いつでも笑顔、お天道様に誇れる生き方をしよう

株式会社 嶋田屋本店

大正元年創業の業務用卸小売業の嶋田屋は営業力が"ウリ"

経営理念

企業理念

私たちは 社業の繁栄 社員とその周りの方々の幸せが一致する会社経営をし、お天道様に誇れる生き方をします。

ビジョン

私たちは、元気と真心で幸せのご縁を広げます。
笑顔と感謝で、出逢って良かったオンリーワンの会社を創ります。

行動指針

  1. 明るく元気に目を見て挨拶をします。
  2. 常に感謝の気持ちを忘れません。
  3. 整理、整頓、清潔、清掃、躾を徹底します。
  4. 報、連、相を徹底します。
  5. 思いやりの心を忘れません。
  6. モノを大切に綺麗にします。
  7. 何事も本気で前向きな行動をします。
  8. 人の悪を言わず、己の善を語りません。
  9. 気付いた事は、身軽に直ぐ行動します。
  10. 腹をたてず、不足の思いを致しません。

社長メッセージ

私たち嶋田屋は一人ひとりのお客様との絆を大切にし、感謝の気持ちを持ち続け、時を守り、場を清め、礼を正し、思いを商品に込めてスタッフ一同、常に挑戦し続けていきます。
私たち嶋田屋はお客様へ深く感謝を申し上げますとともに、お客様からもっといろいろなことで活用していただけるよう、新商品の開発、新しい価値を創造して行き、色々な分野にも挑戦し、温かく真の強い嶋田屋を創造し続けていきたいと考えております。
皆様のご期待にお応えするよう引続き努力してまいります。末長くご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

代表 嶋田雄二

こういう方には、是非嶋田屋で活躍して欲しい

人との縁を大切にする「人のお役に立ちたい」「いろんな人と出会って、刺激されたい」「お酒が好き!酒の知識を広めたい・勉強したい」そんな方は適任です。
また、お客様やお客様のお客様、地域を元気にできる会社を目指しており、元気な方・明るく対応できる方は重要です。それと、体育会系な人も歓迎しています。
また、嶋田屋本店は野球好きも応援しています。県内にある『栃木ゴールデンブレーブス』や『鹿沼スリーナイン』の公式スポンサーにもなっています。

人間にモテる人間になって欲しい。嶋田屋で働くと多くの出会いがあります。
お酒という商品をきっかけに、お客様・お取引様・働く仲間を喜ばせてほしいと思っています。ビジネス的にも人間的にも共に高みを目指す仲間を探しており、嶋田屋で身につけていただいた心配りは是非、プライベートでも活かして頂きたいと思います。

「人の役に立ちたい」という気持ちが、何よりの資質です。昔ながらのお客様に寄り添うスタイルこそが、嶋田屋の強みです。

私たちが大切にしていること

創業は1912年(大正元年)と100年以上の歴史を持つ酒屋です。企業が存続してきた理由は、愚直で真面目に誠心誠意お客様と向き合ってきた結果だと思います。お酒のこと以外でも、困ったことがあれば話を聞いて時には一緒に悩んだり、良いことがあれば一緒に笑い合ったりもしてきました。
そのため一緒に働くスタッフも環境の中で、自立し自発的な行動が出来るように成長しています。これも一重に、人と人との縁のおかげでもあります。今後もこの感謝の気持ちで邁進していきます。

自分も成長し、お客様も喜び、おいしいお酒で地域に元気を配っていきます。お酒の配達、お客様からの御用聞き、取引メーカーの新商品のご案内など配達をする、注文を受けるだけではなくお客様の満足を常に意識しています。働いてみると「サービス業みたいな感じだね」というスタッフもいるほどです。

配達先の居酒屋、バー、飲食店では「お節介」を推奨しています。お客様が喜んでくれることなら、基本的に何をやっても構いません。
例えば…

  • 新商品をいち早く案内する
  • 世間話をする
  • ビールサーバーの洗浄(ビールがおいしくなる→飲む人が笑顔になる→お店もうれしい!)
  • お酒のケースを整頓(嶋田屋以外のお酒もキレイに並べちゃってます)

