住所 |
300-1258 茨城県つくば市六斗1023-1 |
事業内容 | ・土木工事、建築工事一式 ・日鉄スラグ中間ヤード事業 |
URL |
https://kk-tasaki.co.jp/
|
会社沿革
1969年 | ひたち建設会社 として龍ケ崎市で創業 |
2014年 | M&Aにより株式会社田﨑と社名を変更し、つくば市に移転 |
株式会社田﨑の経営資源引継ぎ募集情報
関連リンク
公開日:2023/01/26
※本記事の内容および所属名称は2023年1月現在のものです。現在の情報とは異なる場合があります。