地道なことの繰り返しが、信頼関係へと繋がります。スタッフ自身の成長にも繋がります。

私たちのこだわり

嶋田屋の創業系譜

大正元年(1912年)の創業。
嶋田一二(かつじ)の母が嶋田商店という駄菓子屋(東末広町1940番:今は倉庫として活用)を始め、酒販売店の大津屋本店(宇都宮市)に丁稚奉公から戻ってきて創業しました。
その時に上野百貨店(北関東初の百貨店)でデパートガールをしていたふみさんと出会い結婚。子宝に恵まれませんでしたが、丁稚奉公先でもあった番頭からの紹介で、真岡市内で酒屋家業の四男坊を嶋田屋の後継者として招き入れました。4代目社長はその次女の婿になります。

親族内承継

現社長は、大学時代に硬式野球をやっていました。将来は指導者を目指しており、私立の高等学校の野球部の監督になるため教員免許も取得しました。そんな時、大学在学中に今の奥さんと知り合い、交際していく中で嶋田屋の存在を知り、跡取りとしての道を意識し始めていきました。
結婚をしてすぐに、先代社長も丁稚奉公をしにいった大津屋本店で修行をおこないました。しかし、通い始めて1年も経たないうちに先代社長(正男)が病(脳梗塞)に倒れてしまいました。寝たきりとなり、義母も看病につきっきりでもあったため若夫婦の二人で嶋田屋を切り盛りしようと見よう見まねで経営をすることになったのが21歳の時でした。

営業先も配達先も、経理すらも右も左もわからない中で生活の糧を得るために必死でした。1日で配達先が全くないときもありました。鹿沼市内の飲食店の裏手に回り込み、空き瓶をみてはどういう銘柄や消費量であったか、どんなところから仕入れているかなど1件ずつ調査するといった「ドサ回り」をしていました。当時は嶋田屋を知る人も少なかったので、会う人、会う人に「酒は嶋田屋」と何度も言い続けていた時期でした。

4代目として嶋田屋本店へ

事業承継に関しては、父か倒れたこともあり突然の流れではありましたが結婚する前から覚悟をもっていたため何の躊躇もありませんでした。嶋田屋に就いて5~6年が経過した時に、個人営業にもなる販売店舗を持とうと決め、銀行へ相談して物件も探し始めていました。当時は、配達姿のままの短パン・Tシャツで融資の相談へも行ったりしていました。TBSドラマの半沢直樹役ではないですが、今から約20年前の銀行員から、酒屋に金は貸さないと言われ、商売するならコンビニエンスストアにするのであれば金を貸す、とも言われた時代でした。
当時はコンビニでの酒販売が一般的になっており、且つディスカウントストアの「酒のやまや(株式会社やまや)」など酒小売販売は乱立していました。
私の店舗構想では価格で競争するつもりはなく、飲食店など卸売りがメインの中で、当時あった店舗は3~5坪の敷地にわずかな商品しかなく、個人向けの酒類も増やして取り扱いたいという思いからでした。ただ今でも売上規模は、個人用は1割強くらいです。26歳の時に念願でもあった店舗を持つことが出来ました。
価格競争の激化を受け、低価格営業から提案型営業への転換を図るべく、顧客情報等を把握し、タイミングの良い商品提供や品揃え等のアドバイス、ビールサーバーの無料洗浄、陳列棚の整理など、アフターケアに努め、信用・信頼を確保していきました。

強みといえば営業力の嶋田屋

酒販売店は、中小規模が乱立していました。若くして経営をしていたため、とにかく営業一本で受注を獲得していました。鹿沼市内で酒類を販売するだけの個人商店では商売は長続きしないと思い、ご紹介から繋がったお客様から徐々に鹿沼市以外へも営業範囲を広げていきました。ただ同じ県内でも町を跨いだ越境でもあり、お客様のお膝元にあった方が良いと考え、独自の営業力で多店舗営業の企業に拡大し、宇都宮市にも拠点をかまえるようになりました。
ちなみに嶋田屋はお酒のジャンル(ビール・日本酒・ワインなど)に卸価格も種類も特筆するものがなく、頻度と御用聞きの営業力を活かしてきたからこそ今も商売が続いているんだと思います。

嶋田屋の営業スタイルは自分の型を作ること

事業も軌道に乗っていき、少しずつ社員も増え現在は20人弱になりました。嶋田屋の屋台骨になっている幹部メンバーと、その幹部の背中を追いかけるように働いてくれている社員の存在で組織力は保たれていると思っています。営業力の嶋田屋という点で、社長が開拓してきた営業手法を部下に伝達させていくのかが、最初の課題でした。褒めて育てるとありますが、毎日褒めても営業成績に繋がるわけもありません。営業は論理的(ロジカル)ではなく感情的思考(エモーショナル)だと、お客さんから「有難う」と言われる関係性は日頃からの御用聞きをすること、と教えています。個人差はありますが、営業スタイルの型を教え込ませていき自分色を作っていくことが大切です。自分の型を作ってお客さんから喜ばれるようになって欲しい。社員が主体性をもっていくことは一番嬉しいことでもあり、結果的に自分(社長)が嫌われ役になってでも、今日ある嶋田屋の営業イロハはしっかりと教え込みたいと思っています。

お天道様に誇れるのか、欲をかいていないか

夫婦二人で立ち上げたような今の嶋田屋は、社員が誇りでもあり、支えてくれているから存続していられます。経営理念とビジョンは、11年前の36歳で社長に就任した時に作ったものです。それまでは個人商店のような感覚もあり、経営理念はありませんでした。
理念の内容については、私の高校時代野球の恩師(元上三川町町長の猪瀬さん)から「いいか、とにかく一生懸命練習しろ。誰も見てなくても天も地もみている。己を」真っ暗になってボールが見えなくても心の目で取れと言われるくらいの熱血漢でした。そんな時に言われていたことが「お天道様に誇れるのか、欲をかいていないか、よこしまな気持ちになっていないか」と戒めてくれたことです。
一緒に働く仲間の給与も待遇も休みも払えない、与えられない会社ではなく、働いてよかった、取引してよかったという自分たちの利益の為ではない三方よしの経営をして社員の家族まで幸せにしたいという想いから、10個の行動指針を掲げています。行動指針は、社長自らできないことを示しており、自身の教訓と改善ふくめ社員に伝えています。

社員教育にも力を入れており、定期的に研修や勉強会を行い、それを日頃の業務で実践しています。成功体験や失敗事例を社員同士で共有し、スキルを上げていくことで、一体感や活気が生まれています。社員には、お金がかかること意外は権限を全て委譲して、個々の裁量の元で判断をさせ、お客様が喜ぶことを考えたメニュー作りから任せています。自分の判断でやるべきことを決めて、責任を持って行おうとする自主性をもっともっと身に着けてもらうためにも、私自身が精進し尽力し続けなければ、と思っています。

株式会社 嶋田屋本店_私たちのこだわり_画像

嶋田屋の創業系譜

大正元年(1912年)の創業。
嶋田一二(かつじ)の母が嶋田商店という駄菓子屋(東末広町1940番:今は倉庫として活用)を始め、酒販売店の大津屋本店(宇都宮市)に丁稚奉公から戻ってきて創業しました。
その時に上野百貨店(北関東初の百貨店)でデパートガールをしていたふみさんと出会い結婚。子宝に恵まれませんでしたが、丁稚奉公先でもあった番頭からの紹介で、真岡市内で酒屋家業の四男坊を嶋田屋の後継者として招き入れました。4代目社長はその次女の婿になります。

親族内承継

現社長は、大学時代に硬式野球をやっていました。将来は指導者を目指しており、私立の高等学校の野球部の監督になるため教員免許も取得しました。そんな時、大学在学中に今の奥さんと知り合い、交際していく中で嶋田屋の存在を知り、跡取りとしての道を意識し始めていきました。
結婚をしてすぐに、先代社長も丁稚奉公をしにいった大津屋本店で修行をおこないました。しかし、通い始めて1年も経たないうちに先代社長(正男)が病(脳梗塞)に倒れてしまいました。寝たきりとなり、義母も看病につきっきりでもあったため若夫婦の二人で嶋田屋を切り盛りしようと見よう見まねで経営をすることになったのが21歳の時でした。

営業先も配達先も、経理すらも右も左もわからない中で生活の糧を得るために必死でした。1日で配達先が全くないときもありました。鹿沼市内の飲食店の裏手に回り込み、空き瓶をみてはどういう銘柄や消費量であったか、どんなところから仕入れているかなど1件ずつ調査するといった「ドサ回り」をしていました。当時は嶋田屋を知る人も少なかったので、会う人、会う人に「酒は嶋田屋」と何度も言い続けていた時期でした。

4代目として嶋田屋本店へ

事業承継に関しては、父か倒れたこともあり突然の流れではありましたが結婚する前から覚悟をもっていたため何の躊躇もありませんでした。嶋田屋に就いて5~6年が経過した時に、個人営業にもなる販売店舗を持とうと決め、銀行へ相談して物件も探し始めていました。当時は、配達姿のままの短パン・Tシャツで融資の相談へも行ったりしていました。TBSドラマの半沢直樹役ではないですが、今から約20年前の銀行員から、酒屋に金は貸さないと言われ、商売するならコンビニエンスストアにするのであれば金を貸す、とも言われた時代でした。
当時はコンビニでの酒販売が一般的になっており、且つディスカウントストアの「酒のやまや(株式会社やまや)」など酒小売販売は乱立していました。
私の店舗構想では価格で競争するつもりはなく、飲食店など卸売りがメインの中で、当時あった店舗は3~5坪の敷地にわずかな商品しかなく、個人向けの酒類も増やして取り扱いたいという思いからでした。ただ今でも売上規模は、個人用は1割強くらいです。26歳の時に念願でもあった店舗を持つことが出来ました。
価格競争の激化を受け、低価格営業から提案型営業への転換を図るべく、顧客情報等を把握し、タイミングの良い商品提供や品揃え等のアドバイス、ビールサーバーの無料洗浄、陳列棚の整理など、アフターケアに努め、信用・信頼を確保していきました。

強みといえば営業力の嶋田屋

酒販売店は、中小規模が乱立していました。若くして経営をしていたため、とにかく営業一本で受注を獲得していました。鹿沼市内で酒類を販売するだけの個人商店では商売は長続きしないと思い、ご紹介から繋がったお客様から徐々に鹿沼市以外へも営業範囲を広げていきました。ただ同じ県内でも町を跨いだ越境でもあり、お客様のお膝元にあった方が良いと考え、独自の営業力で多店舗営業の企業に拡大し、宇都宮市にも拠点をかまえるようになりました。
ちなみに嶋田屋はお酒のジャンル(ビール・日本酒・ワインなど)に卸価格も種類も特筆するものがなく、頻度と御用聞きの営業力を活かしてきたからこそ今も商売が続いているんだと思います。

嶋田屋の営業スタイルは自分の型を作ること

事業も軌道に乗っていき、少しずつ社員も増え現在は20人弱になりました。嶋田屋の屋台骨になっている幹部メンバーと、その幹部の背中を追いかけるように働いてくれている社員の存在で組織力は保たれていると思っています。営業力の嶋田屋という点で、社長が開拓してきた営業手法を部下に伝達させていくのかが、最初の課題でした。褒めて育てるとありますが、毎日褒めても営業成績に繋がるわけもありません。営業は論理的(ロジカル)ではなく感情的思考(エモーショナル)だと、お客さんから「有難う」と言われる関係性は日頃からの御用聞きをすること、と教えています。個人差はありますが、営業スタイルの型を教え込ませていき自分色を作っていくことが大切です。自分の型を作ってお客さんから喜ばれるようになって欲しい。社員が主体性をもっていくことは一番嬉しいことでもあり、結果的に自分(社長)が嫌われ役になってでも、今日ある嶋田屋の営業イロハはしっかりと教え込みたいと思っています。

お天道様に誇れるのか、欲をかいていないか

夫婦二人で立ち上げたような今の嶋田屋は、社員が誇りでもあり、支えてくれているから存続していられます。経営理念とビジョンは、11年前の36歳で社長に就任した時に作ったものです。それまでは個人商店のような感覚もあり、経営理念はありませんでした。
理念の内容については、私の高校時代野球の恩師(元上三川町町長の猪瀬さん)から「いいか、とにかく一生懸命練習しろ。誰も見てなくても天も地もみている。己を」真っ暗になってボールが見えなくても心の目で取れと言われるくらいの熱血漢でした。そんな時に言われていたことが「お天道様に誇れるのか、欲をかいていないか、よこしまな気持ちになっていないか」と戒めてくれたことです。
一緒に働く仲間の給与も待遇も休みも払えない、与えられない会社ではなく、働いてよかった、取引してよかったという自分たちの利益の為ではない三方よしの経営をして社員の家族まで幸せにしたいという想いから、10個の行動指針を掲げています。行動指針は、社長自らできないことを示しており、自身の教訓と改善ふくめ社員に伝えています。

社員教育にも力を入れており、定期的に研修や勉強会を行い、それを日頃の業務で実践しています。成功体験や失敗事例を社員同士で共有し、スキルを上げていくことで、一体感や活気が生まれています。社員には、お金がかかること意外は権限を全て委譲して、個々の裁量の元で判断をさせ、お客様が喜ぶことを考えたメニュー作りから任せています。自分の判断でやるべきことを決めて、責任を持って行おうとする自主性をもっともっと身に着けてもらうためにも、私自身が精進し尽力し続けなければ、と思っています。

株式会社 嶋田屋本店_私たちのこだわり_画像

サービスの特徴 | 嶋田屋の店舗支援部門

-サービスの特徴-

嶋田屋の店舗支援部門

「お客様のその先のお客様」にもっとお酒を楽しんで頂きたい。

「お客様のその先のお客様」に楽しんで頂くことは

  1. お客様
  2. 酒蔵様・メーカー様
  3. 嶋田屋

にとっても良いことだと考えています。

嶋田屋の商品から、より楽しい会話が生まれるように店舗支援部門を立ち上げました。
嶋田屋とプロのクリエイティブチームとが協力し、店づくりのサポートを行います。

私達、嶋田屋が「課題」をどう解決するかを考え、目的に合ったオリジナルプランを提案します。

  • 1 課題抽出
    自社の課題を把握することはなかなか難しいことです。まずは、私達、嶋田屋と共に課題を抽出し、解決の糸口を探します。実際にヒアリングを行い、何が問題となっているのか、解決すべき課題は何かを抽出します。
  • 2 解決策
    いつどこで誰に何を
    課題の抽出ができましたら解決策を導きます。伝える相手の属性等により、解決策は異なります。嶋田屋とクリエイティブチームとで解決策を導きます。
  • 3 何で、どう伝えるか
    課題解決のために、何を使用して、どの様に伝えるのか。ここでは、具体的に表現に落とし込みます。(課題解決方法は、販促ツールだけではございません。助言による支援の場合もございます。)

「お客様のその先のお客様」にもっとお酒を楽しんで頂きたい。

「お客様のその先のお客様」に楽しんで頂くことは

  1. お客様
  2. 酒蔵様・メーカー様
  3. 嶋田屋

にとっても良いことだと考えています。

嶋田屋の商品から、より楽しい会話が生まれるように店舗支援部門を立ち上げました。
嶋田屋とプロのクリエイティブチームとが協力し、店づくりのサポートを行います。

私達、嶋田屋が「課題」をどう解決するかを考え、目的に合ったオリジナルプランを提案します。

  • 1 課題抽出
    自社の課題を把握することはなかなか難しいことです。まずは、私達、嶋田屋と共に課題を抽出し、解決の糸口を探します。実際にヒアリングを行い、何が問題となっているのか、解決すべき課題は何かを抽出します。
  • 2 解決策
    いつどこで誰に何を
    課題の抽出ができましたら解決策を導きます。伝える相手の属性等により、解決策は異なります。嶋田屋とクリエイティブチームとで解決策を導きます。
  • 3 何で、どう伝えるか
    課題解決のために、何を使用して、どの様に伝えるのか。ここでは、具体的に表現に落とし込みます。(課題解決方法は、販促ツールだけではございません。助言による支援の場合もございます。)
ツグナラコンサルタント

ツグナラコンサルタントによる紹介

ツグナラコンサルタント

商品自体に自社の特徴を出しにくい卸し業において、お客様から支持をいただき続けている理由について社長は「価格以外の価値を追求すること」と明言、今日も社員皆さんと共に実践されています。これからも地域に元気の輪を拡げてくれる企業と確信しています。

インタビュアーのコメント

事業の承継が順風満帆ではなかったとお伺いしましたが、窮地に追い込まれ修羅場を経験した経営者の凄みと突破力は必見の内容でした。弛まぬ前進は今もなお進行中でもあり地域未来を担う企業としてこれからも注目していきたいです。

会社概要

社名 株式会社 嶋田屋本店
創立年 1913年
代表者名 代表取締役社長 嶋田 雄二
従業員数 17名
事業エリア 栃木県(鹿沼市)
本社住所 322-0029
栃木県鹿沼市西茂呂3-58-1 Tel 0289-62-2590

宇都宮営業所
321-0968 
栃木県宇都宮市中今泉3-11-18 Tel 028-688-8251
    
栃木営業所
321-0968 栃木県栃木市樋ノ口町381 Tel 0282-22-3185
事業内容 酒類・業務用酒類販売、食品乾物卸売業、厨房機器卸売業、飲食店運営コンサルティング
URL
http://xn--ogtx2a9wd57d5e6a.com/

会社沿革

1913年 創業

公開日:2021/07/12 (2021/07/19修正)

※本記事の内容および所属名称は2021年5月取材当時のものです。現在の情報とは異なる場合があります。